徒然留学日記

30にしてドイツ留学を思い立ち、その後結婚。日々経験したこと、感じたことをつづっています

結婚式

2009-02-13 04:00:32 | Weblog


友達の結婚式に出席した。新郎新婦ともドイツ人ではない、国際結婚。

式の招待状は結婚式の2週間ほど前に届いた。メールの添付ファイルと、私は新婦と仲がいいので、手書きの招待状ももらった。

式は役所の1室で執り行われた。10時集合で、10時半くらいから係りの女性が新郎新婦の職業や、結婚式の言葉を読み上げ、新郎新婦、付添い人(証人?)が書類にサインをし、滞在許可の訂正(当日に滞在許可の訂正もできてしまう)、指輪の交換、キスをしてオフィシャルな部分は終了。全部で2時間弱くらいだっただろうか。

これだけでもずいぶん日本の結婚式とは違うが、もっと違ったのは、

新郎新婦とも両親は欠席

2人ともドイツに入国するにはビザが必要な国からで、いろいろ都合がつかなかったようで、親族は、新婦側からいとこが2名だけ参加した。ご両親は残念だったと思う。

オフィシャルな部分が終了したら、その役所の入り口でシャンパンやジュースなどで乾杯。30分くらい歓談したら、ランチに出発。



ランチは新郎新婦のご招待でレストランでフルコース。スープもメインも、メインの付け合せに出たコロッケ(らしきもの)もおいしかった。もう満腹、これ以上は無理、というところまで食べたけれど、それでもデザートも入ってしまった。

ランチの途中、何人かがグラスをチンチンチンとならし、新郎新婦にお祝いの言葉を言う。ランチに4,5時間かかり、その後はパーティへ。

パーティでもビュッフェがあり、おいしそうだったけれど、私はランチで満腹になり食べられなかった。このビュッフェは、ランチに来られなかった人もいるので、そういう人たちに、という意味もある。もちろん、ランチを食べた人で、まだ食べられる人も食べるけれど。

このパーティは日本で言う2次会にあたる。新郎新婦のなれ初めのスライド、ゲーム、余興、その合間にダンス、などなど、盛りだくさん。



写真は余興の1つ。音楽に合わせてシーツの小窓から鳥が顔を出し歌う、というもの。8人くらいでやっていたけれど、いつ練習したのでしょうか。



そして、ケーキカットもここで。この3段のケーキはそれぞれ味が違う。上からバナナケーキ、イチゴケーキ、チョコレートケーキ。もちろん、新郎新婦がそれぞれ食べさせあった。

パーティはまだまだ続いた(おそらく翌朝まで)けれど、朝10時から参加した私は疲れたので、少し早めに退散した。そうしたら、後日、新婦に『つまらなかった?』と心配されてしまった。パーティは楽しかったけれど、睡魔に勝てなかったの。

日本の披露宴に招待されたら持っていくご祝儀。今回はどうしたかというと、友達6人でお金を出し合って商品券を購入。日本の相場から考えると相当少ないけれど、ドイツではこういう感じなのでしょう。

異国での結婚式は初めての体験だったので、とてもよい経験になったし、友達の門出を祝うことが出来てよかった。


タンデムくんの日本旅行(企画)

2009-02-12 03:11:24 | タンデム
タンデムくんから『10日間ほど日本に旅行に行くから誰か紹介して』と連絡があった。友達かぁ。私は深く付き合う分、友達はかなり少ない。

独身で、東京・京都・奈良あたりに住んでいて、英語が多少は出来る人を、と思ったけれど、

独身の友達って少ない

この際、既婚の友達でも、とも思ったけれど、既婚の友達は

全員子持ち

…そうだよね。この歳だったらそうなるよね。

1人、よさそうな人がいたので『どう?』と聞いてみたが、返事は『ちょっと考えさせて』だった。よく知らない外国人と一緒に食事、って言うのも気が重いのはよく分かるから、彼女の返事を待つことにした。

それから数日後、タンデムくんから電話があった。
私の友達に何をして欲しいのか、具体的に聞いてみた。案内をして欲しいのか、一緒に夕食を食べるだけでいいのか、アドバイスだけでいいのか。

何でもいいんだよ~。パーティがあれば一緒に行くし、夕食でもランチでもなんなら朝食だけでも一緒に食べられたらいいんだよ

…パーティって。私が30半ばだから友達ももちろん同じくらいで、パーティは多分、行かないんじゃないかなぁ。と、言ったら、

あおは22歳に見えるよ!なんなら18歳にも

その投げやりな言い方は気に入らなかったけれど、せっかくなので、『キミは16歳に見えるよ』と言ったら、

そうなんだよ、それが問題なんだよ

と言っていたけれど、悪いけれど、絶対16歳には見えないよ。

いろいろ話をしているうちに、一緒に日本旅行する友達の話になり、なぜか、『イケメン度』の話になった。タンデムくんに言わせると、一緒に旅行する友達は

僕よりイケメン

と。普段、『僕が一番』とのたまうタンデムくんにしてはとても謙虚なコメントが返ってきて驚いた。『へぇ、そうなんだ』と言った私に対し、彼は、『うん、彼と僕はキャラが違うんだよ。彼はイケメン

僕はキュート

』と言い切った。キュートってなによ。

先日、久しぶりにタンデムくんから日本語のメールが来た。悪いけど

理解不能

前はなんとか意味は取れていたんだけどな。多分、ドイツ国外に出てからは日本語を勉強していないから、日本語力が落ちたのだと思う。やっぱり言葉って、使わないとダメなのね。



年末調整?

2009-02-11 03:26:37 | Weblog
12月分の給与明細をもらった。
私の大学では前月の給料と違いがあるときにのみ給与明細が発行される。つまり、

給料が増減したとき、税金が増減したとき

のみ、給与明細をもらえる。私の場合、給料はいつも一定。で、天引きされている税金や健康保険が上がるときにもらえる。だいたい1年に5,6回。

で、『また税金が上がっているのかしら』と思いながら12月の給与明細を見てみた。

振り込み金額約2倍

になっていた。給料は変化なしだったから、天引きの欄を見てみた。『毎回天引きされる欄』は前回までと同じだったけれど、『今回限り天引きされる欄』をみたら、所得税、年金、失業保険、介護保険(?)すべてがマイナス(つまり戻ってきた)になっていた。

だいたいどれも2か月分くらい戻ってきていたけれど、

年金は約半年分

戻ってきた。
年末調整なのか何なのか分からないけれど、戻ってくるお金に関してはいつでもウェルカム。

1ヶ月の帰国でずいぶん散財したからありがたい。

ミーティング in ウィーン

2009-02-04 03:18:03 | 勉強
日本滞在の最後あたりに教授から研究室内外の人15人くらいにメールが届いた。件名は

ウィーンでのプロジェクトミーティングのアジェンダ

アジェンダ部分だけ英語だけれど残りは全部ドイツ語で書かれていたから、私には関係ないな、と思い、さらっとアジェンダ部分だけチェックした。

私と教授が担当する箇所発見

へぇ…また教授がなにか言ってくるだろうから、心積もりはしておこう、と思っていた。


ドイツに戻って働き始めて2日目あたりにウィーン側の教授から『誰が参加するか知らせて』とメールが来た。私の教授がメールを出した。

あおと行く

と。
…行けるか?の打診がないどころか、いつミーティングなのかも知らされていないのに。
あわてて教授にメールをした。『何を準備しますか?

いつですか?

』と。教授からの返事は

来週の月曜日。連絡が遅くて悪かったけれど、たった1日のことだから

だった。


ウィーンまでは飛行機を利用。意外にフライト時間が短く、教授は驚いたようで、

ドイツとオーストリアは時差があるのか?

と私に聞いてきた。ありませんよ…
飛行機は2列2列の小さい飛行機で50人乗りくらい。それなのに、

ボーディングが30分前から

なのはなぜ?あっというまにボーディングが完了し、出発準備が整い、定刻通りに出発。そして定刻通りに到着。

ウィーンの空港には雪が積もっていた。そして、ドイツよりも少し寒かった。朝早いから、とダウンコートを着て出かけたけれど、大正解だった。

ミーティングは10時から始まり、17時半に終了。ドイツやスイスから来ていた参加者は19時くらいの飛行機に乗らないといけなかったのであわただしく終了。

最後に、次回のミーティングの日程について話し合われた。

今回はウィーンの人がホストになったけれど、今度はスイスでしよう、ということになった。ウィーンと私のところは大学なので、教授はセメスター中は忙しいので、セメスター休暇の9月がいい、と提案したが、スイスの人は10月以降での開催を譲らない。挙句の果てに、

9月でも可能だけれど、僕は出席しないよ

それは脅しなのでしょうか。それでは話にならないので、9月の最初の週からみんな(偉い人3人)で予定を擦り合わせ始めた。

スイスの人は、『1週目はこれがあって、2週目はあれがあって…

最後の週は僕、休暇

』と、もう、9月に休暇を取ることが決定されていた…さすがだ。

次回のスイスミーティングは私は参加しないだろうな、と勝手に思っていたけれど、帰り際、教授が、『今回は観光する時間を取れなかったけれど、スイスのときは多分、

観光時間取れるよ


行きたいような、行きたくないような…


一時帰国-スーパーバイザーに会う

2009-02-01 00:48:55 | 日本
1ヶ月の帰国中、日本での卒論、修論を面倒を見てくれた人に運よく会うことができた。その人は、何年か前から『転職したいなぁ』と言っていた。そして今、同じ組織にいるけれど、研究からは離れた、これまた激務の部署で仕事をしている。

ある意味転職

じゃないですか、とのんきに言ったら、『研究のほうがいい』と返された。

私がその研究所に出入りしていた頃、同じ大学、違う大学から学部生、マスター・ドクターの学生が数人それぞれの論文を書きに来ていた。彼がすべての学生のスーパーバイザーをしていたわけではないけれど、彼は面倒見がいいから、よく面倒を見ていた。なので、

『学生の面倒を見るのも大変じゃないですか?』と聞いてみた。実際、私の面倒を見たのはとても大変だったと思う。彼は、

大変だけど、面倒を見る、と決めた時点で大変じゃなくなるよね

と、すばらしい返事をした。
が、私、思い出した。

私が卒論書いていた12月、ハワイに行きましたよね?

直接本人にぶつけてみた。

スーパーバイザーに休暇を取るな、とは言わないけれど、初めて論文を書き、卒論の仮提出の締め切りのときにハワイってどういうことなのでしょう。

執念深いね…

えぇ。執念深いですよ、私。

今回、彼と会うことが出来て本当にラッキーだった。彼の分野と若干重なるので、この前書いた論文も見せ、アドバイスをいただいた。
欲を言えば、もっと出世して数年後に私を雇って欲しい(とも言ってみた)。

4年半ぶりに会ったけれど、昔より若返った気のする人だった。いろいろと話が出来て楽しかった。『意外にちゃんとしてるね』と言われたのがうれしかった。