45年ほど前(1977年)の今頃だったと思う。
そのとき私は、東京の駒込にある4畳半のアパートに住んでいた。
その日は日曜日だった。
私は、明日からまた仕事だと思って、落ち込んで冷や酒を飲んでいた。
午後11時過ぎ、ドアをノックする音が聞こえた。
私は、こんな時間に誰だろう?と思った。
「どなたですか?」
そのアパートの廊下を挟んだ左斜め前の部屋の男と、
たまに酒を飲んで話すことがあったので、その男かな、などと思った。
「あなたの身体のことで、大切なお話があるのですが・・・」
と女性のか細い声が聞こえた。
25歳の独身の私としては、可愛い声の女の子ということだけで、ドアを開けてしまった。
そこには、170センチの私より10センチほど背の低い女性が立っていた。
「すみませんこんな時間に、どうしてもお話がしたかったものですから」
「なんですか?」
「あなたのお身体のことが心配なんです。お話聞いていただけますか?」
白いブラウスに紺の短めのスカートの女の子が、暗い廊下に立っていた。
「どういうことですか?」
私としては、そういうしかなかった。
「お部屋に入ってもいいですか?」
「エッ!!」と私は思わず声を出した。
深夜に近い時間に、知らない女性が部屋に入るという。
すると、女性としての匂いの少ない、ショートカットの女の子が私の部屋に入ってきた。
すかさずその後ろから、痩せ型の男が部屋に入ってきた。
そのことに私はビックリした。
ああ・・・、そういうことか、と納得した。
おそらく彼は、廊下の奥にいたのだろう。まったく彼の存在に気がつかなかった。
部屋の真ん中に座卓があり、そこに私は酒を置いて飲んでいた。
座卓を挟んで私と、2人は向き合った。
ガタガタうるさい古い扇風機が、部屋の空気を無意味に動かしている。
そして男は、真面目な顔で話し始めた。
「私たちは、この地区に住んでいる若い人の健康を心配しています。
健康な人間の身体はアルカリ性です。だけど食べるものには酸性が多く、
気がつかないうちに酸性になってしまうのです」
そういって男は私にリトマス試験紙のようなものを差し出した。
「これを舐めて下さい」
青い紙を私が舐めると赤くなった。
「やはり、あなたの身体は酸性です」
そういってから男は、赤い紙を舐めた。するとそれが青くなった。
「私はアルカリ性です。酸性は身体に悪いんです。ぜひアルカリ性にしましょう」
「なんで酸性ではいけないんですか?」と私。
「人間の身体はアルカリ性がいいということは常識です。
ぜひあなたもアルカリ性にしましょう。そのためには、これを飲んで下さい」
といって10センチほどの箱を私の前に置いた。
その箱には朝鮮人参という文字が見えた。
「これを毎日飲むとアルカリ性になります」
と男がいう。女性は大きく頷いているが、ずーっと黙っている。
「それはいくらなんですか?」
男は、それを毎日飲んで半年ほどすればアルカリ性になるという。
半年分で、15万円だという。
私は、そんな金はない、と断った。
すると3ヶ月だけでも飲めばアルカリ性になる、と男はいう。
それでも75,000円だ。
私はその金もない、という。
「私は、あなたの健康を心配して勧めているんですよ」
と男は大きめな声でいう。
それからああだこうだ、声を大きくしたりささやいたり男は私に話してくる。
私はお金がないので買えません、といくらいっても、男と女は部屋から出て行かない。
ローンでも払えるという。
午前2時ぐらいになって私は、大きな声を出した。
「出て行け!!」
2人は立ち上がり、部屋から出て行った。
あれは、なんだったのだろう?
もしかして・・・?