ドリル・ア・ホール・スパーク歯医者戦記4 地底への挑戦

2023年09月15日 | 日記

 前回の続き。

 歯医者で名前を呼ばれ、いよいよ絶体絶命となった歯が痛い私。

 もうここまでくれば腹をくくるしかないが、まずは歯科衛生士さんと軽く質疑応答。
 
 次に放射能を浴びながらレントゲン写真をパシャリと撮って、次は口を大きく開けて、カメラで直接カシャリ。
 
 一通り終わったところで、先生がやってくる。
 
 年のころなら30代後半のまだ若い先生。これまたマイルドな雰囲気で、圧のようなものがまったくない。

 昔は歯医者にかぎらず、いろんな施設の人が横柄だったりして不愉快だったが、時代が変わってありがたいことだなーとか思いながら診てもらうと、やはり歯茎炎症を起こしているようだ。
 
 虫歯がなかったのは幸いで、とりあえずブラッシングの指導を受け、歯茎にいい歯磨き粉の話など聞いた後は歯石取りをやってもらう。
 
 作業は丁寧で痛みもなく、リラックスしてクリーニングしてもらう。なんて楽ちんなんだ。
 
 ここまでやって、他の個所については少し様子を見ようということになったが、先生が言うに、ひとつ気になったのが左上中央部の歯。
 
 以前、虫歯の治療をしたところだが、かぶせ物の調子が悪いらしく、メンテナンスをした方がいいと。

 その際、少し削ることになるが大丈夫かという。
 
 削るが大丈夫かと訊かれれば、そんなものは全力で大丈夫ではないに決まっているが、なにかこう、そこには全体的に先生の


 
 「治療しますよね?」


 
 というが感じられて遺憾である。
 
 好感度大な先生にそう言われては、うんと言わざるを得ない。
 
 嗚呼、げに悲しきはNOと言えない日本人である。
 
 もちろん、詰め物が弱っているなら、そこを治してもらうのは正義である。
 
 しかしなあ、それでもなあ……。
 
 とか逡巡しているうちに問答無用で治療椅子が、オーストリアの首都のような音を立てて下がっていく。
 
 手際よく治療用の道具が並べられる。なにがどうということはないが、ふとコーネルウールリッチのサスペンス短編『死の治療椅子』が思い浮かぶ。
 
 先生はさわやかな笑顔で「はい、口を開けてくださーい」と伝えてくるところでは、
 
 
 『マラソンマン
 
 『キラー・デンティスト
 
 『リトルショップ・オブ・ホラーズ
 
 
 といったマッド歯医者の大活躍する映画の映像が、脳内を断片的にグルグルと回り始める。

 『ウルトラマンA』に出てきた、世界一行きたくない歯医者であるQ歯科のお姉さんとか。
 
 なにやら自分が、とんでもないに陥っているような気持ちになってきた。
 
 一体、なぜこんなことになってしまったのか。刑事さん、そんなつもりはなかったんです。真珠湾なんか奇襲するつもりはなかった。

 そんな思いもかまわず先生は「ヤツ」のスイッチをオンにした。
 
 耳をつんざくような回転音
 
 ちなみに、こういうとき島田紳助兄さんは
 
 


 「病院で胃カメラとか、しんどそうな治療をするときには、《そういうプレイ》やと思って受けるのがええんや」



 
 
 その必勝法を語っておられて、はじめて聞いたときは、
 
 
 「天才あらわる!」
 
 
 感動に身を震わせたものだが、残念なことに私はっ気がまったくない人間なので、この手管は使えないのだった。
 
 嗚呼、神さま。もし運よく次も人間に生まれ変われることがあったら、ぜひとも生粋のドMに仕上げてください。
 
 もちろん、この一連の態度はビビっているわけではない。
 
 私の強靭な精神力をもってすれば、歯の治療などいかほどのものでもないのだ。
 
 だが、そこは『るろうに剣心』世代の人間として、を人に向けるなどもってのほかという《不殺》の信念へのリスペクトであって、あのやっぱり今日は……。
 
 
 NONONONONONONO!
 
 
 ……ふう、たいしたことはなかった。
 
 私のような幾度も修羅場をくぐってきた猛者にかかれば、この程度の責め苦など、たいしたものではな……。 
 
 
 POPOPOPOPOPOPO!
 
 
 これにて治療は終了。
 
 やはり、たいしたことではなかった。これをお読みの読者諸兄の中には、


 
 「いや、メッチャ声出てましたやん」


 
 などとツッコミを入れてくる人もいるかもしれないが、


 
 「痛かったら手をあげてくださいね」


 
 との指示に固ま……クールで微動だにしなかった男に嫉妬する、みじめな人生の敗北者なのであろう。
 
 これで、とりあえずやっておくべきことは、やってもらった。
 
 ひとまずは安心で、危機にも雄々しく臨む私の態度に、きっと女性ファンも感動しているに違いない。
 
 これにてミッション終了であり、私は帰りに渡された「お客様アンケート」の用紙に、
  
 
 「今日はこれくらいにしといたるわ」


 そう書き残すと、そのまま風のように消えたのであった。

 

 


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