誰にとっても、特別な立場にいる人が、必ずいるもので・・・・
3月16日に往生なさった思想家の吉本隆明さんはその一人だ。
数十年前から先輩に配されて、吉本さんの本を読むことが・・・
一つのステイタスのように感じられていたような風潮があった。
たとえ理解できなくても、最後まで読むことが一つの挑戦であり、
その内容について論じている先輩方の酒の席での会話を、私は
ただ聞いているだけで、時間が過ぎていっていた時期があった。
あの頃の先輩達の間では、喧嘩の言葉にさえ「吉本隆明」さんが
登場するということが しばしばあった。
「吉本隆明も語れないで、勝手なことを言うんじゃないよ!」
仕事で知り合った方にお聞きしたのは、大学時代の見栄のはり方で、
「講義本と一緒に(読みもしないのに)吉本隆明さんの本を、小脇に
かかえてキャンパスを歩く」というものだった・・・。
それだけ、(当時の)日本の学生たちに影響を与えていた人だったのだ。
吉本さんの著書は、知識がなければ理解できず、その稚拙な自分に
気がついた状態で読み進めるのは・・・非常に辛い作業になる。
そのために、まるで「○×検査薬」のような存在だったようにも思う。
膨大な著書の中には完全に理解できないモノもたくさんあったが、
それでも「吉本隆明」という名前があれば、いつも必ず手にとって
目次はチェックしたものだ。
晩年まで創作活動は、本当に活発だった。
私の大好きな演劇界では、最初に理解できない芝居だと思ったのが、
彗星のごとく現れた野田秀樹さんの芝居(劇団主宰時代)だった。
東大出身の新進気鋭の野田さんの脚本は、全く理解できず、ただ、
難しい言葉がキャッチボールのように羅列されているので・・・
観劇後に「わからなかった」と言うのが恥かしいというような風潮が
あった時代が存在したように思う。
それ以降、どんどんとわかりやすく、演出だけでも注目できる超才能人に
変貌したけれど、初見の印象は、本当に「わからない本(芝居)」だった。
観劇後、「わかんないね、何がいいたいのか。雰囲気だけがぁー!?」
と、大声で言っている私を、どれだけ多くの人が顔を見ていったか(笑)。
会場内では感想を言えない、言うと恥かしい・・・という・・・確実に、
“野田秀樹の芝居がわからないーなんて 言えない雰囲気 が 漂っていた”。
別役実さんの脚本は、完全に不条理劇なので、わからないのが当然で、
そういう “わからなさ” とは 質が違うために・・・
私は、初期の野田さんの脚本・演出作品には、いつも自問自答していた。
まぁ、単純に、どれだけの固有名詞と概念が理解できているかという
試験のようなもので、笑い処は笑えるのだけれど・・・当時の芝居にある
テーマ性やメッセージが乏しかったのが、私にはあわない理由でもあった。
芝居は、思想や論調と違って、心と感性で受け取るものだから・・・
そのステージの上が、全てなのだ。
琴線に触れたり、心が躍ったり、自然と涙があふれたり、感動したり・・・
そういうものこそ、私が、芝居に 本質的に求めているものだったから。
ある時代・・・吉本隆明さんの本は、非常に崇高なステイタスの一つで、
手にしているだけで「おお~」という雰囲気が学生の間で広まっていて、
何か「特別の存在」だったように思う。
実際に、そういう時代があった。
仲間内では、「よしもと りゅうめい」さんと呼んでいて、それもまた、
特別な人だったことを表わす呼び名でもある。
お嬢様が文壇にデビューした頃もまた、りゅうめいさんの娘さんと
いう生い立ちから特別の目線を投げていたように思う。
そういう存在だった。
昨年か一昨年だろうか・・・吉本隆明さんのインタビュー映像を、
何の構成も施さずに制作したテレビ番組を観たが・・・・
それはそれで、「吉本隆明さんの存在が前面に出ていた」と感じた。
うそのない論調と一緒で、暮らしぶりなども想像できるような映像で、
(体調の芳しくない中にもかかわらず) しっかりと主張していた。
私自身は、貴重な映像ドキュメンタリーだと感じたし、
「伝えたいことがある」 と吉本さんも話していらっしゃったし、
あのご高齢な方が「まだやりたいことがたくさんある」と語り・・・
私は居住まいを正して、画面に拝していたことを記憶している。
こうして、時代はめぐっていくのだと感じる。
吉本ばななさんのコメントを読んでいると泣けてきた・・・。
日本の思想界と、文壇に、大きな影響を与え続けた人だった。
しかし、私にとっては、「難しくて、わからない本を書く人」だったし、
常に共感できる論調でもなかったが・・・
それも時代の牽引者ゆえのことであり、私の中の意見を引き出してもらえる
貴重な存在でもあった。
カリスマ的な衝撃発言に反して、品のある穏やかな口調が思い出される。
今、著書をあらためて読んでみたら、少しは理解できるだろうか・・・・。
合掌。