巨人伝説vol.4 先に動いた方が負けだ 大山康晴vs南芳一 1991年 第49期A級順位戦

2022年01月08日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 第48期A級順位戦の最終戦で降級の危機をしのぎ、またもや「現役続行」を決めた大山康晴十五世名人(第1回は→こちらから)。

 ただ、なんとか残留を決めたはいいが、いよいよおとろえは隠せなくなってきており、この期こそ本当に「ヤバいぞ」と見られていた。

 その予想は、ものの見事に当たった。

 大山は開幕局に敗れると、そのまま連敗街道に入り、たてつづけに星を落としてしまう。

 第5戦を終えて、まだ目が開かない5連敗

 さすがに、今度こそダメだろう。

 私など呑気なものだから、そう思いこんでいたのだが、ここから続く3局が、後期「大山伝説」の語り継がれるべき名局群となる。

 まずは6回戦、南芳一棋王戦。

 タイトルを持ち、ここまで4勝1敗の南は、大山と対照的に名人挑戦をねらう立場。

 しかも、大山は南に4勝11敗と大きく負け越しており、このときも5連敗中と大の苦手。数字だけ見れば、絶体絶命に見える。

 だが、この将棋は序盤から、大山がうまく指していく。

 後手で四間飛車に振ると、南の十八番である左美濃相手に、3筋からうまくさばいていく。

 苦しくなった南は、先手番ながら千日手模様で様子を見るが、大山は果敢に打開し、リードを維持したまま中盤戦へ。

 

 にアヤをつけ、と金でじっくり「真綿で首」の準備をしたところで、じっと△65歩と打って守っておく。

 ▲66角の活用や、手に乗って▲69飛と回るような反撃の威力を消して、このあたりの落ち着きはさすがである。

 ただ、このとき盤側では、少々雰囲気がアヤシイのでは、という声もあったそうだ。

 振り飛車さばけ形なのは間違いないが、南もねばっており、なかなか決め手をあたえない。

 「地蔵流」南芳一と言えば、デビュー当時はそれこそ「リトル大山」と呼ばれた、腰の重さが売りで、そう容易には倒れないのだ。

 なにかドラマが起こるぞ、と身構えたときに指された、▲85銀という手が、結果的には敗着になってしまった。

 この場合、▲85銀という手自体の好悪は、あまり問題ではないというのが、プロレベルの将棋、そして順位戦を語るのに、おもしろいところ。

 仮にここで、当時は影も形もなかったAIが、この手を「最善手」と判断したとしても、やはりそう指すべきではなかったのだ。

 一体、それはどういう意味なのか。

 問題はこれで切り合いになってしまい、流れがわかりやすくなってしまったこと。

 将棋と言うのは、指しやすいのはわかっていても、それを具体的に優勢勝勢へと結びつけるのが、むずかしいのは、皆さまもご存じの通り。

 また、そこでスッキリした順が発見できないと、むしろリードしているほうが、あせりなどから精神的に追いこまれていくというのは、まさに将棋「あるある」なのだ。

 で、この局面こそが、まさにそうではないかと。

 中盤の難所で、後手やや有利だが、じゃあどうやれば、より良くなるかは、なかなか見えない。

 なら南がやるべきことは、できるだけ局面を複雑化させたり、手を渡してプレッシャーをかけたりすること。

 まさに、大山その人が多くの修羅場で見せた勝負術の、そのお株を奪って戦うべきだったのだ。

 その意味で、▲85銀という特攻は、後手の歩切れを突いて攻めとしては有力だが、「勝負術」という点では見劣りするところがある。

 △85同歩に、▲同金、△47と、▲84歩、△同銀、▲同金に△57と

 

 という手順を見れば、なんとなく、言いたいことが伝わるかもしれない。

 先手は相当に攻めこんでいるが、後手の手を見ると、これが実にわかりやすい一本道

 どれも、読まなくても指せるというか、「この一手」という手ばかりなのだ。

 これは選択肢がなく、つらいようでいて、逆にプレッシャーのかかる戦いでは気楽な展開でもある。

 手が見えなくて、ウンウンうなって追いつめられる状況は、心身も疲弊し、持ち時間もけずられ、悪手を指す比率も高くなってしまう。

 一方、▲85銀からの折衝は、一気に寄せられてしまう恐怖こそあるものの、勝負将棋でもっとも恐ろしい、

 

 「見えない影におびえる」

 

 という、もっともミスの出やすい道を、歩かなくてもよくなったからだ。

 

 「拷問は受ける前の方が苦しい」

 

 なんてよく言われるけど、まさにそれ。

 その意味で、南の▲85銀は悪手ではないかもしれないが、大山に腹をくくらせてしまった、という意味で「敗着」となった。

 ここでは、▲11と、とか▲66歩とかで手を渡して、

 

 「どうぞ、好きに指してください」

 

 と居直れば、じらされた大山の苦悶迷走は、まだまだ続いたことだろう。

 事実、河口俊彦八段によると、


 「こりゃ勝負形になった、と、観戦記者たちは騒ぎ出したが、プロ棋士達は逆に見た。大山が勝てる流れになったと」

 

 追いつめられた大山にとっては、妄念に悩まされなくて済むスピード勝負は望むところで、しっかりと読み切って勝利へと前進する。

 

 図は大山が△66角と王手して、南が▲77桂と受けたところだが、ここでは先手玉に詰みがある。

 実戦詰将棋として、考えてみてください。

 5手目にキレイな手があって、思わずニッコリ。

 

 

 

 

 

 △77同角成、▲同金、△96桂、▲87玉、△78銀で詰み。

 この銀打が、さわやかな決め手で、ピッタリ詰んでいる。

 ▲同金△86金打

 ▲同玉△88金で詰み。

 ここで投げれば美しい投了図だったが、南は▲96玉ともう一手だけ指し、△85金打まで投了。

 ここまで、なかば死に体だった大山が、まずは片目を開けることに成功した。

 それでもまだ、圧倒的に苦しいことには変わらないが、希望は出てきた。

 ひとつは、降級をめぐる競争相手も、また星が伸びていないこと。

 もうひとつは、次の相手が内藤國雄九段だったことだ。

 

 (続く→こちら

 


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