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代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

森を守る ―宇沢弘文先生の晩年の想い

2015年11月24日 | 自分の研究のことなど
 出版情報誌『パブリッシャーズ・レビュー』の東京大学出版会の本棚に、「森を社会的共通資本とするために -宇沢先生の晩年の想い」という記事を寄稿させていただきました。2015年11月号の一面に掲載されています。
 宇沢先生が晩年、私と『社会的共通資本としての森』を編集しようとされた経緯などを綴ってあります。
 この情報誌は、東大出版会の以下のサイトから「お問い合わせフォーム」に必要事項を記入すると、無料送付してもらえます。以下です。ご参照ください。

http://www.utp.or.jp/topics/2015/11/19/pr_1511/

 同誌の拙稿の一部を紹介させていただきます。


(前略)
 (『社会的共通資本としての森』の)出版の後、「なぜ経済学者の宇沢先生が晩年に森の本を編集しようと思ったのですか?」という質問を受けることがあった。
 宇沢先生は、経済学者である以前に、一人の人間として、気候変動や生物種の絶滅による破局的事態を回避するためには、森林破壊を食い止めるのが喫緊の課題であると考え、行動しておられた。そのための具体策として、国民所得に応じて賦課される比例的炭素税を財源とする国際基金を設立し、そこから造林・育林補助金を拠出して森林保全・再生につなげていく制度を提唱されてきたのである。序章において、森林面積の長期的安定化を実現するための動学モデルがあらためて提示されている。宇沢先生の森に対する想いが如何ほどか、これを読んでいただければ分かるだろう。

 宇沢先生が『森』の編集を進めた理由はもう一点ある。晩年の宇沢先生は、自然生態系の物質循環を遮断し、社会的共通資本の機能を損っているダム建設に強い懸念を表明してきた。大熊孝先生と共に編集された『社会的共通資本としての川』も、脱ダムの理念を明確に掲げた内容であった。宇沢先生は、森林や水田などの保水機能を高めると共に、流域全体で治水対策を行うという緑のダム方式の治水を支持しておられた。ところが国土交通省は、戦後の荒廃した山地から森林が回復しても保水機能の向上は確認できないと主張し、この策を退けてきたのだ。
 これは科学的に決着をつけなければならない問題であった。
(後略)


 



 本年も、インドネシアにおいて、宇沢先生の晩年の想いをあざ笑うかのように大規模な森林火災が発生し、170万haが燃えたと言われている。気象衛星ひまわりの以下の画像を観て欲しい。以下の動画。


[ひまわり8号] 8月下旬,インドネシアの山火事(4K解像度)/ CEReS, Chiba University


 宇宙から、森林火災によってカリマンタン島やスラウェシ島から濛々と立ち昇る煙がくっきりと見える。
 貿易自由化の中で、輸出によって外貨を獲得しようと、野放図な野焼きが繰り返され、その火が森林に延焼してこうなっているわけだ。市場原理に任せて、これだけ森林を破壊し、土壌を乾燥化させ、二酸化炭素を排出し、地球の気候に何の影響もないと思っている人々は、よっぽどどうかしている。

 もう遅すぎるかも知れないが、宇沢先生の提案が実現すれば、こうした破局的な事態も緩和されるはずである。




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