大駒の「不成」には子供のころ感動したものだった。
将棋において、銀や桂馬に香車は「不成」で使うのが好手になるケースも多いのは、格言にもなっているところ。
だがこれが、歩、飛車、角に関しては、成って損をするところがないのだから、「不成」にする意味はまったくない。
……と見せかけて、実は飛車や角が不成で好手になることもあり、それが詰将棋の「打ち歩詰め」を回避する手筋。
将棋は最後に、持駒の歩を打って詰ますのは反則で、それだけだと意味のよくわからないルールなのだが、幸いにと言っては変だけど、これがあるおかげで、ものすごく奥が深くなったのが詰将棋の世界。
この筋を回避するため、詰将棋には飛車や角をあえて「不成」で使うという形が出て「おー」と歓声が上がる。
ここのところ、『将棋無双』(→こちら)や『図巧』(→こちら)など江戸時代の古典詰将棋を紹介してきたが、そこでも頻出し、あざやかなワザの数々には感嘆しかない。
また、ここに超の上に、もうひとつ超がつくレアケースではあるが、実戦でも大駒の「不成」が出てくる、奇跡的な形というものもある。
前回は先崎学九段が、若手時代に順位戦でやってしまった大ポカを紹介したが(→こちら)、今回は不成にまつわる絶妙手を。
2008年の、第67期B級1組順位戦。
渡辺明竜王と、杉本昌隆七段の一戦。
相穴熊の激戦から、むかえたこの場面。
最終盤、△15香と「最後のお願い」の王手が飛んできたところ。
これはすでに「形づくり」だが、われわれがただ見ただけでは、先手玉は詰んでいるように見える。
▲15同角成の一手に、△16歩、▲同馬、△同銀成から狭いところにいる杉本玉は、かなり危ない。
しかし、ここで劇的な応手があったのだ。
▲15同角不成で詰みはない。
△16歩は打ち歩詰めで打てない。ここで渡辺は投了。
こんな手で敗れて、さぞやくやしいだろうに、ちゃんとここまで進めて投了した渡辺もえらい。
私はあまり「形づくり」というものにこだわらないタイプで、特に若手棋士なんかは最後まであきらめず、食らいついて行く根性を見せてほしいものだが、こういう場面は例外でしょう。
なんて、きれいな図。熱戦を戦った二人に拍手、拍手。
正確には、ここは▲15同角成でも詰みはなかったようですが、まあそれは野暮ということで。
続けて、もうひとつ。
2004年の第63期C級2組順位戦。
前田祐司八段と上野裕和四段の一戦。
前田の急戦向かい飛車から、激しい玉頭戦に突入。
△95香と走って、前田は勝ちを確信していた。
▲同角成の一手に、△96歩、▲同馬、△同銀成、▲同玉、△91飛から先手玉は詰んでいるからだ。
しかし、ここで前田に読み抜けがあった。
もう、正解はおわかりですよね。
▲95同角不成で、先手玉は助かっている。
さっきの杉本が見せた▲15同角不成は、渡辺もおそらく知ってての「形づくり」だろうが、こっちは相手が見えてなかったから、純粋な絶妙手として炸裂。
投了を待っていたはずの前田は、さぞや、おどろいたことだろう。
以下、上野が逆転で勝ち。深夜のドラマだった。
(実戦で出た「飛不成」編に続く→こちら)