『カーネーション』の作家さんは、あるいはヒロイン糸子(尾野真千子さん)より、糸子の元同級生の奈津(栗山千明さん)のほうが、キャラとして好きなのかなと思うことがあります。決して登場場面は多くないし、糸子メインの本筋を左右するほどの強力な動きはしていない奈津ですが、出てくれば必ず、その時点の物語の地合いの中で印象的な点景となるシーンや台詞のやりとりがある。
14日(月)からの、“移りゆく日々”という美しい週サブタイが付された第7週の前半は、意に沿わぬながら雇われ商売修業に邁進中の糸子とは違った形で“少女期との訣別”を経験する奈津を丁寧に描いていて胸を打ちました。
べたべたきゃっきゃと年じゅう戯れたりおしゃべりしたりする、女学生気分の延長ななんちゃって親友ごっこは一度もしない、それどころか寄るとさわるとポンポン言い合い、言い返し合い「なんや」「ふん」と顔をそむけ合う仲の糸子と奈津。
それなのに、辛いにつけさわやかにつけ、「私はこうよ、こうするのよ」という、何らかの意思表明というか旗幟を明らかにしたいとき、近くにいて、垣間見でもいいから見とどけ、聞いてない振りしてつぶさに聞き、忌憚ない感想なり難癖のひとつも投げかけてくれんかなと思う相手が、糸子には奈津であり、奈津には糸子であるらしいのです。
それでいて、自分が自分について気にしていることを、意識なくずけっと指摘されたり、弱気になっているところを見られたりするのは互いにたいそう嫌であるらしい。思うに、老舗料理屋の跡取り娘としての誇りと責任感で女磨きを当然のように積んで来た奈津と、女子だてらにだんじり舞いの大工にあこがれる糸子、方向性は180度異なれど、“意地の総量”が「アイツとはいい勝負になる」と本能的に感じ取ったのでしょうな。180度違うが故に、同じフィールドで競い合い、足の引っ張り合いドロドロ仕合におちいることはなく、“清らか”な火花の散らし合い。別方向を向きながらときどき横目で偵察し合っている。お菓子や美容や芸能スターの話題にあけくれるクラスメートたちとは、悪くはない意味で歴然と浮いている同士でもあった。
女の友情というより、男子同士の“仮想・好敵手”的感覚に近い。勝ち負けつける必要などない、むしろつきようがない状況でも、なぜか“アイツにだけは負けたくない”と思い、“アイツも同じことを自分に対して思ってるだろうな”と感じると、ちょっと嬉しかったり。そのくせ面と向かうと「オマエのことなんか眼中にない」素振りをしたりも。
それでも、何か知りたい、わからないことがあって、向こうのほうが得意分野そうだなと思ったら、ためらわず訊きに押しかけるし、訊かれたほうは知っていればトクトクとレクチャーしてやり、知らなければあっさり突き放した上で、耳に痛い忠告もかます。
料理屋店主である父親(鍋島浩さん)が急逝し、さぞかし自慢だったであろう豪華婚礼も自粛になって、沈んでいるかと案じた奈津が「元気」「相変わらずぽんぽん言う」「心配ない」と出入りの芸妓さんから聞いた糸子は、「…元気、なぁ」と奈津の意地を慮り「喧嘩のひとつも吹っかけて泣かしちゃる」「泣きよ、奈津」と、かつて見物の沿道でやり合っただんじりを、今年はひとりで眺めながらつぶやきます。鍛え上げた女の美学で精一杯強気を装っていた奈津の意地は、糸子の居合わせないところで思いがけぬカタルシスのきっかけに恵まれ、明日には式も宴も無く人の妻になるという結い替えの日に、人目にさらされずさめざめと泣くことがやっとできるのですが、これも人づてに知って「ほうか、泣けたんか奈津、よかった」と糸子は安堵の表情をします。
強気のやり場が無く泣くしかなく、泣いて立ち直る契機をつかんできた糸子だからこそ、泣けない奈津の痛みがわかる。何となく、若き剣豪同士の武士の情け物語のようでもあります。
この辺り、同枠前作『おひさま』と、同級生女子同士の付き合い描写が対照的なのが面白い。三者三様育ちも性格も違う3人が、卒業しても就職しても、嫁いでも母となっても、熟年になってまで同じノリでうふふキャッキャと惚気たり褒め合ったりしていた白紙同盟は、男性の脚本家さん(岡田惠和さん)の手になり、一方、びしばし押したり突いたりが相互リスペクト表現な糸子と奈津は、女性の渡辺あやさんによって活写されています。
ヒロイン糸ちゃんは紳士服店に続き生地屋でもオリジナルな販売法で長蛇の列を引き寄せましたが、娘と分け合う意地っ張りDNAを最近めっきり酒で嵩上げするようになった善作お父ちゃん(小林薫さん)が目下の壁。一方、糸子と同じ二十歳そこそこで、男手のほしい家業に婿養子を迎えて事実上の女将となった奈津には、これからどんな人生が拓けるのでしょうか。
ドラマ開始当初は、男まさりで色気抜きの夢追い仕事ひと筋、人生および時代のパイオニアとなる男性的キャラの糸子の好一対として、きらきらキャピキャピ可愛く色っぽく男にモテて、良き妻、理想の母となる“オンナの優等生”担当かなと思った奈津ですが、“端整だけど曲者顔”の栗山さんの、熱さと冷たさを併せ持ったヴィジュアルも相俟って、もうひとひねり、ふたひねりありそう。
いままでのところ一度も画面に登場していない婿養子さんについて、生前の大将が「ちぃと頼りないけどな、奈津が面食いやさかい」と苦言をもらしていたのが気になりますが、糸子とは違う形で、奈津にも“こんな幸せもあるのよ”というゴールが来るよう願わずにはいられません。奈津の有り様は、単に対比としてだけでなく、糸子メインの物語を別角度から照射し、他の同時代女性とは一線を画する個性、異彩を際立たせるのに素晴らしく貢献していると思うのです。
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