「駒落ちの将棋は棋力向上に役立つのでしょうか」
先日、ネットで将棋の調べ物をしていると、そんな質問をしている人を見つけた。
ネット将棋が主流な昨今、駒落ちを指す機会がないに等しいにもかかわらず、飛車落ちや角落ちのような「実戦」として出てこない形を練習する意味があるのか。
みたいな内容で、ナルホド言われてみれば、そう感じる人がいてもおかしくない。
コアな将棋ファンはこういう声に
「いやいや初心者のころは、むしろ駒落ちこそが強くなる早道」
「強い人と《互角》の手合いで戦えることは、いい経験になるよ」
「駒落ちは相手にスキがあるから、《弱点を突く》戦い方を学べるんだ」
などなど実例とかあげながら、いろいろ解説できるんだろうけど、私はこの話題にあまり乗っていけないところがある。
というのも、私自身に駒落ちの経験というのが、ほとんどないから。
そもそも、駒落ち将棋を指す場所というのは、その多くが町の「道場」とか「将棋センター」みたいなところであろう。
はじめて門をくぐると、そこの席主や
「坊や、おっちゃんと一局やろか」
と声をかけてくる人懐っこいオジサン相手に、棋力の測定や、平手でちょうどいい相手がいないときなんかに指してもらうのだ。
ところが私の通っていた「南波道場」(仮名)では、それがなかった。
ここでは大人が子供を相手にするとき、なぜか「オール平手」。
有段者と初心者が当たっても平手。とにかく平手。
道場に私以外の子供がいなかったのは、大人が容赦なく負かしてワンワン泣かせるから。
まあオッチャンたちも悪気はないんだけど、たぶん単純に「負けたくなかった」からだったと思う。
いくら上級者でも、ハンディつけると事故も起こるわけで、将棋って負けるとカッとなりますもんね。
なので、私も定番の六枚落ちはおろか、飛車落ちや角落ちという手合いを一度も指したことがない。
唯一、二枚落ちだけはマスターがたまに指してくれたが、これがまたこっちが定跡通りに指そうとすると、かならず「△55歩止め」をくり出してくる。
ふつう二枚落ちといえば、3筋と4筋に位を張る「二歩突っ切り」が必殺定跡となるはず。
こう組まれると、上手は▲34歩、△同歩、▲11角成の攻めを受けるため△22銀と上がらざるを得ない。
これで壁銀を強要できるのがメチャクチャに大きく、実質上手は「飛車角銀落ち」のような戦いを余儀なくされるのだ。
超絶完成度の駒組。考えた人、スゴすぎ。
これねえ、二枚落ちでこれを使うかどうかは、大げさでなく天地の差が出る。
それこそ、たとえば特に策もなく漫然と駒組して(私の得意技だ)、こういう局面になったら、これはもう相当に下手が勝てない。
なので「二歩突っ切り」を嫌がる上手は、相手が4筋を突いてきたら△55歩と捨てて、▲同角なら△54銀から△45銀と繰り出して力戦に持ちこむ。
もちろん、これはこれで定跡で、別にこれだけで下手が悪くなるわけではないんだけど、毎回同じというのは少々辟易したもの。
一般論としては、こういうのはまず「定跡通り」に指させて、そこを一通り指せるようになって「卒業」の免状を渡してから、「定跡外し」で力がついたのか試す。
こういう流れなんだろうけど、「南波道場」は子供も少なく、あくまでオッチャンの社交場で育成の場でもなかったから、これはしょうがなかったのかもしれない。
そんなわけで、私は六枚落ちや角落ちどころか、
「二歩突っ切りからカニ囲い」
「銀多伝」
という算数で言えば「九九」のような道を通っておらず、駒落ちが役に立つかどうかは理屈ではわかっても、「体感」としての説得力はないのだった。
カニ囲いからバリバリ攻める定跡で、もっともオーソドックス二枚落ちの形。攻め好きの人や二枚落ち初心者は、まずここからスタート。
振り飛車のような右玉のような、こちらが「銀多伝」。
カニ囲いと違って厚みで勝負するところや、△84の金が角と交換になりがちなところなどから、じっくりとした戦いを好む人向き。「平手感覚」で指したい人にもオススメ。
ただ変な話、駒落ちの下手は判らないけど「上手」の効用のようなものなら少し語れるかも。
それはズバリ、
「駒落ちの上手は、不利な局面をがんばる訓練になる」
ネット将棋にハマっていたころ、どういう流れか、
「よければ駒落ちでお願いします」
という対戦依頼が入ってきたことがあった。
二段対6級くらいだったと思うが、勝った方がハンディを押し戻していく「手直り」という形。
具体的に言うと、「角落ち」からはじまって私が勝てば「飛車落ち」になり、むこうが勝てば「香落ち」か「平手」になる。
駒落ちの上手なんてはじめての体験だったが、角落ちは普通にこっちが勝利。
飛車落ちもまだ余裕があったが、二枚落ちというのが、これが鬼キツだった。
なんせ飛車角がないということは、自分から攻めることがまったくできないということ。
塹壕に身をひそめて、ひたすら相手の砲撃を耐えるだけというのは、なかなかのストレス。
そのときはド根性でねばり倒して、
「下位者を相手にしてるんやから、最後は花を持たせてあげんと」
なんて見学していた友人に笑われたけど、逆に言うと「ゆるめる余裕」なんてないくらい、上手が大変なハンディということなのだ。
印象は
「働けど働けど、わが暮らし楽にならず」
いやマジで遊びなのに、終わった後に肩で息をしていたのは、この将棋くらいでしたよ。疲れたー。
やってみた感覚では、本当に
「不利な局面で心を折らさない」
「常に局面を複雑化することを考える」
というのは終盤の「逆転術」に必須科目で、これは平手の将棋にも役に立つんではないかと、ふだんから「根性で逆転」タイプの私は思ったものだった。
二枚落ち上手のド定番である△66歩の突き出し。
これでなにが好転するわけでは無いが、▲同歩か▲同角か、それとも手抜くのかで迷わせる「コンフュージョンの呪文」。
▲同角もあるが、ここは▲同歩と取って▲67銀と好形を作るのが冷静な指し回し。
ただしプレッシャーの中、そんな落ち着いた手を選べるかはまた別問題で、それが上手のワザ。
でもこれ、「序盤で先行逃げ切り」タイプには、相当楽しくないだろうなあ。
(容赦ない大人が集まる道場戦記と、ボンクラが初段になる方法はこちら)
(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)