「自分では絶対に思いつかない手」
これを観ることができるのが、プロにかぎらず強い人の将棋を観戦する楽しみのひとつである。
前回は「早石田」における、鈴木大介九段の斬新すぎる新手を紹介したが、それで思い出したのがもうひとつの将棋。
2012年、第37期棋王戦の第2局。
久保利明棋王と郷田真隆九段の一戦。
鈴木大介と並んで「振り飛車御三家」と呼ばれた久保が得意の石田流を選択すると、郷田は棋風通りそれを正面から受けて立つ。
久保は▲76歩、△84歩、▲75歩、△85歩にすぐ▲74歩と行く「鈴木流」ではなく、一回▲48玉として、△62銀、▲76飛、△88角成、▲同銀、△22銀と進めてから▲74歩と突く。
△同歩に▲55角と打ち、△73銀に▲74飛と出る強い手は部分的には定跡形。
郷田は△64銀と迎え撃って、この局面。
飛車と角がせまく、逃げ回っているようだと手に乗って押さえこまれそうだが、ここで久保にねらっていた手があった。
▲84飛とぶつけるのが、「さばきのアーティスト」ならぬ、ずいぶんとゴツイ頭突き。
△同飛の一手に▲22角成と飛びこむ。
先手は馬ができているうえに、自陣は飛車の打ちこみに強く、桂香を回収して駒損を回復できれば指せそうに見える。
久保が一本取ったかに見えたが、これは実が無理筋だった。
といっても、それはここからの後手の指しまわしが見事だったからで、そうでなければ充分成立していたかもしれない。ここは郷田をほめるべきだろう。
▲22角成には一回△44角と合わせて、▲同馬、△同歩に▲22角ともう一度打ちこむ。
そこで、△86歩と方向転換。▲同歩に、やはり佐藤康光棋聖と同じく△12飛と打つ。
▲44角成で歩が切れた筋に、△46歩と頭からこじ開けていくのが、後手のねらいだった。
▲同歩と取るが、△86飛が次に△46飛の王手馬取りを見て、すこぶる気持ちの良い手。
それはたまらんと△86飛に▲77馬と引くが、幸便に△46飛と王手して、▲47歩に△42飛と大駒を敵玉頭の急所に格納。
「さばきのアーティスト」のお株をうばう、見事な空中アクロバットだ。
▲95馬の王手に△73歩と受け、▲58金、△35歩、▲77桂に△32飛とコビンにも大砲のねらいをつけて、これではいかにねばり強さが身上の久保棋王でも、いかんともしがたい。
以下、▲66歩に△36歩、▲同歩、△46歩から気持ちよく攻めて後手快勝。
その勢いで一気に棋王位を奪取するのだが、乱戦ねらいの大暴れを、しっかり受け止めた郷田の強さが、光った一局であった。
(久保利明の石田流からの珍型編に続く)
■おまけ
(郷田の振り飛車退治の名手はこちらから)
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