スローカーブを、もう一球 佐藤康光vs屋敷伸之 有吉道夫vs谷川浩司 2013年&1995年 A級順位戦

2024年12月06日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば勝てましたね」

 

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋というのは

 

 「優勢なところから勝ち切る

 

 というのが大変なゲームで、手こずっているうちに、あせりから逆転をゆるしてしまう。

 ガックリ肩を落としながら、

 

 「ここで1手、落ち着いた手を指していたら……」

 

 今回は、そういうときに参考になる将棋をご紹介。

 


 

 2013年、第71期A級順位戦

 佐藤康光王将と、屋敷伸之九段の一戦。

 相矢倉から、両者らしい力戦調の将棋になり、難解な戦いに。

 

 

 

 

 

 図は屋敷△33歩とキズを消したところだが、次からの佐藤の構想がうまかった。

 ヒントは、屋敷が△86歩と突き捨てたのが疑問で……。

 

 

 

 

 


 ▲26歩が、攻めに厚みを増す好着想。

 以下△55歩に、またも▲25歩(!)と伸ばしていく。

 

 

 

 

 じっとをしぼられ、息苦しさの増した後手は△45銀打▲79馬△56歩とするが、そこで▲24歩△同歩▲25歩△同歩▲24歩

 


  

 

 三歩持ったら、ツギ歩タレ歩

 

 格言通りのリズミカルな攻めが、見事に決まっている。

 後手からすれば△86歩▲同歩の突き捨てが、「筋中の筋」という反撃の常套手段だが、ここではその一歩がたたってしまった。

 以下、佐藤が玉頭の拠点を生かして勝ち。

 ジッと▲26歩

 強い人は急がないのだ。

 



 もうひとつは、1995年の第53期A級順位戦最終局。

 谷川浩司王将と、有吉道夫九段の一戦。

 この将棋は「将棋界の一番長い日」らしく、谷川は勝てば名人挑戦プレーオフに望みをつなげる。

 一方の有吉は、まだ2勝で負ければ即降級

 勝っても競争相手に勝たれると、落ちてしまうという瀬戸際だった。

 勢いは谷川だろうが、59歳(!)有吉はここでキャリア後期の名局ともいえる将棋を披露する。

 むかえた最終盤。

 谷川が△55角と打ったところ。 

 

 

 

 

 ここではすでに先手勝勢だが、放っておくと△88角成からのトン死があるため、気を抜けない。

 勝ち方は色々ありそうだが、次の一手が参考になる着想だった。

 

 

 

 

 

 ▲77銀と引くのが、落ち着いた一着。

 ここでは先手を取りたくて、私などつい▲66銀打としてしまいそうだが、それでは攻めの戦力がけずられて、もつれてしまうかもしれない。

 そこを、働いてない駒をジッと活用しておく。「大人の手」だ。

 攻めが封じられ、進退窮まった谷川は、なんと△14玉と前進。

 

 

 

 

 なりふりかまわぬ入玉ねらいで、格調の高さが売りである谷川ほどの男が、こんなの中をはい回る手を指す。

 これが、順位戦最終局というものだ。

 まさかの手に、一瞬あわてそうなところだが、有吉は冷静に▲34銀とシバる。

 ▲66銀打とせず、1枚温存した効果がハッキリと出た手。

 谷川も執念2連発で△13角と引く。

 
 
 

 

 ここで▲22銀不成が見えるが、それには△同角右△55の方で取るがある。

 将棋の終盤戦は本当に怖いが、有吉はどこまでも動じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲66銀引が、腰のすわった決め手。

 遊び銀をヒラリ、ヒラリと自陣に投下。パラシュート部隊がピッタリ間に合って、これで先手玉は鉄壁に。

 とうとう手段のなくなった後手は、力なく△28角成とするが、そこで今度こそ▲22銀不成で谷川が投了

 この場面で2度銀引は、その手自体の有効性もさることながら、実際に指せるというのがすさまじい。

 なんといっても、A級からの陥落がかかっているのだ。

 なら、優勢となれば少しでも早く勝ちたい、この重圧から開放されたい、になりたいと思うのが人情である。

 それを、静かに2枚の銀を、軽やかに、それでいて慈しむ様に活用してゆっくりと勝つ。

 修羅場での戦い方のお手本のような勝ち方で、競争相手の塚田泰明八段が敗れたこともあって、有吉は見事

 

 「60歳A級

 

 の偉業を成し遂げるのであった。

 


 (1手ゆるめる達人は有吉の師匠であるこの人

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