増田康宏が棋王戦の挑戦者になった。
増田といえば16歳で四段になって、いやさ中学生で三段になってこのかた、将来のA級タイトルどころか「棋界制覇」を期待されていた。
要するに、「今の藤井聡太の位置」にいるはずだった男。
実際、なにかと折り合いの悪いことで有名な師匠の森下卓九段も、
「増田がもし順当に中学生棋士になっていたら、《フィーバー》を起こしていたのは彼だったはず」
そう惜しむほどのきらめきを持っていたのだ。
それがモタモタしている間に、佐々木勇気と同様、光の速さで追い抜かれてしまい、あっという間に、背中も見えないほど引き離されてしまった。
それどころか、その後から来た伊藤匠にすら置いていかれ、いよいよ危機感もマシマシ。
A級にこそなったものの、むこうは八冠王でこっちは棋戦優勝やタイトル挑戦もままならない。
なまじ期待されていただけに、これはちょっとめげそうなところで、正直このまま
「並のA級棋士」
として、そこそこの活躍で終わるのかなーとか思ったりもしたけど(いや、それでも全然スゴイんですが……)、ここにようやっと存在感を再アピール。
「なにやってたんだよ! 遅いよ!」
つい口調がきびしくなるのは、それだけ「お待ちかねだった」ということで、ゆるしてほしい。
ファンに待ちぼうけを喰らわせたこと、あとクリスマスに女とデートしたことを謝罪したくば、これはもう「増田棋王」実現しかない。
私は「八冠王」実現まで、はっきりと藤井推しであった。
そりゃまあ、将棋ファンとして大記録は見てみたいし、
「記録なんて塗り替えてナンボ」
と思っているので、世代的になじむのは「羽生善治七冠王」でも、それを超えることに何の抵抗もなかったわけだ。
で、そうなると今度はその「不死の王」をだれが倒すのかに興味津々で、完全に藤井聡太を「ヒール」にして楽しむ方向にシフト。
イメージとしては、こんな感じになっていたのだ。
次々におそいかかるライバルたちが、いかにここに肉薄していくかが見どころに。
これはもう少年ジャンプ的バトルに、ワクワクできるかというところだけど、
叡王戦こそ伊藤匠ががんばったものの、今年も防衛できるかという保証はなく、あっという間の「八冠ふたたび」の可能性はある。
もちろん、藤井聡太がトップに君臨することに文句はないが、もう少しダメージをあたえていてもいい気もする。
「強すぎる一強」時代が長く続くことは、興行的に良くないのではという危惧が、どうしても生まれてしまうのだ。
その意味でも、次の刺客になった増田康宏には大きな期待がかかるというわけで、今回は勢いに乗る挑戦者の将棋を紹介したい。
「大物新人」増田が、まず大きな結果を出したのは若手の登竜門ともいえる新人王戦でのことだった。
2016年の第47期新人王戦で決勝に勝ち上がり、石田直裕四段と三番勝負を戦うことに。
第1局は、角換わり腰掛け銀の熱戦になり、増田が苦戦しながらも勝利。
初優勝に王手をかけたが、「増田有利」の下馬評を考えれば、ちょっと不安の残る内容ではあった。
続いて第2局は、後手の石田が四間飛車。
増田は銀冠で受けて立つが、調子があがらないのか、またしても不利におちいってしまう。
これはフルセットかというところで、一回は石田が勝ちを逃したが、それでもまだ逆転には至らず、最終盤のこの局面。
△28飛の王手に▲58歩と受けたところだが、先手玉は受けがない。
あらー、これはどう見ても、振り飛車必勝ですわ。
「第3局」行きが決まったようで、まっすーモタついてるなーとヤキモキするが、ここから彼の強運と剛腕が炸裂してドラマが起こるのだから、将棋はわからないものである。
(続く)