映画「ルーム」のあらすじを見たのは、ゴールデンウィークに入ってすぐのことだった。

「7年間も密室に監禁された女性が、そこで生まれ育った5歳の息子のため命懸けで脱出に挑み、長い間世間から隔絶されていた彼らが社会に適応していく過程を描く」
えっ、監禁?
ここで私のパソコンは、一番に「換金」と変換した。持ち主に似るのだろう。
そこで息子が生まれ育つ? 誘拐犯との子どもというわけか。
でも、脱出? どうやって?
がぜん、興味をそそられ、劇場に足を運んだ。その映画館では、「公開は5月6日まで」と事務的に表記していたが、終了間際でも劇場内はほぼ満席。人気の高さがうかがえる。
冒頭は、5歳の息子・ジャックがママと暮らす狭い部屋で、植木鉢やイスなどに話しかけるところから始まる。何気なく見ていたが、ここはラストにつながる重要な場面だ。
ママは優しい。ジャックをこの上なく愛していることが全身から伝わり、まさか犯罪の被害者とは思えない。でも、ジャックが5歳の誕生日を迎えたときに、「よく聞いて」と息子に打ち明けるのだ。
テーマは重い、重すぎる……。
誰の視点で撮られた映画かによって、視聴者の精神的負担はまったく変わってくるだろう。
たとえば、ママであるジョイの視点だったらどうか。
17歳で誘拐され、普通の生活を楽しむ自由が奪われた。誘拐犯に性行為を強要され、その結果、男児を出産。息子は可愛いけれど、あの男だけは許せないと、日々、憎しみが募っていく。
うーん、とても見る気になれない。
じゃあ、ジョイのママ、つまりグランマからの視点で作られたら?
ある日、学校に行ったはずの娘がこつ然と消えてしまった。夜になっても、朝になっても、また夜になっても帰ってこない。どこに行ったの? 私の大事なジョイ。
子どもがいないと、家族の仲がギクシャクする。夫とは疎遠になり、一緒に暮らす意味がわからなくなって離婚。新しいパートナーはいるけれど、心の中には大きな穴が開いたまま。
これも、ちょっと遠慮しておきます、と言いたくなる内容だ。
だが、「ルーム」は5歳のジャックの視点で描かれているから、一生懸命ケーキを作ってみたり、「臭いのはママのオナラだよ!」と叫んでみたりで、実にラブリー。ジョイはジャックを邪魔に思うどころか、彼からエネルギーをもらって生きていたのだ。子どもの無邪気さに、視聴者もスクリーンに釘付けにされる。大人だったら、こうはいくまい。
ジャックとジョイが脱出に成功し、グランマの家で暮らし始めたシーンが好きだ。
ジャックは、これまでママと誘拐犯しか見たことがないから、グランマやグランマのパートナー・レオを警戒して心を開かない。でも、レオはジャックに聞こえるように独り言をつぶやき、朝食を食べさせることができた。遊び相手の犬も連れてきた。「この子には何の罪もないんだ」と言わんばかりに世話を焼き、実にイイ奴。グランマは目が高い。
監禁されたジョイ役を演じたブリー・ラーソンは、実際に誘拐された経験があるのかと信じてしまうくらい、真に迫っていた。ジャックしか眼中にないときのジョイ、世界に戻り安心したときのジョイ、心が押しつぶされて混乱したときのジョイという具合に揺れ動き、彼女の衝撃が伝わってきた。アカデミー賞を受賞したのは当然だろう。
ジャックは腰まで髪を伸ばしている。髪にパワーが宿ると信じているからだ。
私も数か月前から髪を伸ばし始めた。今ではブラウスの襟に入り込むほど長くなった。髪が伸びるにつれ、なぜか直感が働くようになった。「これはこうしたほうがいい」「あれを忘れているよ、気をつけて」「今がチャンス、すぐ動いて」などなど、転ばぬ先の杖となってくれる。
映画を見たあとは、「もっと伸ばそう」と決心した。ワタクシ、単純なもので。
公開終了前に見られて本当によかった、と実感できる映画だった。

↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)

「7年間も密室に監禁された女性が、そこで生まれ育った5歳の息子のため命懸けで脱出に挑み、長い間世間から隔絶されていた彼らが社会に適応していく過程を描く」
えっ、監禁?
ここで私のパソコンは、一番に「換金」と変換した。持ち主に似るのだろう。
そこで息子が生まれ育つ? 誘拐犯との子どもというわけか。
でも、脱出? どうやって?
がぜん、興味をそそられ、劇場に足を運んだ。その映画館では、「公開は5月6日まで」と事務的に表記していたが、終了間際でも劇場内はほぼ満席。人気の高さがうかがえる。
冒頭は、5歳の息子・ジャックがママと暮らす狭い部屋で、植木鉢やイスなどに話しかけるところから始まる。何気なく見ていたが、ここはラストにつながる重要な場面だ。
ママは優しい。ジャックをこの上なく愛していることが全身から伝わり、まさか犯罪の被害者とは思えない。でも、ジャックが5歳の誕生日を迎えたときに、「よく聞いて」と息子に打ち明けるのだ。
テーマは重い、重すぎる……。
誰の視点で撮られた映画かによって、視聴者の精神的負担はまったく変わってくるだろう。
たとえば、ママであるジョイの視点だったらどうか。
17歳で誘拐され、普通の生活を楽しむ自由が奪われた。誘拐犯に性行為を強要され、その結果、男児を出産。息子は可愛いけれど、あの男だけは許せないと、日々、憎しみが募っていく。
うーん、とても見る気になれない。
じゃあ、ジョイのママ、つまりグランマからの視点で作られたら?
ある日、学校に行ったはずの娘がこつ然と消えてしまった。夜になっても、朝になっても、また夜になっても帰ってこない。どこに行ったの? 私の大事なジョイ。
子どもがいないと、家族の仲がギクシャクする。夫とは疎遠になり、一緒に暮らす意味がわからなくなって離婚。新しいパートナーはいるけれど、心の中には大きな穴が開いたまま。
これも、ちょっと遠慮しておきます、と言いたくなる内容だ。
だが、「ルーム」は5歳のジャックの視点で描かれているから、一生懸命ケーキを作ってみたり、「臭いのはママのオナラだよ!」と叫んでみたりで、実にラブリー。ジョイはジャックを邪魔に思うどころか、彼からエネルギーをもらって生きていたのだ。子どもの無邪気さに、視聴者もスクリーンに釘付けにされる。大人だったら、こうはいくまい。
ジャックとジョイが脱出に成功し、グランマの家で暮らし始めたシーンが好きだ。
ジャックは、これまでママと誘拐犯しか見たことがないから、グランマやグランマのパートナー・レオを警戒して心を開かない。でも、レオはジャックに聞こえるように独り言をつぶやき、朝食を食べさせることができた。遊び相手の犬も連れてきた。「この子には何の罪もないんだ」と言わんばかりに世話を焼き、実にイイ奴。グランマは目が高い。
監禁されたジョイ役を演じたブリー・ラーソンは、実際に誘拐された経験があるのかと信じてしまうくらい、真に迫っていた。ジャックしか眼中にないときのジョイ、世界に戻り安心したときのジョイ、心が押しつぶされて混乱したときのジョイという具合に揺れ動き、彼女の衝撃が伝わってきた。アカデミー賞を受賞したのは当然だろう。
ジャックは腰まで髪を伸ばしている。髪にパワーが宿ると信じているからだ。
私も数か月前から髪を伸ばし始めた。今ではブラウスの襟に入り込むほど長くなった。髪が伸びるにつれ、なぜか直感が働くようになった。「これはこうしたほうがいい」「あれを忘れているよ、気をつけて」「今がチャンス、すぐ動いて」などなど、転ばぬ先の杖となってくれる。
映画を見たあとは、「もっと伸ばそう」と決心した。ワタクシ、単純なもので。
公開終了前に見られて本当によかった、と実感できる映画だった。

↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)