「祇園祭」誘っていただき感謝、「平田宿」にて前編。

2023-07-31 12:45:28 | 祭り
※お時間のある方は三重県HPの「植木神社祇園祭」(29分49秒/平成24年撮影)を見てください。

・「祇園花」の準備風景 から
・子どもたちの「お囃子」の稽古
・神輿の「くねり」の練習 
・「宵宮祭」、「本祭」に至る
全てをみることができて、地域の人たちが一致団結して
祭りの継承をしている様子がわかりました。
「くねり」の練習も担当地区ごとにしているのですね。

昨日伺って、「コロナ禍明けの『祇園祭』、これからが正念場かもしれない」
という声が漏れ聞こえてきました。
どこの祭りも抱えている「少子高齢化」による「担い手不足」、
とてもおらが町・地区だけでは存続しなくなりつつありそうで、
この祇園祭のだんじりの曳き手など地区外の人の応援、
自衛隊笠取駐屯地の応援などで成立している模様。

せっかくお誘いを受けて見てきたので、その様子です…

夜中午前3時頃から始まった「遷幸祭」(センコウサイ)。
※神様が「神輿」に遷られ「御旅所」(八王子社)まで渡御します。
 午前5時「遷座祭」執り行われ、一旦神様は休憩。
その後、午後3時から
伊賀街道沿い「八王子社」にて「還幸祭」(カンコウサイ)
※神様が「御旅所」から「植木神社」に還られます。
では、「八王子社」境内にて
  

 
可愛いお子さんの後ろ姿、一体この子はどんな役目があるのかな?
後ほど、ご注目いただければ…

神事が終わると「竹幣」「祇園花」「子ども太鼓」「神輿」「だんじり」の順に巡行が始まります。
では「祇園花」
  
見上げると、各地区で造られた「祇園花」だというのがわかります。
先の三重県の動画でも見たんですが、花一つからすべて手造り!
手間ひまのかかる花造りと思うと感慨ひとしおです。
  

「神輿」参上!見応えたっぷり「くねり」、
見ているだけでも思わず「力」が入り、手には💦
カメラは暑さで写ってるんだかなんだかわからず、ただ撮るのみ…
迫力と若者たちの熱意が伝わればいいのだけれど、
「金色の神輿」の眩しいこと!
   

  
最後に200㎏越えの神輿を放り上げます!
(撮れなかったけど、目の前でその迫力は見ました

「だんじり巡行」
上野の祭りでもだんじりは最後の〆。
神様の巡行を囃し立てるのがお役目、
中に乗る「お囃子連」の稽古、夜な夜な練習している様子を先の動画で見ました。
その成果のお披露目です、楽譜もなく文字譜と口伝だけが頼りの「お囃子」です。
よく頑張ったね…そんな思いで見上げておりました。
 伊賀街道を植木神社に向かうだんじり

以下、順不同
   

 方向転換用の「万力」

  
だんじり幕を見るのも楽しみ、
この町のだんじりの「曳き手」は「笠」マークの法被
ということは、、、
  
「航空自衛隊笠取山分屯基地」の青年たち。
曳き手の勢いが違うそうですよ(笑)、何せ元気なのだとか…

ひと通り、真昼の巡行を初めて見せていただきましたが、正直暑さとの戦いでした💦
でも生まれて初めて見た「ぎょんさん」(地区の人はこう呼んでいる)、
感動しました、老若男女問わず、引き継いでいくことを模索しつつも、
こうやって盛大に行われたこと、大山田の人々の底力!見せてもらいました。

ありがとう、そしてお疲れ様。
 中日新聞2023/7/31朝刊より

「三重の文化財」HPより「植木神社祇園祭

あと少し、伊賀街道平田宿そぞろ歩き、続きます。
ではまた
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2023/7/30 大山田祇園祭神輿の「くねり」圧巻!

2023-07-30 18:13:49 | 祭り
若者の底力を見よ!
魂が一つになった「神輿の技」です…


ではまた
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植木神社の祇園祭宵宮、提灯灯し巡行。

2023-07-30 10:34:22 | 祭り
知人から送られてきました。
盛大に行われている様子、うれしいです。

2023/7/29 植木神社の祇園祭宵宮、提灯灯し巡行


見ていると、やっぱり行きたくなったので
午後一の所用を簡単に済ませて大山田平田宿へ行こう!


昔撮った「植木神社」の写真を振り返り(撮影2020年7月3日)、
頭の中に入れ直して出かけようと思います…
「祇園祭由緒書」、「祇園祭絵馬」
 

境内の御神木「椹の木」、樹齢(この札のかけられた時点で)450年
  

 中日新聞2023/7/11付

読売新聞web記事「おみこっさん継承へ
≪約400年続く同祭は、2基の神輿と3基のだんじり、祇園花が中心の華やかな祭りで、
県無形民俗文化財に指定されている。
かつては11地区の持ち回りだったが、就職で県外に出る若者が多く、担げる地区が減った。
担ぎ手の高齢化も進んでおり、240キロの神輿を安全に担ぐ技術や知恵の伝承が課題となっている。
「古里の木や草のにおい、人と人とのつながりが感じられる。祭りの最大の魅力だ」と力を込めた。
担ぎ手たちは日曜ごとに練習を重ねている≫とのこと。

練習の成果いかに…楽しみです…

追記:三重県伊賀地域の伝統行事:植木神社祇園祭:伊賀市(三重県HPより)

ではまた
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(再掲)「大山田のぎょんさん」(祇園祭)のこと。

2023-07-29 23:52:59 | 祭り
昨年8月3日にアップした記事の再録です。

『首都より帰省中の知人に興味深い冊子を借りました。
街道いまむかし」という読売新聞社編の冊子で、これがなかなか面白い。
 
読売さんは連載物がお得意で、この手の記事でワタシはいろいろ勉強させてもらいました。
今回はたまたま「大山田の街道沿い(=伊賀街道)」に伝わるお話がいっぱい!
自分自身が訪れたことのある神社仏閣や石仏に勧請縄のことなど、興味は尽きません。
しばらく借りるつもりで、じっくり読みたいなと思っています。
連載期間は「平成元年11/14~2年5/20」だそうです、
なので実名や年齢など出ていることもありますが、約33年以上前のこととご理解くださいませ。


「平田の祇園祭」が行われるはずの7月の最終土・日曜日にココを訪問。
でも、賑やかなはずの「巡行」が執り行われることはなく、神社の儀式だけがひっそりと…
  
という状況でした。『疫病退散』を願うのはどこの神社も難しいらしく、
おまけに「祭」を持つ町村は限界集落化、少子高齢化甚だしく、祭りの担い手は年々少なくなり、
伝承することさえままならぬ事態。
わが住む上野のまちなかだって怪しげなもんです、、、大いなる「心配のタネ」です。

上の写真は、7/31夕刻の静かなる神社の境内の様子でした。(過去ログ「植木神社」

さて、
街道いまむかし』(読売新聞編)より


『大山田八景』より

≪明治時代に書かれた植木神社の祇園祭≫のようす。
すごく賑やかな祭りだというのがよくわかるし、
あの平田宿の街道が人で溢れかえっています。

植木神社】(大山田平田)
見出しは『1100年続く祇園祭/楼車やミコシでにぎわう
以下、掲載文転載です。(※「楼車」)

≪旧郷社で祭神が 健速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)など三十五を数える。
明治9年の「小祠小堂の合併の通達(=神社の合併政策)」以来、村内の小さな神社が合祀された。
氏子は当時593戸。(平成元年前後の数字と思われますが)
もとは出後(イズゴ)の清水谷にあったが、文永6年(1269)の大洪水に流され、現在地に移った、と伝えられる。
大山田村教委が保管している久寿2年(1155)の大般若波羅密多経に「殖木宮」の名前が出ており、神社の起源は古い。
久寿二年は、村出身の山田庄司行季の子孫、維行が平家の郎党として保元の乱(1156)を戦った前の年。
平家の後援で山田郡十か村の惣社(ソウジャ)として、清水谷から遷座したと大山田村史は推定している。

神社以上の歴史を誇るのが、毎年7月最後の土・日曜日に行われる「祇園祭で、県の無形文化財に指定されている。
川口重正宮司(六)は「清和天皇の貞観11年(869) 「疫病退散の祇園会として始まったと伝えられ、
千百年続いていることになる。神社より古いわけで、これほど伝統を持つ保つ祭りは珍しい」と自慢する。
神社前に住む福山さん(当時46)は「祭りには上町、中町、下町の三台の楼車とミコシが出ます。
子供の花行列もあり、よそへ嫁に行った人もこの日ばかりは里帰りして祭りを楽しんでくれます。
通りの両側に屋台も出てにぎやかですよ」と話している。≫


  ミコシ

 花行列の時の「花」
本来なら、日曜日に「花行列」がお宮さん(植木神社)に戻ると、解体され配ってくれる(花奪い、とも)そうですよ、
その行事も今は神社の境内で鎮座するのみ、寂しいことですが、
よそもんとしては復活を願うばかり、、、

大変なことは承知のうえで無責任なことを書いていますが、
移住であれ、少子化対策であれ、お国の人はもっと地方を見やなアカンやろ!
と思うわけです…

 「伊賀市の文化財」冊子より

こちらは「2019年の祇園祭の様子」、これまた少し若い知人のFBからお借りしました。
正真正銘「祇園祭」だよ。

そして、昨年のぎょんさん(地域の人はこう呼んでいるみたいです)の「お囃子」
2022/7/30大山田平田宿「祇園さんのお囃子」(上(東)町)


以上、再録。』

行ってみたいのですが…
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恒例「廣禅寺風鈴」、もちろん蝉もいっしょ。

2023-07-28 16:02:19 | つれづれ思うまま
  
山門に近づいて「あれっ?今年は静かやなぁ🎐🎐🎐」と思ったけど、
この音だけを聞いた知人は、なかなか賑やかやなぁと。
でもいいんですよ「夏の風物&厄除けの音色🎐」やからね、
暑さ吹き飛ばす勢いがここでは必要なんです

どうぞごゆっくり
癒されるかどうかは「心」次第…

2023/7/28 山門前の風鈴



2023/7/28 回廊の風鈴1


2023/7/28 蝉はどこにいるのかな


  

ではまた
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続編、「逆柳の甌穴」の川床で「よし笛」聴く、至極のひととき。

2023-07-26 12:14:46 | 逆柳の甌穴


20230723『ちょいまるさんの「よし笛」、木漏れ日の中で聞く♫』


「甌穴」の中へ降りて、出てきたら「風流な音色」が聞こえてきます。
風景とマッチして、なんてロマンチックなんだろうと…
振り返ればそこに「(通称)ちょいまる」さんが奏でてらっしゃった、という床並川構図です。
  
ワタシの撮った写真を見て、傍の川原に座っていた方が「絵になるよねぇ」って(褒められた気分)。
ちなみに、ちょいまるさんが奏でている「よし笛」は、
伊賀の服部川・木津川合流地点の「新居」の川原の「よし」です、
この床並の川の流れは「木津川」へ行きますよ、と。

実は、「ちょいまる」さんとは「らい萬香園」でお会いしいていて(リンクは過去ログから)
様々な活動をされていることをきき、こんな図鑑も出版されているので、
その場で購入!という経緯があります(余談ですが(笑))。
身近な場所に生えている植物であったり、鳥のこと、川の魚のことなど
見ても読んでも楽しい「図鑑」です。
ちょいまるさんグループの活動のことは、→『ちょいまるグループHP』をどうぞ(再掲)
 

では話を戻しまして、「逆柳の甌穴」を覗いた時の一瞬の動画 ↓
『20230723「逆柳の甌穴」雄井戸、深さ4m』


驚きの声は当然上がります、ワタシも地球の営みの凄さを感じて「おぉ~~っ」って。
そして、一つ疑問があったので近くにいらした「千方伝承会」のメンバーにお聞きしました。
Q.「この『床並川』の水源というか源流はどこからですか?」と。
A.「この川は、名張市の長瀬という地区にある山からの水です」
A.「この辺りのこの水の流れが『伊賀青山』と『名張』の境界線ですよ」と。

ちょいまるさんの後ろからずっと先、長瀬から来ているのか??
 
なぜかしら感動しました、自分の頭の中で位置関係がつながりました

過去には「上長瀬のつり橋」のことも書き、川の流れ(名張川)こそ違うのですが、
長瀬へ行くときにそびえて見えた「あの山々」から流れ出ずる川かと思うと感慨深いものがあります。

最後に、知人から「甌穴まつり」の前に、
川床の清掃作業や「甌穴の水抜き」作業をしている様子をいただきました。
その様子を見ていると、並々ならぬ熱意と情熱で保存管理されていることを
改めて知りましたので、ここに掲載させていただきます。
まだ「甌穴の中に水」が溜まっている状態から、
水が抜かれた「甌穴内部」や「甌穴から見た景色」など、
そしてイベント会場になるそのプロセスになります。
   



  


では、当日に戻りまして、帰り道を急ぎますが、
何度見ても、普通には見ることの出来ない自然の様を見ながら帰ります。
 「雨乞い石」がここに?

   

アスファルト道に出て、民家の軒先で見つけた花にホッと一息。
不思議の空間から帰ってきたな、最後は「ソニック君」と「ダム堤体右岸」を見て、
   
帰路に着きました。
 
「逆柳の甌穴」は完。
初尽くしだったので長くなりましたが、来年の夏、行ってみませんか?

ではまた
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忍びの里「千方伝説」、そして「逆柳の甌穴」(県天然記念物)、入ります。(後編)

2023-07-25 11:01:53 | 逆柳の甌穴

深さに驚いて真っ先に載せちゃいます、これぞ巨大「甌穴」。

さて、後編スタート!
到着しましたね「千方伝説」地です。
  答えは現地で…

『千方伝説 (血首ヶ井戸)/チカタデンセツ・チコベガイド
 床並川の川床にある重県指定天然記念物の逆柳の甌穴は、
 藤原千方伝説地の一つ血首ヶ井戸として知られています。
 千方や四鬼が 討ち取った敵の首をこの井戸に投げ入れた
 という伝説からこの名前で呼ばれています。
 二つの甌穴は雄井戸と雌井戸といわれており、
 雄井戸の深さは約4mで、日本有数の穴として知られています。
 なお、血首ヶ井戸は、干ばつの時に井戸の水替えを行うと
 雨が降ると言い伝えられており、雨乞い行事が時々行われていました。伊賀市』

※参考「伊賀市の文化財」冊子から「三重県天然記念物/逆柳の甌穴」



いよいよ「巨大甌穴」とのご対面か…
この「甌穴」とは自然の流水が長い年月(数千年)にわたり岩盤(板状節理)を削ってできた穴の事のようで、
地球規模の営みを感じるというか、
想像を遥かに超える自然現象を目の前にしてるという感動を覚えました。

最初に見えるのは「雌井戸」(メイド)。
  

「雌井戸」から再び川の浅瀬を渡り、「雄井戸」のある辺りに進みますが、
せせらぎのように流れはあるので、濡れてもいい覚悟が必要です。
   

ここでは、床並川の上流をこのイベントのために一部がせき止められ、
端っこの流れはそのまま残っていますが、この作業は大変だったことがわかります。
(準備作業中の写真をいただきましたので、またあとで…)
こちら「雄井戸」が見学できるように水が抜かれている様子…
(絶えず、ポンプアップで水は抜かれています)

「中に入らせて」もらえるのですが、ヘルメット着用、順番待ちの列です。
   (再掲)

ただ興味本位だけではなく、ここはきっちり「厄除け祈願」が行われます。
  

岩盤に映る景色と「厄除け石」
 
川の流れを元に戻して、甌穴の中に再び水が戻ったら、
この「厄除け石」を投げ入れる、とのこと。
残念ながら、私的に午後の所用のため早退しますので「石」はお持ち帰りし、
家で鎮座しております💦

いよいよ「甌穴」内へ侵入いや「進入!」させていただきます。
ドキドキでした、まず梯子を下りれるのか?
途中で落っこちたらどうしよう?とか、雑念が入ります。
ここは「無心」の境地になること、
そして「貴重な年に一度のチャンス」であることを自覚しなければいけません。
準備してくれた皆さんに感謝しつつ、入ります!
  
数千年かけて小さな石がコロコロ攪拌されて造られた深さ「4m」の『甌穴内部』です、
まさかここでこの体験ができるとは思っていなかったので感動ものでした。
うまく表現はできませんが、地球の神秘を垣間見た!
小さなことでクヨクヨするな、小石にだってできるんだぞって…
(もっと他にいい表現はないのかと、語彙力の無さを恥じ入るばかり💦)

いよいよ次なるイベントは「食い気?」
浅瀬に放流された「マス」、子どもたちは元気に「つかみ取り」、
大人は「炭火焼きマス」を待つ。
  

  
杉木立、清流を眺めつついただく「焼きマス」のなんと美味しかったことか、
これもこのイベントならではのご褒美だったか、
元気であればまた来たいなと思わせてくれる〆でした。

さぁ、これで帰ろう、とはならず、
ここでこの方の「よし笛」を聞けるとは…

まだ続きます。
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「逆柳の甌穴」(サカヤナギノオウケツ)前編、清流と杉木立の木漏れ日に霊気感じる…

2023-07-24 14:46:22 | 逆柳の甌穴
「歴史はロマン」、その時代にはタイムスリップなど到底できないので、
その土地や人々の中に残されていて、それを今の時代にアレンジして、
残していこう!と活動することはとても大切なことと思いました。
固いことをおっしゃるのは歴史家に任せるとして、
我々は当時に思いを馳せられれば、夢を見させてもらえば、そしてそれを楽しめば、
知らないことを知る喜びを感じた素敵な日だったなと…振り返っているところです。

「鍵引き」神事というのは、あちこちに残っている「山の神」系の祀りごとでしょうか、
当blog過去記事より「古山/山の神のこと。
古代磐座(イワクラ)信仰から連綿と今に続いていると思うと、
ここ「床並川」沿いの巨石にもそれを伺い知ることができるなと感じました。

では、床並川行軍記録スタート!
開会の挨拶等があって出発したのは9時20分ごろ(撮影の記録では)、
アスファルト舗装された生活道路をしばらく歩きます。
ここに案内板「千方古道散策コース/血首ケ井戸/800m」と。
この道に入ると木漏れ日の中を進んでいきますが、ホッとする爽やかな空気が流れます。
途中に「床並ダム」(google mapでは「堰堤」と)が右下に見えます。
    

やや急峻な坂ですが、みんなで登ればついて行けます(笑)。
あちこちに巨石が見え隠れ、杉木立の中を進み、
深く水の溜まったところ、実に幻想的な色合いにホッと一息。
   

「木漏れ日あふれる杉木立」と「床並川」浅瀬の流れが涼をくれます。
   
「一つ目の手造り橋」渡ります。
見上げれば「巨石群」、木漏れ日は幻想的…
  
「千方伝承会」の皆さんが、歩きやすいようにと管理してくれてるので
とても歩きやすいし、落ち葉でふかふかのマット状のところもあります。

地元の方、伝承会の方々はここら辺りまで準備の都合上、車で来れそうですが、
参加者は「二つ目の手造り橋」を渡ります。
  

「斗盞ケの淵」(トサカガフチ)に着きました、ここでは千方伝説に出てくる「四鬼」(ヨンキ)のお出迎え。
一息ついて「記念写真」撮ってくれますよ📷
少年たちの笑顔がうれしい💛
   

もうここは「森林浴気分」、
さぁ、あと「250m」。
  

ほぼ汗をかくこともなく、町なかの暑さを忘れ涼風の中の行軍、
たまには「こんな子」もいるらしいが、かまうことなかれ!
この人数に向こうも逃げていくわい(笑)。
「三つ目手造り橋」。
   

 
「床並川」の川床は「岩盤」なのでとても滑らか、
但し、この上を歩くとなるとよく滑るので要注意!

「甌穴祭り」のイベント会場は川の中。
歩き始めて約40分、丁度10時に到着、
少し先では子どもたちのにぎやかな声も聞こえる…
人だかりも見える、さてこの先に何があるのか!

ほっ、「日本遺産「忍びの里」/伊賀甲賀/千方伝説」の看板。
いよいよです、
ではつづく。
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「逆柳の甌穴まつり」参加前に、久々「川上ダム」へ

2023-07-23 23:23:44 | 逆柳の甌穴
川上ダム左岸から
 
朝陽に輝く「あおやまダム湖」

ダム堤体の正面にある「上川原眺望広場」(ふるさと石碑あり)というところ、
川上ダムのHPを調べてやっとわかりました💦
  

今はダム湖に沈んでしまった「川上区の歩み」「川上区の家並み」など
 

googleさんが「パノラマ」にしてくれたダム湖の様子


さぁ、「逆柳の甌穴まつり」(青山高尾644/床並集議所辺り)集合場所へ急ぎます…
前深瀬川沿いに上流へ向かいます、順路は親切なので迷わず行けます。
(過去、何度も行ってるおかげでもあるのですが…)
では、順路
  

  

床並川沿いの生活道路沿いに駐車させていただけます、
ずっと縦列駐車しました、止まったところにこの看板でした。
「日本遺産忍者の里伊賀/甲賀」の案内碑です。
参加者どんどん増えてきます、集合場所では開会式。
   
聞くところによると、コロナ禍でしばらく大々的には募集していなかったのですが、
今年は制限なく来ていただいたということで「139名」の参加者でした。
ふだん静かな村に車も人もいっぱい
いかに楽しみに待っていたのか、よくわかりました。
主催者のご挨拶も終わって、先導者について「いざしゅっぱぁつ!」
空気は爽やか、暑さもさほど気にならず、アスファルト道から地道に入ると
涼しささえ感じます。
途中の巨石や岩を見ていると、
ここは「室生火山群の端っこ!」を体感できます。
「柱状節理やや変型版」みたいな『板状節理』があったり、
そこに『カギ引き』の印があったり、
 
進むにつれてワクワクしてきましたよ。

~平安時代、青山には、伊賀忍者の発祥だと言われ、
超能力を持つという金鬼、風鬼、水鬼、隠形鬼の四鬼を部下に従えた豪族・藤原千方将軍がいた~
という、伝説の場所「逆柳の甌穴」へのウォーキングです。

では続きはまた明日。
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「神君伊賀越え」関連弐題、★NHK名古屋から ★お城ニュースから

2023-07-22 10:16:40 | 伊賀忍者回廊巡り
NHK名古屋のHPで見つけました。(知人に教えられですが)

その1★「どうする家康 お宝から見る!伊賀越え」★です。

「神君伊賀越え」に関する超貴重な資料が保管されている「伊賀流忍者博物館」※の取材など、
なかなか興味のわく内容です、ぜひ
  

ちなみに、※館内の甲冑の写真や「伊賀越え」や「天正伊賀の乱」の解説もあります。
今年の1月に訪れた時の館内の写真からピックアップ
前段として「天正伊賀の乱」とは?


翌年の「本能寺の変」後の家康の動き…


伊賀越え時の甲冑
 

「伊賀忍者が生まれたそのわけ?」
 

「三国地誌」に残る「伊賀の薬の数々」(※今の地図とは逆に見てください)


じっくり見ているととても勉強になる気がしました、
今更ですが、「伊賀ってやっぱり『忍びの国』なんだ」って思ってしまった…

・・・・・・・・・・

その2「お城ニュース」から
御城印3枚並べると『神君伊賀越えの地図になる
『7月24日(月)から11月30日(木)までの間、
山田牧場伊賀流忍者店山星商会において
「神君伊賀越えキャンペーン」と題して小川城・比自山城・和田城の
新作御城印が発売されます。
この期間限定御城印を3枚並べると
「神君伊賀越え」で諸説あるうちの4ルートが載った地図が完成します。』



この話に、思わず飛びついてしまいました!
「和田城」は、私的にお先に(2020年10月)行っておりますがその折には「御城印」はなかった💦
当時の「和田城攻略blog」です。
冒険気分で楽しかった「山城探し」だったこと、思い出しました(笑)。

詳細はリンク先を


そうそう、今日家人は朝から「鬼面及びその衣装の虫干し」です。
虫干し日和です…
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