柴田元幸『翻訳教室』を読む。
2004年10月から2005年1月にかけて、東大文学部で行われた柴田氏の翻訳の授業を、ほぼそのまま採録したもの。
私は外国語の話が好きなので、こういう翻訳関係の本もよく読むのだが、さすがは名訳者として誉れ高い柴田先生、実に読ませる(聞かせる)講義を行うものである。
これを読むと「翻訳」というのが、われわれのイメージする「英文和訳」とは、かなりちがうものであるということがわかる。
ふつうなら英語の本など読むとなれば、意味をざっとつかむのだけでも苦労するが、ここではその先の、そのまた、さらに先まで進んだ話をすることとなる。
「意味を取った文章を、そこから、どう料理するか」
これこそが本題。
ポイントは、
「英語力よりも日本語力」。
特に文芸翻訳は、単にタテのものをヨコにするだけではつとまらないが、ここで大事になるのが日本語の力と、言葉に対するアンテナの張り方。
助詞のひとつも、あだやおろそかにしない、繊細な、言葉へのこだわりが、読んでいて実に心地よい。
「listen」は「聞く」なのか、それとも「聴く」なのか。
英語独特の反復表現によるリズムを、日本語でも踏襲して訳すべきなのか。
作者が意図する悪文は、読者に
「読みにくい」
「訳が下手」
と思わせる危険があっても、それにならうべきか。
英語の「you」は人間一般を指すために訳さないのか、それとも、あえて「君」とすべきか……。
などなど、漫然と読んでいるだけではなかなか伝わってこない、訳者たちの苦労の後が、これでもかとかいま見える。
もう、先生と生徒のキャッチボール、その一投のたびに、
「なるほどー」
思わず感嘆すること請けあい。
これを読むと、外国の本を読むときに、「厚み」というものが出るようになるはず。
一行一行を、あたらおろそかにはできなくなる。
また、翻訳に興味はなくても、この本は「日本語教室」としても、たいそう質の高い内容となっている。
「助詞の反復をいかに避けるか」
「気付きにくい重複表現」
「句読点の使い方による、文章のリズム」
などなど、それこそブログやツイッターをやっている人でも、読んでいてためになること間違いなし。
これまでよりも、少しばかり自分の文章を大切にあつかおう、という気になります。
ものすごく高度なんだけど、文は平易で読みやすい。しかし、中身はズッシリ詰まっている。
読了後は、ちょっと頭が良くなった気がする、すぐれものの一冊。
そんなに高度な英語力はいりません、良質な知的興奮を味わいたいときに、ぜひどうぞ。