ピアノ話

2020年02月21日 | テレビ

今夜、ドキュメント72時間「神戸 あの日のストリートピアノで
(NHK総合 午後10時50分~ 午後11時19分 2/14放送)の録画を観た。
> 神戸駅の地下街に設置されたピアノには、多い日で100人以上が演奏しに訪れるという。
> 実はこのピアノ、阪神・淡路大震災の時、市内の幼稚園で使われていたもの。
> その時のキズが今も残っている。
> そのことを知ってか知らずか、ピアノを弾こうと多くの人がやってくる。
> 震災から25年。何が変わり、変わっていないのか。神戸に生きる人々の今を見つめる。

地下街に置かれたピアノを弾く人たちは素敵でした。
芸大を出てピアニストになろうと努力していたがなれなかった女性。
ピアノ教室を長年やっていたが子どもが産まれたのでやめた元ピアノ教師。
この2人は同じ芸大で一緒に勉強していたとか、
この地下街のピアノのお陰で20年ぶりぐらいに再会したという。
ピアノが趣味で練習している男性。
震災の復興曲を授業でちゃんと弾けるように練習していた音楽教師。
家にピアノがないので地下街のピアノで練習している女性。
大会社を60歳で定年退職して、演歌だけをピアノで弾く男性。
いろんなひとが地下街のピアノを弾いていた。
みんないい顔をしていた。

私は高校2年の9月、吹奏楽部の顧問の音楽教師に、
「音楽室のピアノを夕方2時間ぐらい借りて弾いていいですか?」と聞いてみた。
「いいよ」と許可されたので、私は夏の終わりの頃から
吹奏楽部の練習が終わってから1人、音楽室でピアノの練習を始めた。
先生に借りたバイエルピアノ教本で練習をした。
私は、ピアノが弾けるようになりたいなんて、少し夢を見た。
しかし、ピアノはなかなかうまく弾けるようにならなかった。
結局私は、木枯らしが吹き始めた頃ピアノの練習をやめてしまった。
今でもピアノは弾きたいと思っています。
女房もピアノは弾きたいという。
70歳になり仕事を辞めたら、
そこそこの電子ピアノでも買って練習したいな、と思っています。

コメント
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