心理的安全性の入門書。
心理的安全性とは何か。
支援を求めたりミスを認めたりして対人関係のリスクを取っても、公式・非公式を問わず制裁を受けるような結果にならないと信じられること。
心理的安全性は何ではないか。
感じよくあるためにいつも相手の意見に賛成することではない。
快適ゾーンに留まるために目標達成基準を下げることでもない。
人々が職場において、アイデアや疑問や懸念を率直に話し合うのを制限してしまうのは何故か。
「沈黙していたために解雇された人は、これまで一人もいない」
組織に属する人々は、安全第一で行こうとする本能に従い、無意識に対人関係のリスクを回避しようとする。それが建設的な考えであったとしても、自信がなければ尻込みしてしまうのだ。
心理的安全性の対極にあるのが、不安と脅しを使った管理テクニックが横行する組織だ。
かつてのフォルクスワーゲン、ウェルスファーゴ、ノキアが、そのような組織の代表例として挙げられる。
心理的安全性の欠如は、法令違反を見過ごすなど企業不祥事を惹起し、経営を揺るがす。
沈黙が大事故の原因になることもある。
スペースシャトル・コロンビア号、テネリフェ空港の航空機衝突、そして福島第一原発。
沈黙の文化は、日本特有のものではない。
根底にあるのは、人々の意見にはたいてい価値がない、尊重するには及ばないという思い込みだ。
「率直さ」「透明性」「失敗から学ぶこと」が、心理的安全性の3点セット。
率直さと透明性の事例として、世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツでは、「席を外して他者の意見から学べないときは、席を外しているその人について話をしてはならない」「マネジャーも、部下のことを当人がいないところで話してはいけない」というルールが徹底されているという。
また、福島第二原発では、巨大地震と津波に際して、リーダー(所長)が、自分の弱さを認め、メンバーとコミュニケーションを図り、ホワイトボードで情報をガラス張りにして共有することで、第一原発の二の舞になることを回避した。
VUCAと呼ばれる不確実な時代には、組織戦略を、計画ではなく仮説として捉える必要がある。
即ち、失敗から学ぶことの重要性が増しているのだ。
だから、失敗にリーダーがどのような意味を持たせるかは極めて重要。
もしリーダーが明確かつ積極的に、人々が安心して失敗できるようにしなければ、必然的に人々は失敗を避けるようになる。
仕事をリフレーミングし、失敗をリフレーミングする。
失敗のリフレーミングは、失敗のタイプによる基本的な分類を理解することから始まる。
「回避可能な失敗」は望ましいプロセスから逸脱して悪い結果をもたらすもの。ベストプラクティスからのズレに素早く気づいて修正する必要がある。
一方で、正解がわからない仕事では、派手な失敗が求められ、「賢い失敗」は称賛されるべきものとなる。
そのために、上司の役割のリフレーミングも必要となる。上司はあらかじめ正しい答えを持っている存在ではない。部下を貴重な知恵と知識を持つ貢献者と捉え、彼らの意見を積極的に取り入れて、仕事の方向性を決めること、絶えず学習して卓抜した存在になるための条件をつくることに責任を持つのだ。
上司が発すべき問い。
「私たちは何か見落としていないか?」
「他にどんなアイデアが考えられる?」
「誰か見解の違う人は?」
「なぜそのように考えるようになった?」
「例をあげてくれないか?」
最後に、心理的安全性とダイバーシティ、インクルージョン、ビロンギングの関係。
熟慮して採用を行えばダイバーシティは実現できるが、だからと言ってインクルージョン、ビロンギングが実現するわけではない。
インクルージョン、ビロンギングが実現している職場は、心理的に安全であると言うことができる。
インクルージョン、ビロンギングが実現して初めて、ダイバーシティは効果を生む。
…JTCと呼ばれるような日本の会社(組織)で、これを完全に実現できているところはほぼ無いのではないだろうか。
昭和への郷愁を捨て切るにはもうちょっと時間が必要なのかもしれない。
#ブクログ
心理的安全性とは何か。
支援を求めたりミスを認めたりして対人関係のリスクを取っても、公式・非公式を問わず制裁を受けるような結果にならないと信じられること。
心理的安全性は何ではないか。
感じよくあるためにいつも相手の意見に賛成することではない。
快適ゾーンに留まるために目標達成基準を下げることでもない。
人々が職場において、アイデアや疑問や懸念を率直に話し合うのを制限してしまうのは何故か。
「沈黙していたために解雇された人は、これまで一人もいない」
組織に属する人々は、安全第一で行こうとする本能に従い、無意識に対人関係のリスクを回避しようとする。それが建設的な考えであったとしても、自信がなければ尻込みしてしまうのだ。
心理的安全性の対極にあるのが、不安と脅しを使った管理テクニックが横行する組織だ。
かつてのフォルクスワーゲン、ウェルスファーゴ、ノキアが、そのような組織の代表例として挙げられる。
心理的安全性の欠如は、法令違反を見過ごすなど企業不祥事を惹起し、経営を揺るがす。
沈黙が大事故の原因になることもある。
スペースシャトル・コロンビア号、テネリフェ空港の航空機衝突、そして福島第一原発。
沈黙の文化は、日本特有のものではない。
根底にあるのは、人々の意見にはたいてい価値がない、尊重するには及ばないという思い込みだ。
「率直さ」「透明性」「失敗から学ぶこと」が、心理的安全性の3点セット。
率直さと透明性の事例として、世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツでは、「席を外して他者の意見から学べないときは、席を外しているその人について話をしてはならない」「マネジャーも、部下のことを当人がいないところで話してはいけない」というルールが徹底されているという。
また、福島第二原発では、巨大地震と津波に際して、リーダー(所長)が、自分の弱さを認め、メンバーとコミュニケーションを図り、ホワイトボードで情報をガラス張りにして共有することで、第一原発の二の舞になることを回避した。
VUCAと呼ばれる不確実な時代には、組織戦略を、計画ではなく仮説として捉える必要がある。
即ち、失敗から学ぶことの重要性が増しているのだ。
だから、失敗にリーダーがどのような意味を持たせるかは極めて重要。
もしリーダーが明確かつ積極的に、人々が安心して失敗できるようにしなければ、必然的に人々は失敗を避けるようになる。
仕事をリフレーミングし、失敗をリフレーミングする。
失敗のリフレーミングは、失敗のタイプによる基本的な分類を理解することから始まる。
「回避可能な失敗」は望ましいプロセスから逸脱して悪い結果をもたらすもの。ベストプラクティスからのズレに素早く気づいて修正する必要がある。
一方で、正解がわからない仕事では、派手な失敗が求められ、「賢い失敗」は称賛されるべきものとなる。
そのために、上司の役割のリフレーミングも必要となる。上司はあらかじめ正しい答えを持っている存在ではない。部下を貴重な知恵と知識を持つ貢献者と捉え、彼らの意見を積極的に取り入れて、仕事の方向性を決めること、絶えず学習して卓抜した存在になるための条件をつくることに責任を持つのだ。
上司が発すべき問い。
「私たちは何か見落としていないか?」
「他にどんなアイデアが考えられる?」
「誰か見解の違う人は?」
「なぜそのように考えるようになった?」
「例をあげてくれないか?」
最後に、心理的安全性とダイバーシティ、インクルージョン、ビロンギングの関係。
熟慮して採用を行えばダイバーシティは実現できるが、だからと言ってインクルージョン、ビロンギングが実現するわけではない。
インクルージョン、ビロンギングが実現している職場は、心理的に安全であると言うことができる。
インクルージョン、ビロンギングが実現して初めて、ダイバーシティは効果を生む。
…JTCと呼ばれるような日本の会社(組織)で、これを完全に実現できているところはほぼ無いのではないだろうか。
昭和への郷愁を捨て切るにはもうちょっと時間が必要なのかもしれない。
#ブクログ