★ 明石は生まれ故郷である。
戦後、中学1年から結婚するまで上の丸に住んでいて、
明石公園はよく散歩したので懐かしい。
昨日は明石に行ったついでに久しぶりに公園を歩いて、動画を撮ってきた。
明石駅の横からの景観である。
新しい公園と違って樹が大きい。
樹齢何百年というのもあるだろう。
こんな大きな切り株から沢山の枝が出ていた。
戦前はこんな背の高い松の木があったのだが、
空襲で焼けてしまって今はない。
空襲と言えば、明石市民はここは安全だと思って、
沢山の市民が明石公園に避難したのに、
その公園に爆弾・焼夷弾が落ちて沢山の方が亡くなったという。
これは戦前から西明石に川崎航空機の工場があったので、
明石も爆撃にあったのである。
間違いなく工場を狙ったはずだが、ちょっと離れた明石公園になぜ?と思う。
この堀の隣に本家があったのだが、
爆撃で焼失したし、この堀は死体がでいっぱい浮んだという。
そんな悲しい想い出もある。
★ こんな動画に纏めた。
1分ほどだから、是非ご覧になって下さい
● 高校時代の野球の練習は明石公園でやることが多かった。
まさに、私の青春がそこにあった。
戦前・戦後は読売巨人軍が春のキャンプを張った球場でもある。
王・長嶋の入団当時もそうだった。
この坂道を下って野球場に通ったものである。
天守閣はないがお城の上からの眺めはいい。
明石市内も天文台、明石大橋も淡路島も一望できる。
城の北側にある剛の池には水鳥がいっぱいだった。
ここは全く水など替えていないから、魚などの餌が豊富なのだと思う。
昨日はいなかったが、魚に餌をやる人もいて、魚が群がることもある。
冬なので鴨などもいっぱいいたが、
白い鳥は間違いなく『カモメ』なのである。
カモメは海の鳥かと思ったら、いつの頃からか『カモメ』がいっぱいなのである。
昔歩いた懐かしい道を歩いてきた。
今度はいつ明石公園に来れるのだろう?
★昨日は行かなかったが、ここが私が生まれた場所である。
公園側から見ているが、ホントに公園に隣接していたのである。