黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

童沢用水記念碑(これが本当の蕨沢川物語第一章)

2021-07-31 21:01:19 | 蕨沢川物語

夕方、ひめちゃんは小次郎パパと南の方にお散歩です。

りりしいひめちゃんです

後ろから、黒い大きな甲斐犬ふうの子がやって来たのです。

争いを避けて、脇道を帰りました。

 

獅子丸は、タバサねーちゃんとお散歩です。

タバサねーちゃん、やんちゃな弟によく付き合ってくれてます

 

 

 

今朝、ひめちゃんと獅子丸は、新沼&童沢貯水池を目指しました。

沼下の乳牛の牧場を通ります。

おはよう、牛さん朝ご飯中のようです。

 

 

おや、牛舎隣の大きな庚申塔、台石に文字が見えます。

なんとなく、「小林、相応寺」かな?

 

 

新沼に到着です。

赤城山はその姿を見せません。

何となく、みどり沼復活の色です

 

2人はクンクン、仲良く情報収集です。

獅子丸が実家に帰った頃は、危険な行為でした。

今では、しっかり実家の一員の意識のようです

 

 

沼下の墓地に、僧形の墓石のような石が見えます。

そのうちに、下に降りてみましょう。

山上から移転したというお寺が、いくつか有ります。

 

 

新沼の西岸に、童沢用水記念碑があります。

この手の碑は、ただただ顕彰碑の色合いが濃くて苦手です。

本日初めて、カメラに収めました。

文字数が多くて解読不能ですけど、『新里村誌』(昭和49年)に、全文があります。

長すぎて全文の転機はちょっと無理です。

概略です。

水田の水争いを解決するために、新沼の水は町の東に、西は新たに童沢川をせき止めて童沢貯水池を造って使用することとし、昭和19年工事に着手し、昭和24年7月に竣工した。

そうだったんですか

題字は、前農林大臣・福田赳夫さんです

 

 

碑の西に降りてみます。

まだ、みどり沼です。

でも、カモさんはたくましく生きています

今朝もサギさんの姿はありませんでした。

 

左を見ると、ここが本当の蕨沢川の始点です

あの白いガードレールを渡って、蕨沢川の西側を下ります。

 

暑くなって来たよ、早く帰ろう

 

 

 

諏訪神社にちょっと寄り道です。

拝殿の脇に階段があります。

まだ階段が苦手でない2人は、興味津々です

 

参道の階段も、まだ難なく降りられます

ああ、疲れた

 

 

蕨沢川を渡って帰ります。

川の東の道は、小林の相応寺から関の摩崖仏への道です

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