前回(→こちら)の続き。
『狼たちの午後』は硬派な社会派に見せかけて、実は上質のコメディーである。
銀行に強盗に入ったはいいが、金はないわ、銀行員のお姉さま方にはなめられるわ、それでいて外に出たらスナイパーにドタマをぶち抜かれそうになったりと、やることなすことズッコケのソニーとサル。
高跳びを画策するも、「ちょうどいい海外の地名が出てこない」というマヌケさも相まって、うまくいかないというのだから、なにをかいわんやだ。
そんなすっとぼけたやりとりの中、外ではソニーの「妻をここに呼べ!」という要求に応えて、交渉担当の警部が連れてきたのが、本妻と二人の子供ではなく、なんとソニーのゲイの恋人レオン。
おいおいソニー、お前そっちやったんかい! 衝撃の展開。
しかも、ソニーとレオンは結婚式まで挙げた夫婦だったのである。ちがう、警部、そっちちがう!
といいたいところであるが、なんとソニーが強盗に入った理由というのが、レオンの性転換手術の費用を工面するためだった、という事実が明らかになる。
くぁあ、ソニー、お前めっちゃええヤツやんけ! 泣かせるわあ。
この事実により、ゲイの人権団体からも支持を受け、ソニーはますます「怒れる若者」としてヒーローに。嗚呼、もうなにがなんだかわからない。
なんとか事態を収拾しようと、FBIが投降を呼びかける。レオンがダメならと、次はソニーのお母ちゃんを呼んでくるが、ママは延々と、
「あんな女と結婚するからあかんねや」
と泣き言をたれ流す。ではと、今度は本妻と電話で話させると、やはり延々と
「あたしがデブだからダメなの?」
ソニーが「黙れ、オレにしゃべらせろ」というのを聞く耳のもたず、ひたすらグチるグチる。もう見ていて
「そら、男にも走りたくなるわな」
同情することしきりである。
ラチがあかないまま、FBIはソニーに直接交渉をする。
「今ならまだ間に合う、2年で出られるぞ」と。
これにはグッと心がゆらぐソニーだが、
「安心しろ、サルは仕留めてやる」
相棒を見捨てることをほのめかされて、「ふざけるな!」と(でも、ちょっと後ろ髪引かれる思いで)それをつっぱねる。
もう、この辺りではソニーに感情移入しまくり。
がんばれソニー、権力の犬なんぞに負けたらアカン! ワシはお前の味方や! アホやけどな! と、すっかりやじうまの一員である。
ラストは人質を楯に空港までなんとか到達するソニーとサルだが、そこで……。
……と、ここからは実際に映画を観て欲しいって、すでに浜村淳なみにストーリーをほとんど語ってしまったが、ここで開放された銀行員のおばさんが、
「サル、飛行機は初めてなんでしょ、お守りをあげるわ」
というシーンが、なんだか泣けるのだよ。
と、ここまでざっと『狼たちの午後』の全容を語ってきたが、どうであろう。脚本的には完全にコメディーである。
一応、実話を元にしているということでシリアスに撮ってあるが、監督がちがえば一字一句書き直すことなく、まんま爆笑コメディーとして撮り直せるであろう。バージョン違いを山ほど作った『ガラスの仮面』の狼少女みたいに。
そしてなによりすばらしいのが、アル・パチーノ演ずるところによるソニー。
もう、見事なくらいな愛すべきスットコだめ兄ちゃんっぷりである。
なんかこう、「いるよなあ、こういうヤツ」と男子にしみじみ思わせる役柄。いいヤツなんだけど、いかんせん直情型でバカ。
でも人情には厚くて、サルみたいな過敏なタイプからも好かれているということは、意外と人望もある。
愛する人のために強盗するなんていう、男気ありすぎなところも熱い。でも、やることはオマヌケ。明らかに運も悪い。ついでにいえば、女運もなさそうだ。
なんちゅうか、全身から「ダメなヤツはなにをやってもダメ」オーラが出ているけど、それでもというか、それゆえにというか、なーんか憎めないんだよなあ。
この『狼たちの午後』は、徹底的にシリアスでありながら、その内実は「人間喜劇」的要素が強く、またその魅力を「愛すべき男」アル・パチーノが支えている。
ラストはハッピーエンドじゃないけど、同じ若者の挫折を描くアメリカン・ニュー・シネマみたいにしめっぽくならないところがよい、良質のボンクラ青年映画である。
私としては大いに気に入ったわけであり、願わくばエンディングテーマは筋肉少女帯の『踊るダメ人間』にしてくれたら、雰囲気もピッタリだったのになあ。
ダメな男を見ると、ついつい守ってあげたくなってしまう困ったお姉さまは必見の一品だ。