前回(→こちら)の続き。
初めての大学の授業「基礎ドイツ語」で、ボリス・カルトッフェルクヌーデル教授と、なごやかに談笑する、我々ドイツ文学科の学生たち。
「ドイツで知られている日本人はいますか?」
「好きな日本の食べ物を教えてください」
といった、ゆるい質疑応答に、物足りなさを感じていた私は、
「ここで一発、カマしたらなアカン!」
という、間違った義務感のようなものを抱き、ここに場内騒然必至の質問を、投げかけることにした。
順番が回ってきた私は、すっくと立ち上がると、
「ボリス先生は、アドルフ・ヒトラーについてどう思われますか?」
その瞬間、カルトッフェルクヌーデル先生から笑顔が消えた。
お、パンチが入ったんちゃうか。
作戦成功を意識したものであったが、そのうちだんだんと、様子がおかしくなっていることに気づく。
先生は紙みたいに、まっ白な顔色になっている。
目は泳ぎ、ポケットからハンカチを取り出すと、しきりに、ひたいをぬぐう。
明らかに、動揺しているのだ。
なるほど、「血の気が引く」というのは、こう言うときに使うのだなと、はからずも勉強になった。
などと、おさまっている場合ではない。なにか、教室の空気自体が、急激に重苦しくなったのだ。
「それは……えー、難しい問題ですね……」
ハンカチで、いそがしく冷や汗をぬぐう、カルトッフェルクヌーデル先生。
「……難しい、とても難しい問題です……わたしの力では、一言ではとても説明できません」
自分に言い聞かせるよう、何度もくり返している。
ここへきて、いかなボンヤリの私でも、気づかされた。
どうも自分は
「触れてはいけない何か」
を掘り起こしてしまったらしい。
まっ青になり、息も絶え絶えという様子で、「とても難しい……」とくりかえすドイツ人教授。
わけのわからないままにも、状況が異様であることは察知している学生たち。
そして、なごやかな空気クラッシャーとして、A級戦犯となった私。
これはもう
「オー、イッツ、アメリカンジョークデース、気に入っていただけましたかAHAHAHA!」
みたいな、笑って終わらせられる空気ではない。
半分冗談のつもりだったのに、先生の反応を見ていると、とてもそれで片づけられる質問ではなかったみたいだ。
こうなると、今さら、
「待って、今のはノーカンね」
というわけにもいかず、最初の授業でなんちゅうことをやらかしたのかと、入学早々、家に帰ってしまいたくなったスカタンな私だ。
「そうかー、ドイツ人にとって、『あの時代』というのは、笑って流せる種類の問題ではないのだなあ」
というのは、ひしひしと感じさせられた。
だって、カルトッフェルクヌーデル先生は今にも泣き出して、くずれ落ちそうなほどに、打ちひしがれているんだもの。
いやホンマに、半沢直樹さんが出るまでもなく、土下座でもしそうな勢いなんですわ……。
だれや、こんなひどいことを言うたヤツは! ワシや! すまん……。
そんなことを、「一発カマしたれ」なんてノリで聞いてしまって、すいませんでした。
もう、こっちが、100万回でも土下座したい気分でしたよ。
ごめんよ先生、悪気はなかったんだよー(泣)。
黙りこむ先生、身の置きどころのない私、それを
「せっかく楽しくやってたのに、なにしてくれてんねん」
にらみつけるクラスの皆さん。嗚呼、やってしもうた、ここは地獄や。
せめて、オチでもつけないとと、
「また一緒に戦いましょう、今度はイタリア抜きで」
という定番のギャグで話を締めくくったところ、隣の席に座っていたチサコちゃんという子に、
「あたしは次の授業は、キミ抜きでやりたいね」
バシッとつっこまれて、若気の至った私は、その学生生活の前途多難を予感したのであった。
それくらい、この話題は海の向こうでは、デリケートなものらしい。門外漢の素人は、うかつに手を出さないのが無難です。
チョケていい話じゃない。「冗談ですやん」なんて、とてもじゃないが通じる雰囲気じゃなかった。
カルトッフェルクヌーデル先生の様子を見ても、もうこれは理屈やないと。
ホンマ、今思いだしても冷や汗が出ますわ。
※おまけ ヒトラー総統の楽しい漫談動画は→こちら