プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

郭建成

2021-02-18 17:12:52 | 日記

1990年
台湾ナショナルチームのエースだった郭建成は、ヒジの故障が治るかがカギ。150㌔近い速球の復活を目指すが、もう一人大リーガー投手の獲得も計画されており、外人三人制が敷かれる見込み。

 

台湾ナショナル・チームのエース・郭建成投手が、晴れてヤクルトの一員となった。1月10日、現地へ飛んだ根来ファームディレクターと家族をまじえ交渉。契約金2500万円。年棒480万円で合意に達しました。第三の外人としての扱いだが、「一日も早く一軍で投げたい。他の台湾プレーヤーに負けない働きをしたいですね」と力強い第一声。スワローズにも、いよいよ台湾パワー進出だ。

 

1991年

 

アメリカからやって来た助っ人なら戸惑いの梅雨の季節も、台湾から来た郭にはへっちゃらだ。というのは、台湾にも日本の梅雨に似た雨季が、それも4月から6月まで3カ月間もあるからだ。「だから別に気にならないよ。去年だって、何てことなかったもの」むし暑い日本のこの季節も郭にしてみれば、台湾と比べて2か月間も短いだけに、まだましなのだ。「もともと、生モノはほとんど食べないよ。まあ、たまに刺し身ぐらいかな。それに向こうの夏の方がもっと暑い。台湾で水ばかり飲んでいたんじゃ、汗がたくさん出て野球が出来ないから、余分に水分をとらないことには慣れているね」と、サラッといってのける。そう、郭にとって梅雨など苦にならないのだ。ただ一つ、気にかかる点がある。それは、来日1年目の昨年のこの時期に、逆に台湾の雨季を思い出したことから重症のホームシックにかかり、成績もこの期間だけ落ち込んでしまったことだ。来日直後だったから五月病のようなものだったかもしれないが、郭自身は「いつもは練習が大変で、台湾の家族や友達のことを考えている暇はないね。それに天気がよければ、近くに住む台湾の友達と出かけることもできるよ。でも雨の日が続くと、部屋にずっといなきゃならない。ついつい、いろんなこと考えちゃうね」とカタコトの日本語で話すが、その日はちょっぴり寂しそうだ。祖国のプロ野球には目もくれず、異国の球団に飛び込んだ男気のある郭だが、孤独感だけはどうにもならないようだ。もっとも、原因がはっきりしている2年目の梅雨シーズン、同じ過ちを繰り返すようなことはしない。「去年の今頃よりずい分、日本語も喋れるようになったよ。それにチームの仲間も親切だし、気分転換もできるでしょう」第三の外人を打破して、一軍切符をつかむためには、梅雨だの、ホームシックだのとは、いってられないのだ。5月下旬にはバニスターとマーフィーの故障で二度目の一軍昇格(昨年は登板機会なし)を果たした。結果は4試合に登板しただけで、再びファームに逆戻りしてしまったが、郭自身はある程度の感触はつかんでいる。「ボクは変化球が多いので、投球の組み立てを覚えられないように、注意して投げた。ヤングやアレン(ともに広島)、落合(中日)といった本当の一軍の選手を、思い通りのピッチングで抑えることができたのは、収穫だったよ」郭泰源、郭源治に続く第三の郭は、まだまだ修行の身だが、この一軍初登板で自信を深めたことは確かだ。バニスターに代わる新外人、ロックフォード投手、それほど大物の感はないようだし、梅雨さえうまく乗り切れば、夏頃にも、一軍に戻ってきてくれそうだ。

 


1990年

後半戦に入り、ローテーション五本柱の一角に食い込んだが、好投しながら勝ち運に恵まれないツキのなさ。それでも来季に向けては、なかなかの好材料を提供している最近。それゆえ、ここに気になる情報がひとつ。今年春に発足した台湾プロ野球界が、この郭の奪還計画を密かに練っており、シーズン終了後にも、なんらかの動きがありそうだ。はっきりいって台湾球界も人材不足。猫の手も借りたい現状であり、日本球界で働く台湾選手は垂涎のマト。特に投手は貴重な存在なのである。「いまのところ、そういう話はないし、来年もヤクルトで投げる」とは郭の言葉だったが、再び第三の外人になろうものなら、信教の変化にも十分に考えられるかもしれない。

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バニスター

2021-02-18 12:33:48 | 日記

1990年


満を持しての登板となった4月8日の巨人戦。そして二度目の先発となった4月14日の大洋戦。いずれも「まだ、昨年6月に手術した左肩の回復具合から長いイニングは無理」(石岡コーチ)ということで、5回で降板している。ただ問題なのは、途中でマウンドを降りたということより、打たれた内容だ。巨人戦で伏兵・川相の二塁打で1点を失った。大洋戦でも市川、青山といったら、どちらかといえば非力な打者に次々と痛打された。そう、完全に日本の小柄な打者を甘く見ていたのだ。「(日本の打者は)ミートがうまいとは思っていたけど、こんなにパワーがあるとはね。小さいからってなめてかかると、痛い目にあうね」1試合ごとに自己反省し、カブトの緒を締めていたバニスターだが、イヤな予感は的中する。3戦目の阪神戦、わずか170㌢の小兵・嶋田宗に左翼スタンドに運ばれる一発を浴びたのだ。「うん、ボクのミスだよ。でもまさか、あそこまで飛ばされるとは…」と目をシロクロさせながら話すバニスター。過去二度の来日(日米大学野球と日米野球)で培われた、対日本人打者への自信が薄らいでいく。しかし、である。同じ過ちを繰り返してはならないのが大リーガーの基本。まさかの打者からの強烈パンチが、バニスターのメジャー魂を目覚めさせた。4月25日の大洋戦、30日の巨人戦とさすがの好投でチームに白星を引き寄せていく。特に巨人戦では、初対戦でやられた川相を3打数0安打に抑えてみせた。空振り三振、右飛、左飛の結果を見ても、今度はバニスターの圧勝。「この日のゲームが、今までで一番よかった。コントロール、スピードともに申し分なし。だんだん調子も上がってきたネ」まるで他人事のように話すバニスター。完璧の状態にはほど遠いといいながらも、ちゃっかりと4月、3勝を挙げている。評判通りというべきか、いや、この調子なら絶好調になったときが末恐ろしい。5月6日の中日戦で打球を軸足である左に当て途中退場したが、幸い大事には至らず、すぐに練習再開。石岡コーチからも「あと1、2試合投げれば、完投もできるのではないか。いよいよ、本当のバニスターの力をお見せできますよ」と折り紙をつける。暑くなるにつれ、いよいよ本領を発揮してくれそうな予感。現役バリバリの大リーガーの左腕がいま、うなり始める。

 

6月19日、フロイド・バニスター投手解雇のニュースがあった。メジャー通算133勝をあげた左腕として、鳴り物入りの来日であったが、一抹の不安があったのも事実。そう、昨年6月28日に受けた「左肩回旋腱板裂傷」の手術である。早い話、この左肩が元に戻らずクビとなった次第だが、実はこんなこともあろうかと、球団は同投手と特殊契約を結んでいたことが明らかになったのだ。契約書にある一文は「1年契約ながら、6月を過ぎた段階で、左肩の状態がおもわしくない場合は、一方的に解雇できる」というものだった。要するに、これに沿った決断がなされたわけだ。9試合投げて3勝2敗、防御率4.04では仕方ないのかもしれない。

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