前の記事で紹介した岡本芳美先生の『河川管理のための流出計算法』(築地書館)には、冨永靖徳先生が雑誌の『科学』に投稿した「貯留関数法の魔術―ダム事業を根拠づけるデータの非科学性」(『科学』83(3)、2013年:268-273頁)、が引用されている。
物理学者が、国交省がダム建設の根拠として便利に使う貯留関数法は科学ではなく「魔術」であると断言したのである。
冨永先生の原論文は、雑誌のバックナンバーを参照されたい。ただ、その続編「貯留関数法の魔術<その後>」はウェブ上で公開されている。下記を参照されたい。これのみで独立した論文として十分理解可能であろう。
冨永靖徳(2013)「貯留関数法の魔術<その後>」『WEB科学通信』83(5):e0001-e0005頁。http://www.iwanami.co.jp/kagaku/WEBKAGAKU_201305_Tominaga.pdf
冨永論文の概要を紹介したい。
国交省は109の一級水系のうち、じつに104水系で貯留関数法を使って「基本高水流量」を決め、その計算上の流量に従ってダムを建設している。もし、この貯留関数法が誤った過大な計算結果が導かれるモデルなのであれば、国の全てのダム計画は、砂上の楼閣となる。
貯留関数法とは、降雨量(r)、流出高(q)、流域の見かけの貯留高(s)の間に、次式が成り立つと仮定するものである。
ただし、r (mm/h): 降雨量、
q(mm/h): 流出高、
s (mm): 貯留高、
K, P: パラメータ
従来、国交省は、K , P:パラメータ(無次元)と記していたが、冨永論文を受けてあわてて「無次元」とする見解を訂正した。
貯留関数法は、この連立微分方程式を数値計算することによって、降雨量から河川への流出量を求めていくものである。
(1)式は、降雨による流入から河川への流出を引いたものが、流域の貯留高の変化率になるという式である。これは貯留高の定義式ともいえるものであり、とくに問題はない。貯留量の時間微分が降雨量マイナス流出量ということで、左右の次元もあっている。
問題は(2)式である。貯留高と流出高の間には(2)式が成り立つという。物理学に知識のある方ならば、このような式はたとえ近似的にも成立しない、完全に誤った式であることを理解するだろう。方程式自体が完全にナンセンスな「ねつ造方程式」と呼ぶべきものである。ねつ造方程式によるねつ造計算もとづいて毎年何千億円もの血税を悪用されることを、納税者として許容することは不可能である。
(2)式の左辺の次元はmmであり、右辺の次元はmm/hをP乗してKを掛けたものである。Pの値次第でどのような次元になるのかよく分からない。国交省は従来、KとPを「無次元の定数」として説明してきた。無次元とすると(2)式の左右の次元は合わないことになり、方程式そのものが成立しないことが分かる 。
(2)式の左右の次元を一致させようとすると、Pは無次元で、次元解析すれば分かるがKの次元は[mm^(1-P)h^P]とならなければならない。KとPが一定の関係性をもって動かねば左右の次元は合わないのである。
冨永論文の骨子は、利根川において国交省の旧モデルおよび新モデルで採用されたKとPの値を検討し、KとPが、(2)式を両辺の次元が合う物理学的に意味のある方程式とするために必要な関係性を満たしていないことを明らかにしている。全く物理学的に意味を持たないパラメータKとPが採用されていることを明らかにし、貯留関数法の運用は「科学」ではなく「魔術」であると結論したわけである。
*****
以下、私も若干の補足をしたい。
(2)式の両辺の対数をとれば、次式が得られる。
log s=log K+P・log q ・・・・ (3)
(3)式の意味するところは、縦軸に貯留高sの対数を、横軸に流出高qの対数を取れば、それは切片がlog Kで、傾きがPの一次関数になるということである。実際のところはどうであろうか。
図 相俣ダム観測地点における2002年洪水のlog qとlog sの関係
出所)国土交通省(2011)『利根川の基本高水の検証について』2011年9月:437頁。
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000173.html
図は、国交省が新モデルのKとPを定めた際の基礎資料の一つである。国交省は利根川上流の相俣ダム観測地点のデータから2002年洪水を解析し、横軸にlog qを、縦軸にlog sを取った。図のように、log q とlog sの関係は、(3)式のような一次関数にはなっていない。
洪水の増水時(左上の曲線)と減水時(右下の曲線)では関数の形状が大きく異なり、ループを描く多価関数になる。増水時も減水時も、直線ではなく曲線であり、どこに回帰直線を当てはめるかで、傾きPの値も、切片log Kの値も大きく異なってくる。
しかも、国交省自らも認めている通り、同じ観測地点であっても、対象洪水の取り方によってKとPの値は異なる(国交省「補足資料」日本学術会議、第9回基本高水分科会、2011年6 月8日:5頁。http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/hosokusiryou09-2.pdf)。しかも冨永論文が明らかにしたように、方程式の左右の次元が合致するための関係性は満たされていないのである。
関数の形状そのものが、解析する対象洪水の降雨規模によっても、降雨波形によっても変わってくる。当然、中規模洪水に当てはまったKとPは、大規模洪水には当てはまらない。
国交省の資料によれば、例えば八ッ多場ダムの建設される吾妻川流域では、過去最大洪水から求めた場合K=35.2、P=0.3であるのに対し、過去の中規模洪水から求めた場合K=14.8、P=0.64と全く違った値になる(国交省、前掲「補足資料」5頁 )。
対象洪水の取り方で2倍も数値変わるような値を「定数」と呼ぶことが可能であろうか。
しかも国交省の新モデルを検証した日本学術会議は、Pの値は洪水規模が大きくなると0.6に収束していくと主張してきた(日本学術会議「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価 ―公開説明(質疑)」2011年9月28日公開説明会配布資料:17頁http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryoukoukai3.pdf)。
しかるに八ッ場ダムが建設される吾妻川流域では洪水規模が大きくなるにつれ逆に0.64から0.3に下がっており、規模が大きくなると「0.6に収束する」という学術会議の説明とは全く整合性のない矛盾した解析が行われている。
これも八ッ場ダム建設のためにダムの効果を大きく見せかけるためのパラメータ操作と考えると、この不可解な数値を整合的に説明可能になる。
このように、KとPは一意的には決まらない。ダム建設という目的に合致するよう、いくらでも操作可能なパラメータである。
物理学者が、国交省がダム建設の根拠として便利に使う貯留関数法は科学ではなく「魔術」であると断言したのである。
冨永先生の原論文は、雑誌のバックナンバーを参照されたい。ただ、その続編「貯留関数法の魔術<その後>」はウェブ上で公開されている。下記を参照されたい。これのみで独立した論文として十分理解可能であろう。
冨永靖徳(2013)「貯留関数法の魔術<その後>」『WEB科学通信』83(5):e0001-e0005頁。http://www.iwanami.co.jp/kagaku/WEBKAGAKU_201305_Tominaga.pdf
冨永論文の概要を紹介したい。
国交省は109の一級水系のうち、じつに104水系で貯留関数法を使って「基本高水流量」を決め、その計算上の流量に従ってダムを建設している。もし、この貯留関数法が誤った過大な計算結果が導かれるモデルなのであれば、国の全てのダム計画は、砂上の楼閣となる。
貯留関数法とは、降雨量(r)、流出高(q)、流域の見かけの貯留高(s)の間に、次式が成り立つと仮定するものである。
r-q=ds/dt ・・・(1)
s=Kq^P ・・・(2)
s=Kq^P ・・・(2)
ただし、r (mm/h): 降雨量、
q(mm/h): 流出高、
s (mm): 貯留高、
K, P: パラメータ
従来、国交省は、K , P:パラメータ(無次元)と記していたが、冨永論文を受けてあわてて「無次元」とする見解を訂正した。
貯留関数法は、この連立微分方程式を数値計算することによって、降雨量から河川への流出量を求めていくものである。
(1)式は、降雨による流入から河川への流出を引いたものが、流域の貯留高の変化率になるという式である。これは貯留高の定義式ともいえるものであり、とくに問題はない。貯留量の時間微分が降雨量マイナス流出量ということで、左右の次元もあっている。
問題は(2)式である。貯留高と流出高の間には(2)式が成り立つという。物理学に知識のある方ならば、このような式はたとえ近似的にも成立しない、完全に誤った式であることを理解するだろう。方程式自体が完全にナンセンスな「ねつ造方程式」と呼ぶべきものである。ねつ造方程式によるねつ造計算もとづいて毎年何千億円もの血税を悪用されることを、納税者として許容することは不可能である。
(2)式の左辺の次元はmmであり、右辺の次元はmm/hをP乗してKを掛けたものである。Pの値次第でどのような次元になるのかよく分からない。国交省は従来、KとPを「無次元の定数」として説明してきた。無次元とすると(2)式の左右の次元は合わないことになり、方程式そのものが成立しないことが分かる 。
(2)式の左右の次元を一致させようとすると、Pは無次元で、次元解析すれば分かるがKの次元は[mm^(1-P)h^P]とならなければならない。KとPが一定の関係性をもって動かねば左右の次元は合わないのである。
冨永論文の骨子は、利根川において国交省の旧モデルおよび新モデルで採用されたKとPの値を検討し、KとPが、(2)式を両辺の次元が合う物理学的に意味のある方程式とするために必要な関係性を満たしていないことを明らかにしている。全く物理学的に意味を持たないパラメータKとPが採用されていることを明らかにし、貯留関数法の運用は「科学」ではなく「魔術」であると結論したわけである。
*****
以下、私も若干の補足をしたい。
(2)式の両辺の対数をとれば、次式が得られる。
log s=log K+P・log q ・・・・ (3)
(3)式の意味するところは、縦軸に貯留高sの対数を、横軸に流出高qの対数を取れば、それは切片がlog Kで、傾きがPの一次関数になるということである。実際のところはどうであろうか。

図 相俣ダム観測地点における2002年洪水のlog qとlog sの関係
出所)国土交通省(2011)『利根川の基本高水の検証について』2011年9月:437頁。
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000173.html
図は、国交省が新モデルのKとPを定めた際の基礎資料の一つである。国交省は利根川上流の相俣ダム観測地点のデータから2002年洪水を解析し、横軸にlog qを、縦軸にlog sを取った。図のように、log q とlog sの関係は、(3)式のような一次関数にはなっていない。
洪水の増水時(左上の曲線)と減水時(右下の曲線)では関数の形状が大きく異なり、ループを描く多価関数になる。増水時も減水時も、直線ではなく曲線であり、どこに回帰直線を当てはめるかで、傾きPの値も、切片log Kの値も大きく異なってくる。
しかも、国交省自らも認めている通り、同じ観測地点であっても、対象洪水の取り方によってKとPの値は異なる(国交省「補足資料」日本学術会議、第9回基本高水分科会、2011年6 月8日:5頁。http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/hosokusiryou09-2.pdf)。しかも冨永論文が明らかにしたように、方程式の左右の次元が合致するための関係性は満たされていないのである。
関数の形状そのものが、解析する対象洪水の降雨規模によっても、降雨波形によっても変わってくる。当然、中規模洪水に当てはまったKとPは、大規模洪水には当てはまらない。
国交省の資料によれば、例えば八ッ多場ダムの建設される吾妻川流域では、過去最大洪水から求めた場合K=35.2、P=0.3であるのに対し、過去の中規模洪水から求めた場合K=14.8、P=0.64と全く違った値になる(国交省、前掲「補足資料」5頁 )。
対象洪水の取り方で2倍も数値変わるような値を「定数」と呼ぶことが可能であろうか。
しかも国交省の新モデルを検証した日本学術会議は、Pの値は洪水規模が大きくなると0.6に収束していくと主張してきた(日本学術会議「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価 ―公開説明(質疑)」2011年9月28日公開説明会配布資料:17頁http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryoukoukai3.pdf)。
しかるに八ッ場ダムが建設される吾妻川流域では洪水規模が大きくなるにつれ逆に0.64から0.3に下がっており、規模が大きくなると「0.6に収束する」という学術会議の説明とは全く整合性のない矛盾した解析が行われている。
これも八ッ場ダム建設のためにダムの効果を大きく見せかけるためのパラメータ操作と考えると、この不可解な数値を整合的に説明可能になる。
このように、KとPは一意的には決まらない。ダム建設という目的に合致するよう、いくらでも操作可能なパラメータである。