「伊賀の勧請縄(カンジョウナワ)行事」(伊賀市文化財指定)⑤【阿山編1】「槙山・西湯舟・中友田」

2022-02-28 15:40:06 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
いよいよ阿山の「勧請縄」探しチャレンジDay (2/25) !
「槙山・石川・中友田・西湯舟」の4地区。

阿山の事は「阿山支」に聞こう、ということで支所で住宅地図を写メ。
4地区を一度に教えていただいたので、ちょっと頭の中は混乱気味。
その地図を読み違えて、槙山地区の中まで入ってウロウロ🚙してしまいました。
「カラオケスタジオ」がミソだったのに…= 探索失敗。

「写メ」した地図をじっくり勉強して出直しの日、
「槙山口🚥」左折、一ノ坪製作所やゴルフ場前を通過後、
坂を下りきったところの交差点
右側に「カラオケスタジオ」がある。
その広場に数人の人たちがいて、その中のお一人に伺いました。
「この辺に『勧請縄』、大きい注連縄があると思うんですが…」
「ああ、あるよ、あるはずやで、ここら辺に…」とわざわざ案内していただく。
「毎年、ここら辺にあるのになぁ、、、」
 いつもなら「ココ」にかかってるらしい場所
「今年は掛けてないんと違うか」と他の人。
(この方たち、実は伊賀の猟友会グループで今から山に入るとか…
 丁度ココに居てくださってよかったです、誰もいなかったらワタシ、
 途方に暮れてしまいます…)
「そうですね、今年は行事はしていないのかもしれませんね」
お礼を言って、立ち去ろうとしたら…あれっ?
カンバンを見つけ、
 

槙山地区 歴史散策コース
 大釣り縄
 勧請縄釣神事の「大釣り縄」です。
 毎年2月18日に当番組の氏子が藁束を持って参社し、
 境内の能舞台で太さ8寸、長さ33尋(ヒロ)の縄を綯い(ナイ) 、
 中央部に細縄で装飾をします。
 槙山川下流のこの地に架け渡し、その年の地区内の
 五穀豊穣、悪病などの侵入防止を祈願します。
 お疲れ様でした。歴史政策コースの点です。
 県道には歩道がありません。 神社までお戻りの人は、
 なるべく今来た道をご利用ください。
  玉滝地域まちづくり協議会 教育・文化部会』

コロナのため延期しますでした。

「縄」の追っかけをしていると「一筋縄ではいかない」ということでしょうか

気を取り直して順不同気味ですが、どんどん行きます🚙
『西湯舟の勧請縄』
 西湯舟唯一の信号かな
「ゆぶねばし」の上から撮って、川の近くまで下ります
  

  

 場所はココ

『中友田の勧請縄』
 「鞆田(トモダ)地区市民センター」の裏手へ

  お出迎えの人形さんたち
なんだか若々しく見えるんですけど(笑)、そして左側に「鞆田川」。
   
真ん中に「矢?」でしょうか…
ひょっとして「阿山地区」は真ん中に「矢またはお札」がふつうなのでしょうか?

 場所はココ

昔と今と場所の違いはあるかもしれませんが、
阿山地区のここまでは意外と見やすい場所に掛けられていました。
あっという間に行き過ぎてしまうこともありそうなので、
交差点に近づいたらどの道ゆっくり走ってくださいね…

次に阿山地区最後の訪問先「石川・河合川」ですが、
川幅も広い!ということは「勧請縄も長い」。
ということで、次回にします、ではまた
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「伊賀の勧請縄(カンジョウナワ)行事」(伊賀市文化財指定)④、「中柘植地区」

2022-02-27 12:00:04 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
「ここは、わかりにくいかもしれない…」ということで、
「市民センター」の職員さんがわざわざ個人的に電話をしてくださり、
住宅地図も写メに撮りお礼を伝え出発しましたが、
大きな道は知っていても、全くもって🚙で迷子状態
思い切って地域密着型の「」に駆け込みました
(nice idea?)
とても親切に教えていただきましたが、この日は事情によりtime out!

出直しの翌日(2/25)、やっぱり「旧大和街道」がミソ でした(笑)。
「旧大和街道」は🚙は通れますが、
枝道などは狭いので行かない方がいいですと「」で教えられていたので、
少し広くて邪魔にならないところに🚙を駐車し、あとはお散歩気分で…
   
「柘植川支流の倉部川」と傍の小さな石碑、その先に「旧大和街道」。
そうそう、春を呼びそうな「仏の座」、花の色が美しい…


ここは、「サンガリア伊賀工場」から少し先を左(北側)に折れたところ…
ストリートビューで通ったつもりになっていたので、多分ここらへんかな?

他所様の畑に踏み込むような感じですが、
そこは「市民センター」さんにもお声がけいただいたのを免罪符に小川まで進みます。

『中柘植の勧請縄』
  
くねくね曲がる「倉部川」の谷に掛かる勧請縄。
小さな「祠」(カンジョウサンというらしいデス)もあります。
もう少し近づくと
  「俵」もあります

 ココです…

 「大和街道中柘植界隈案内図」より

地域により様々な形の藁の飾り物があるので、それを見るのも楽しい。
正月明けや2月の上旬に「大注連縄掛け」は行われるようで、
伊賀ではその行事を「カンジョウナワ行事」と呼び、
昨年度「伊賀の文化財」に指定されたとか。

「文化財」として残すということはそれなりの制約も出てくるし、
絶やせない行事にもなるわけで、存続することはなかなか大変かもしれません。
(上野の祭行事に関わる城下町に居るので痛いほどわかる…)
今のうちに(行動できるうちに)ムラの行事として残されているもの、
多くの人の手間暇(テマヒマ)のかかっているものに対して畏敬の念を抱きつつ、
この目で確かめておきたい、と思っています。

「カンジョウナワ行事」とは、
・「ムラの出入口」にあり、
・「村内安全・五穀豊穣」を祈願し、
・「出入口に神聖な力を備えた大縄」を掛け、
・「悪魔や災疫の進入を未然に」防ぐ。
近畿地方には特に多い風習のようです。

(「カンジョウナワ行事」のヒミツ」(MieMu三重県総合博物館)資料より)

上野地区、柘植地区の勧請縄は見学できました…
残る「阿山地区」、ここも広いです。
4カ所・・・行きますよ~~

ではまた

追加(広報いが:2021年5月号より)
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「伊賀の勧請縄(カンジョウナワ)行事」(伊賀市文化財指定)③、柘植地区編「岡鼻の勧請縄」

2022-02-26 18:05:24 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
生活圏の上野地区内のことなら何となくわかるのですが、
それ以外の地区については、さっぱり自信がありません。

「広報いが」の2021年5月号「伊賀の文化財 #134」で紹介された『カンジョウナワ行事」
興味が湧いてきたので上野地区を飛び出して「柘植・阿山」方面へ挑戦します!

と、意気込んだところで所詮右も左もわかりません、
まして、地域に流れている支流のそのまた支流の小さな小川のようなところに掛けられる「勧請縄」です。
一人で探せる自信はないので、頼るは「地区市民センター」になります。
都美恵神社横にある「柘植地区市民センター」は、送迎場所指定で伺っていたのでガッテンの場所。
が、かなりマイナーな情報を聞き出そうとしているワタシに対して、
「観光案内」ならいざ知らず、職員さんも「まさかの勧請縄」の問いに、
地域の方に電話で聞いてくれたり、ほんとお世話になりました。
とても親切に「住宅地図」で説明していただき感謝しています。
「一つは『岡鼻』やな、これは橋から見えるからすぐわかる」
「もう一つはちょっとわかりにくいかもなぁ」とのことでした。

住宅地図を写メに撮ったものの、方向音痴な身としてはかなりあちこち走りました
無駄にアチコチ走るより、「どこか一点、目星を付ける」ことは大事だと思い至り、
「玉林寺」(柘植小林)が近くにあることがわかったので、そこをgoogle naviに設定。
おっしゃる通りに走り、「玉林寺」前に停車したら…
 

小川の橋から撮ってますが「霊山」が背景です。
 
ほんの少しの間に雪模様になってきました。

田んぼ側から、ちらつく と共に…
 「岡鼻の勧請縄」

だいたいこんな場所です、「旧大和街道」沿いです。
おそらくですが、住所地を調べると「小林/岡鼻」の境の川に
掛けられているかもしれません。
滅多に走らない道ですが、次にチャンスがあっても行けそう(笑)。
 

「上野地区」3カ所、「柘植地区」2カ所、「阿山地区」で4カ所。
dawnさんに教えて頂いた資料では「大山田地区」に1カ所です。
但し、大山田地区は文化財指定にはなっていないことが判明。
このことは、また後日。

dawnさんは「カンジョウナワ行事のヒミツ」という講演会を聞かれたそうで、
何かの参考になれば…とのことです、嬉しい限り、有難いblog仲間さんです。
どんどん欲が出てきます、研究するわけではないですが、
この目で確かめたい!それ一心。
2・3日は、「勧請縄」追っかけ集中します(笑)。

では、明日は「中柘植地区」。
一日目は下見失敗、気を取り直して翌日再挑戦デス。
ではまた
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「野殿の勧請縄(カンジョウナワ)」(南山城村)は、「六所神社」にあり…

2022-02-25 21:33:20 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
本日2本目投稿…

昨年夏に、南山城村童仙房界隈へ通っていました…

「広報いが」を読み、伊賀城和定住自立圏の南山城村野殿の「六所神社を知り、
その神社は『京都府登録有形文化財』であると教えられました。
冬にはなかなか雪深そうで行けないなぁと思っていて、「夏」に決行した次第。
その折の「野殿紀行」(再掲)です、ご一読いただければ…

野殿の勧請縄写真」デス。

本日は、柘植地区・阿山地区の「勧請縄」探し(笑)。
やっぱりここにもありました「伊賀城和のカンジョウナワ行事/野殿編」です。

ではまた
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明治の校舎がサイボーグ化してる…by 上野高校

2022-02-25 15:18:16 | つれづれ思うまま
明治・大正・昭和・平成・令和・・・
今後も連綿と生き続けるための「耐震工事」らしい、
「明治時代」の建物ですから残していただけるのはとても嬉しいのです。
もう「歴史的建造物」の仲間入りですから…

~~追記(再掲デス)
 
第三尋常中学校校舎付正門碑(県指定有形文化財)
≪この建物は1900年(明治33年) 十月六日に竣工した木造洋風建築で、
県の営繕技術者の清水義八・信田悦蔵らの設計による。
同じ意匠で同時に建設された二中(四日市)・四中(宇治山田) の校舎は
戦災や火災で焼失し、三中(上野) の本校舎(明治校舎とよんでいる)のみ現存する
1989年(平成元年)に三重県有形文化財に指定された。
揮毫者 学校長 池田純之 ≫~~

工事のお昼休みに撮ってみた(笑)。(ガードマンさん映らないように)




 (2022/2/23撮影)
今日(2/25)、前を通ったら、目隠しが付きつつあります、
今年の12月頃まで工事はかかるようです…


過去・現代・未来予想図でした。
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「伊賀の勧請縄(カンジョウナワ)行事」(伊賀市文化財指定)②、「長田勧請縄」と「お紋地蔵」。

2022-02-24 14:44:41 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
島ケ原や南山城方面へ行くときに必ず通る国道163号線。
走っている時、ハッと気が付くんですがなかなか止まることができません。
通行量多く特にトラックが多い、道幅は国道とはいえまぁ普通の2車線。
長田辺りには「路側帯」があるので…でも、どこに🚙を止めるか!
それが問題だったのですが、ストリートビューなどで研究し、
実際に通ってみてやっぱりココしかない!という場所に駐車。
さぁ、🚙を下りて国道をちょっと戻ります(東へ)、とても恐怖を感じました
こんな道を人間が歩いているとは多分思わないトラックが来ると、
肩先をビュン と通り過ぎ、吹き飛ばされそうな感じでした
確かによくスピードの出る辺りです、自分が走っていても同じ気持ちになります、
だから、「ゆっくり走ろう、伊賀の道」なんですね(笑)。
体験してみてよぉくわかりました、ハイ。

では、「長田の勧請縄」
  

 「長田勧請縄」国道側から
新しい藁で編まれ、ひとつひとつの造作も大きい、
ここも菖蒲池と同じようなモノがかけられています。

詳細は☟
「長田カンジョウナワ行事」(朝日Webより)

ここも小さい川にかかっているのですが、向こうに渡る術はないかいなと?
そういえば、いつもこの近くで「お紋地蔵」の案内板を見ているので、
再び東へ進んでみます…
 「お紋地蔵」案内
この写真では、右手側は国道、斜め左へ行く細い道があります。

  
小川を渡って少し進むと竹藪の中に少し開けた場所があり、
そこにお地蔵さんや五輪塔?がたくさん並んでいます。
  「お紋地蔵」※さん
少し大きめに撮ってみました
  
こんな感じで心強いほどたくさん。
その先、実はまだ進めるんです、勘!としては「勧請縄」に行けそうです。
 歩くこと2・3分

  

 「長田勧請縄」山側から
見事に勘は的中して、国道を背景に「カンジョウナワ」でした。

  
見上げれば輝く竹藪の道を戻って、
 小川を渡り
元来た道(国道)をトボトボ歩きますが、今度は背後からビュンビュン🚛
何度歩いても慣れません…

国道163号線、この「勧請縄」から少し西へ行くと、
これも気になる北側に「祠」がひとつ。
  
調べると「地蔵堂」とだけ書いてありました。
謂れは、さて?地元の人に聞かないとわかりません、あしからず。

お紋地蔵(地蔵三尊石仏) ≪鎌倉時代後期≫
説明版より
 ≪右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、舟形の光背がある。
 頭上と右肩に散り蓮華を配するように見える。
 向かって右に合掌、左に宝珠を持つ小像を従える三尊石仏である。
 全高は160cm 花崗岩製。
 名前の由来は、もんという女性 が、乳飲み子を残し亡くなった 後、
 夜な夜な泣声が聞こえるようになり、哀れに思った村人が 地蔵尊を建立したところ、
 泣声がしなくなったという言い伝えから、「おもん地蔵」と呼ばれ るようになった。
 昔の奈良街道の傍に立ち、道中の安全を願う人に信仰されたと思う。
 平尾地区の人により維持管理されている。
   昭和63年 伊賀市指定文化財に指定 ≫

新春も過ぎ、いつの間にか春の気配…とはいきませんが、
病気や邪気をはらい、平穏無事を祈る新春行事、
大注連縄が張られてから日は経ちましたが、丁度今頃が藁細工の作り物は
落ち着いてきて見やすくなっているように感じます。
地元の人たちの「安全や豊穣、命の尊さ」への思いがしっかり詰まっている行事だと思います。

明日は、どこの「カンジョウナワ」を見に行くかな…
ではまた
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「伊賀の勧請縄(カンジョウナワ)行事」(伊賀市文化財指定)①、「菖蒲池・東谷」

2022-02-23 15:29:21 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
湯屋谷「蓮徳寺」の帰り道、ふと思い出して
鍛冶屋の川沿いの川の中にある「地蔵二尊磨崖仏」を見たくなりました。
冬だし雑草も少ないので拝みやすいかも…と。
 
以前訪れた時は、知人たちと一緒だったので水の中に入って撮影しましたが、
今回は見るだけ(笑)。(当blog「古山鍛冶屋の石仏

もうひとつ、「蓮徳寺」の投稿にdawnさんからコメントをいただきました。
そのコメントで『榊莫山作 伊賀八景 「湯屋谷ノ寺』のことを思い出しました。
2020年9月に三重県立美術館でこの絵を鑑賞したことを…
すっかり失念しておりそれを思い起こさせてもらった…
いつかは行きたいと思っていた「お寺=蓮徳寺だったのです。
dawnさんには感謝 です。
(dawnさん2012年に鑑賞されてました、ワタシは一昨年のことさえ忘れていたハズカシイ)

そして、いつも当blogにご訪問頂いている「石仏などいろいろ」さんに教えられ、
☟ 9地区の勧請縄(カンジョウナワ)行事が伊賀市文化財に指定された、とのこと。(1年前の事ですが…)
長田菖蒲池東谷、柘植町、中柘植、槙山、西湯舟、石川、中友田の9地区だそうです。

どこまで見に行けるのか自信はありませんが、先ず近場から縄の新しいうちに…
1月~2月にかけて新調されるとのことなので。

では、2022/2/22(🐈の日、忍者の日)この目で確かめるべく訪問!
「菖蒲池の勧請縄」
菖蒲池の🚥から旧名張街道へ入ってすぐ、どこに🚙を止めようか悩み、
行き過ぎてUターンしてハザード点けて近くに停車。
真新しい「勧請縄」を間近で見るのは初めてです。
綺麗に藁で編まれています…
  
真ん中辺りには「御幣」もあり、上には「お札」も掛かっていました。
石仏いろいろさんから教えられたその通りでした(笑)。

 
「鯛・蛸・酒樽・瓢箪」などなど、大っきいので見やすい。
家人に聞くと「昔は左手の山の方まで渡してあった」はず…とのこと。
多分、川幅はもっと広かったんではないかとワタシの記憶も薄っすらと蘇ります…

 「菖蒲池勧請縄全景

次に、夕刻迫っていたので「東谷」ならすぐ行けそう…
お寺の近くだと聞いていたので地図で探して「観音寺」!と目星をつける。
ありましたよ、勧請縄。
「東谷の勧請縄」(東谷/観音寺前)
  観音寺入口

  「東谷勧請縄全景
お寺本堂の建て替えが行われていたらしく…そういえばとても綺麗、
ここには藁で編まれたものはありませんがまさに注連縄風なのです。


「観音寺」も伊賀では名だたるお寺で、重文の本尊(阿弥陀如来坐像)があり、
知る人ぞ知る「文豪・横光利一が思慕を寄せた宮田おかつの墓」があるとか、、、
ここは改めてじっくりうかがうことにしましょう~~

古山の歴史、恐るべし!

明日は「長田勧請縄」へ
ではまた
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湯屋谷「蓮徳寺(レントクジ)」、藤原時代の「日光・月光・薬師如来」…

2022-02-22 15:47:39 | 神社仏閣など
先にお断り、表題の仏様たちは「伊賀市の文化財」であるとともに、
「国の重要文化財」だそうです。
実際にはどうしたら拝観させていただけるのか??
いろいろ調べてみたけれど「本尊薬師如来」様は、60年に一度の御開帳だそうです。
さて、その60年目はいつ訪れるのでしょう、どなたかに聞いてみなくては…

ふと、通りかかった「湯屋谷(ユヤダニ 又は ヤンタン)」(伊賀市古山地区になります)。
某ホームセンター、新岡波総合病院建設現場、花垣神社経由、蔵縄手の🚥へ、
地元の人にしかわからないような行程を走っていた時のこと です。

オォッ!!と気になりました、新しい石段と六地蔵様と…
  
新しさに不似合いなほどの古い「國寶」石碑が目に留まったのです。

新しい分、登り易い石段をトントン上って境内へ
 手水舎の龍さん
センサー付きの手水で前に立つとお水が出ます、
綺麗に管理されていますし、どこか新しい…
 蓮徳寺本堂
 「本尊薬師如来」さまの説明
『伊賀四国第八十三番 蓮徳寺 本尊 薬師如来
 梅母山医王院(バイボウザンイオウイン)蓮徳寺は、延暦年間(800年頃)行基菩薩によって創建された。
 本尊薬師如来は、諸願成就、万病平癒の霊験あらたかな仏像として、
 古くより伊賀一円の多くの衆の信仰を集めていたといわれる。
 特に脇仏の日光、月光両菩薩は、藤原時代の有名な調刻家定朝の作ともいわれ、
 その一木作りの均整のとれた優美で、しかも荘厳なる調刻は見事なもので、
 大正四年 国宝に指定され、昭和四十一年四月に建立されたその収宝庫に安置され、
 現在も大阪、京都等近畿一円からも参詣者があり、多くの信仰を集めている。』
  
白石敷きつめられた境内には立派な「十三重塔」。
 
何も予習せずに突如訪れてしまったので、帰って勉強せねば…と思った次第。

 境内横の池の木
はて、何の木かな?

そして、入り口で「説明版」、ワタシハ スゴイトコロニ 来テルノネ…

国指定 重要文化財(彫刻)
 木造日光・月光菩薩立像(蓮徳寺)

 像高 両像とも103.5㎝
 本尊薬師如来坐像(秘仏六十年ごとに開帳)の脇侍として造られた像である。
 両像とも頭部に宝髻(ホウケイ)、天冠台(テンカンダイ)をつけ、額に水晶嵌入(カンニュウ)の白毫(ビャクゴウ)をつける。
 日光菩薩は左手が屈臂(クッピ)、右手が下伸し、月光菩薩は右手が屈臂、左手が下伸する。
 腰のひねりは日光菩薩の方が意識的で、月光菩薩は穏やかにほぼ直立する。
 檜の寄木造りで、当初は彩色像であったと思われるが、今は剥落して素地をあらわし、
 木目がみえる。伏せ目がちで優しい少女のような顔や明朗な姿は藤原時代の好みをそのまま表現している。
 なお、当寺の歴史を語るものに治承元年(1177年)に当寺において筆写した大般若経が他所で現存する。
 境内には、鎌倉時代の石造十三塔があり、市の指定文化財となっている。
  (指定年月日 大正四年八月十日)
       伊賀市教育委員会 』

突然思い付きで訪問してしまい、自分自身の不勉強さに呆れ、
帰宅して、母から譲り受けた「定本 伊賀百寺=その歴史と文化=」を読んだ次第。
  「伊賀百寺」より「蓮徳寺」
この本が発行されたのは1996年なので、当時のやはり古いままのようです。
概略
『延暦年間(782~806)に行基によって創建されたと伝えられているが、
 嘉吉元年 (1441)の『興福寺官務牒疏』によると、聖武天皇の発願(ホツガン)により、
 温泉の出ていたこの地に行基が薬師仏を安置して創建したと記されていることから、
 行基創建の信憑性は高いと考えら れる。
 「治承元年(1177)12月22日、於 古山蓮徳寺書」と上野市の沖森氏蔵の大般若経に記されるなど、
 悠久の歴史を持つ寺院であり、当初は奈良の興福寺末であった。』

「日光・月光菩薩」の写真は、
 「伊賀市の文化財」冊子より

「石造十三重塔」は、南北朝時代制作、 昭和46年2月23日伊賀市文化財に指定されています。
 「伊賀市の文化財」冊子より
『高さ380cm、花崗岩製のもので、相輪部の上部は破損部分も見られます。
 軸部は40cm 角の大きさであり、各面に金剛界四仏を示した種子の薬研彫が見られます。』

次に訪問する時は、地元の方にいろいろ聞いてから出直そうと思っています…

ではまた
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長い影、木の中に入ってみた…

2022-02-21 21:23:49 | 上野森林公園




ワタシはどこ?

by 上野森林公園陽だまりの丘
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「雨水」(ウスイ)ならぬ雨中の探梅ドライブ…

2022-02-20 18:12:17 | 花や風景など
≪空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる≫
という意味らしいですが、今年はまだまだ空気は冷たく、
今日は「春一番」どころか、「嵐のような風」が吹き荒れていました。
家は揺れ、外にあるモノは飛ぶ勢いです
羽生クンが「春よ、来い」を滑る頃にはちょっと穏やかだったかな(笑)。
(exhibitionのことね…)

草木の芽生えはもっと先でしょうか??
本格的な春の訪れにはまだ遠いのはわかっているのですが、
春の入り口に咲く「梅」探し、、、
撮影は2022/2/19。
 
南山城村から「八幡橋」を見下ろし、橋の袂で「白梅」少しずつ…

この冬、初訪問「天神風の道公園」(月ケ瀬月瀬)から
  
この公園からは「月ケ瀬橋」が背景です…
 
ちょっと狭い道で、民家の間を縫うように道が通っているので、
スピードは控えめに、静かに走りましょう🚙
まだまだ「蕾多し!」

下に降りて、「月ケ瀬橋」を渡って反対側から
 
紅白の梅、ほんの数輪です…

 
「天神風の道公園」のある月瀬(ツキセ)は向こう側です、
五月川を挟んであっちとこっち。

梅林があちこちにありますが、一気に花開くとはいきません、
なかなか待ち遠しいことです。
ではまた
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