最近出た本を一つ紹介させていただきます。柳幸広登著『林業立地変動論序説 -農林業の経済地理学-』(日本林業調査会)という本です。専門書なのですが、きっと興味を持って下さる方もいるだろうと思い、紹介記事を書きます。定価は3000円と、専門書の割には安いお値段になっています。
著者の柳幸広登氏(元九州大学大学院農学研究院教授)は、昨年の11月に食道ガンのための急逝され、残念ながらご本人の手でこの本がまとめられることはありませんでした。ちょうど1年前、柳幸さんのお通夜の悲しい夜に、「柳幸さんの遺志を引き継いで、遺稿を集めて出版しよう」と話し合い、その後11人の有志メンバーで「遺稿集編集委員会」を組織しました。そして「1周忌までに完成させよう」と1年間かけて作り上げたのがこの本です。私も遺稿集編集委員会のメンバーとして本書の編集をお手伝いさせていただきました。故人の遺志に導かれるように、情熱のある有志が集まって編集作業を進めたので、非常に活気のある会合になり、なかなか良い本に仕上がりました。きっと著者も満足して下さるのではないかと思います。
この本は、農地・牧草地・人工林・天然林の空間的分布とその変動要因を分析する「林業立地変動論」という新しい研究分野の確立を目指したものです。
周知のように世界における天然林の破壊は、現在でも痛ましい速度で進行しています。年間に地球大気に放出される炭酸ガスのおよそ4分の1に相当する16億トンという量が、天然林(主として熱帯林)の消失によって排出されていると推定されています。世界中で天然林の破壊がストップすれば、一挙に炭酸ガスの排出を25%カットできるのですから、これはすごいことです。
ちょうど現在、ケニアのナイロビで第二回京都議定書締約国会議が開催されていますが、天然林破壊の進行を止めるために、天然林の過剰伐採や農地転用を思いとどまるという保全行為に対しても排出権クレジットを認め、途上国に森林保全のインセンティブを与えようと話し合われています。(この記事参照)
温暖化対策のためにも天然林での過剰伐採は抑制せねばなりません。そのためには、木材の供給の主体は天然林からではなく、持続可能な経営が行われている人工林からなされねばなりません。
そうした課題が全人類的なものとして浮上する中、近年において、かつては農地や牧草地であった土地に人工造林がなされ、そこから人工木材の供給がなされるようになってきました。とくに人工材生産の先進地域は、この本でも詳しく分析されるニュージーランドと南米のチリです。両国では天然材がほぼ完全に市場から退出し、国内の木材需要はほぼ国産の人工材でまかなわれ、さらに海外にも大量に人工材を輸出しています。
現在、人工林の面積は世界の全森林面積の5%を占めるにすぎませんが、世界の全産業用木材の35%を供給するまでになっています。今後もこの比率を引き上げ、天然林の過剰伐採を抑制せねばなりません。
さて、ニュージーランド、チリ、南ア、オーストラリアなどでは農廃地や牧草地での人工造林が進み、人工材の供給国として台頭する一方、わが日本の人工林は相変わらず外材に押されてちゃんと利用されず、日本で消費される木材といえば海外から輸入される天然材(違法伐採材を多く含む)に大きく依存しています。またインドネシアやブラジルでは相変わらず、熱帯林がアブラヤシや大豆やサトウキビといった商品農作物の大規模プランテーションに転換され、地球温暖化や生物多様性の喪失に拍車をかけています。農地が人工林に転換される地域も出てきている一方、もっとも生物多様性が高く、炭素の蓄積量も多いという点で重要な熱帯林を擁する地域において森林の農地への転換は止まりません。
本書は、どうしてこういう理不尽で非合理な現象が起こるのかに興味のある方にお薦めの本です。ここまで地球生態系に破滅的な悪影響を及ぼす非合理な行為がまかり通る理由を解明するための鍵となるのが、本書で扱う「地代」の概念です。
「地代論」は、フォン・チューネンやデイビッド・リカードさらにカール・マルクスまで、古典派経済学の伝統の中では非常に重要な位置を占めてきました。チューネンは『孤立国』という著書で展開した地代論の中で、都市、農地、牧草地、林地の空間分布がどういったパターンになるのかという地理学的な問題を中心に扱いました。
ところが新古典派経済学の中では、地代の概念は脇に追いやられ、経済学は産業の空間的配置・立地という地理学的な関心をまったく失ってしまっていたといえます。
ようやく1990年代に入ってから、理論経済学の領域でも、新古典派が無視してきた経済地理学・空間経済学という研究分野への関心が高まり、チューネンの地代論も「新しい経済地理学」の観点から理論経済学者に再評価を受けるようになっています。ちなみに日本の藤田昌久先生(京都大学教授、アジア経済研究所所長)は、空間経済学の分野で世界をリードする研究者です。(詳しくは、藤田 昌久、ポール・クルーグマン、アンソニー・ベナブルズ著(小出博之訳)『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』東洋経済新報社、2000年、を参照して下さい)
本書の著者の柳幸さんは、チューネンやマルクスの古典派地代論の伝統を引き継ぎながら、世界的規模で起こっている農地・牧草地・人工林・天然林の空間的な配置の変動を論じようとしていました。本書は、地代論を基礎としつつ、ニュージーランド、チリ、オーストラリア、EU、そして日本の林業を分析対象とした実証的な研究書です。
天然材の略奪的利用から持続可能な人工材への転換という国際的な実践課題と、理論面での経済地理学への関心の高まりという、実践と理論の双方からの要請として「林業立地変動論」を論じようというのが、柳幸さんの目指した課題だったのです。
著者の柳幸広登氏(元九州大学大学院農学研究院教授)は、昨年の11月に食道ガンのための急逝され、残念ながらご本人の手でこの本がまとめられることはありませんでした。ちょうど1年前、柳幸さんのお通夜の悲しい夜に、「柳幸さんの遺志を引き継いで、遺稿を集めて出版しよう」と話し合い、その後11人の有志メンバーで「遺稿集編集委員会」を組織しました。そして「1周忌までに完成させよう」と1年間かけて作り上げたのがこの本です。私も遺稿集編集委員会のメンバーとして本書の編集をお手伝いさせていただきました。故人の遺志に導かれるように、情熱のある有志が集まって編集作業を進めたので、非常に活気のある会合になり、なかなか良い本に仕上がりました。きっと著者も満足して下さるのではないかと思います。
この本は、農地・牧草地・人工林・天然林の空間的分布とその変動要因を分析する「林業立地変動論」という新しい研究分野の確立を目指したものです。
周知のように世界における天然林の破壊は、現在でも痛ましい速度で進行しています。年間に地球大気に放出される炭酸ガスのおよそ4分の1に相当する16億トンという量が、天然林(主として熱帯林)の消失によって排出されていると推定されています。世界中で天然林の破壊がストップすれば、一挙に炭酸ガスの排出を25%カットできるのですから、これはすごいことです。
ちょうど現在、ケニアのナイロビで第二回京都議定書締約国会議が開催されていますが、天然林破壊の進行を止めるために、天然林の過剰伐採や農地転用を思いとどまるという保全行為に対しても排出権クレジットを認め、途上国に森林保全のインセンティブを与えようと話し合われています。(この記事参照)
温暖化対策のためにも天然林での過剰伐採は抑制せねばなりません。そのためには、木材の供給の主体は天然林からではなく、持続可能な経営が行われている人工林からなされねばなりません。
そうした課題が全人類的なものとして浮上する中、近年において、かつては農地や牧草地であった土地に人工造林がなされ、そこから人工木材の供給がなされるようになってきました。とくに人工材生産の先進地域は、この本でも詳しく分析されるニュージーランドと南米のチリです。両国では天然材がほぼ完全に市場から退出し、国内の木材需要はほぼ国産の人工材でまかなわれ、さらに海外にも大量に人工材を輸出しています。
現在、人工林の面積は世界の全森林面積の5%を占めるにすぎませんが、世界の全産業用木材の35%を供給するまでになっています。今後もこの比率を引き上げ、天然林の過剰伐採を抑制せねばなりません。
さて、ニュージーランド、チリ、南ア、オーストラリアなどでは農廃地や牧草地での人工造林が進み、人工材の供給国として台頭する一方、わが日本の人工林は相変わらず外材に押されてちゃんと利用されず、日本で消費される木材といえば海外から輸入される天然材(違法伐採材を多く含む)に大きく依存しています。またインドネシアやブラジルでは相変わらず、熱帯林がアブラヤシや大豆やサトウキビといった商品農作物の大規模プランテーションに転換され、地球温暖化や生物多様性の喪失に拍車をかけています。農地が人工林に転換される地域も出てきている一方、もっとも生物多様性が高く、炭素の蓄積量も多いという点で重要な熱帯林を擁する地域において森林の農地への転換は止まりません。
本書は、どうしてこういう理不尽で非合理な現象が起こるのかに興味のある方にお薦めの本です。ここまで地球生態系に破滅的な悪影響を及ぼす非合理な行為がまかり通る理由を解明するための鍵となるのが、本書で扱う「地代」の概念です。
「地代論」は、フォン・チューネンやデイビッド・リカードさらにカール・マルクスまで、古典派経済学の伝統の中では非常に重要な位置を占めてきました。チューネンは『孤立国』という著書で展開した地代論の中で、都市、農地、牧草地、林地の空間分布がどういったパターンになるのかという地理学的な問題を中心に扱いました。
ところが新古典派経済学の中では、地代の概念は脇に追いやられ、経済学は産業の空間的配置・立地という地理学的な関心をまったく失ってしまっていたといえます。
ようやく1990年代に入ってから、理論経済学の領域でも、新古典派が無視してきた経済地理学・空間経済学という研究分野への関心が高まり、チューネンの地代論も「新しい経済地理学」の観点から理論経済学者に再評価を受けるようになっています。ちなみに日本の藤田昌久先生(京都大学教授、アジア経済研究所所長)は、空間経済学の分野で世界をリードする研究者です。(詳しくは、藤田 昌久、ポール・クルーグマン、アンソニー・ベナブルズ著(小出博之訳)『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』東洋経済新報社、2000年、を参照して下さい)
本書の著者の柳幸さんは、チューネンやマルクスの古典派地代論の伝統を引き継ぎながら、世界的規模で起こっている農地・牧草地・人工林・天然林の空間的な配置の変動を論じようとしていました。本書は、地代論を基礎としつつ、ニュージーランド、チリ、オーストラリア、EU、そして日本の林業を分析対象とした実証的な研究書です。
天然材の略奪的利用から持続可能な人工材への転換という国際的な実践課題と、理論面での経済地理学への関心の高まりという、実践と理論の双方からの要請として「林業立地変動論」を論じようというのが、柳幸さんの目指した課題だったのです。
折してますから(持っていく場所が悪いが)。
わざわざコメントありがとうございました。あまり面白い本を枕元に持っていくと眠れなくなってしまうので、あれだけ数式が並んでいると睡眠薬効果は抜群ですね。
「炭酸ガス25%削減」を合言葉に、天然材から人工材への転換を進められるよう頑張りましょう。
そこで、「奇跡のリンゴ」で検索すると、下記のblogがヒットしましたのでお知らせまでにURLを貼っておきます。
茂木健一郎 クオリア日記
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
2006/11/03 奇跡のリンゴ
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/11/post_35ec.html
森林問題を研究されている関さんなら、既にご存知かもしれませんが。
農薬の代わりに、ハチなどの天敵を畑に導入して生態系順応型の害虫駆除を行う技術は、ソ連崩壊の後、農薬が手に入らなくなったキューバでものすごく発達しているようです。彼らは技術は全人類の共有資産と考えていて、法外な特許料なんてものも要求しませんので、無農薬農業の実践について人類がキューバから学べる点はすごくあるように思えます。