小山怜央さんがプロ編入試験に合格した。
これで見事、四段になっただけでなく、奨励会を経験していない「純正アマチュア」からのプロ誕生ということで話題性も充分。
中村太地七段の解説を見ていると(徳田拳士四段戦と岡部怜央四段戦)、内容的にもすばらしいもののようで、文句なしというか、とにかくおめでたい話だ。
まあ、アマタイトル多数に、対プロ勝率に、編入試験も合格と、これだけの超難関をいくつもクリアしてるのに、なんでフリークラスなんて中途半端なことするのかとか言いたいことはあれど、それはまた別の機会に。
小山四段、期待してます!
とまあ、こんなお祭りがあれば、今回の話題はアマチュア棋士の活躍しかないということで、アマプロ戦の思い出を取り上げたい。
1990年の第2期竜王戦6組1回戦。
佐藤秀司四段と天野高志さんの一戦。
竜王戦と言えば、アマプロ公式戦の先駆けともいえる棋戦。
今でこそ公式戦でアマがプロを破っても、それほど騒がれることもなくなったが、かつては
「素人と玄人にもっとも差があるのが、相撲と将棋」
と言われていた余韻もあってか、「負けたら恥」とまでは言わないまでも、そのプレッシャーはプロ側には相当なものだった。
実際、アマプロ戦でも非公式戦ではアマチュア棋士も結果を出すこともあったが、公式戦ではまだ爆発した人はいなかった。
そこに風穴を開けたのが、まさにこの竜王戦での天野さん。
しかも相手が、のちに新人王戦で優勝し、B級2組まで上がっていく実力者の佐藤秀司となれば、そのインパクトは充分。
「アマチュアがプロに勝っても、おかしくはないんだぞ」
という空気感を作ったのが、とても印象的だったのだ。
将棋の方は、相矢倉から後手の天野さんが工夫を見せて、やや力戦っぽい戦いに。
図は佐藤秀司が▲77銀と▲86から引いて、6筋に備えたところ。
後手の攻撃陣は理想形で、3&4筋のタレ歩も不気味だが、玉形は先手に分がある。
ここから中盤のねじり合いだが、天野さんがうまく指しまわしてペースをつかむ。
△96歩、▲同歩、△97歩、▲同香、△95歩、▲同歩、△96歩、▲同香、△85銀。
▲86の銀がいなくなって、手薄になった9筋から手をつけるのが、感触のいい攻め。
流れ的には△65歩と仕掛けたからには、そこから行きたいが、金銀4枚に飛車角までいて、先手が全力で受けている場所をコジッていくのは、いかにも率が悪い。
まずは天野さんが戦果を挙げたが、佐藤は薄い場所を突破されたなら軽く流すべしと、端は無視して▲46銀と取る。
△96銀に▲44歩とタタいて、△同金、▲45歩。
△43金と先手で位を取ってから、▲34歩と今度はこっちにビンタし、△同銀に▲35歩。
いわゆる「ダンスの歩」のような手筋で、これで後手の銀が見事に死んでいる。
次に▲34歩と取られた形が玉頭にせまっており、かなりのプレッシャーのようだが、天野さんは落ち着いていた。
△62香と、じっと力をためたのが好手。
天野さんが端に手をつけたのは、分厚い6筋をこのロケットパンチで一気に粉砕してやろうとのねらいだったのだ。
このままではたまらんと、佐藤は▲75歩と軽く受けるが、かまわず△66歩と取りこんで、▲同銀に△77歩がいかにも筋のよい「焦点の歩」。
どれで取ってもイヤな感じで、おぼえておきたい感覚だ。
▲同金直に、一気に行くのかと思いきや、そこでいったん△37歩成とするのが軽妙な手。
▲同飛に△25銀と、6筋に爆薬をセットしたまま、このタイミングで銀を助けるのが絶妙の呼吸。
よく藤森哲也五段のYouTubeで、
「ある方面で戦果をあげたら、そこを深追いするんじゃなく、次は反対側からせまるのが将棋の基本です」
なんて解説してるけど、6筋と見せて9筋、また6筋と見せて今度は2筋、3筋と、まさにこの「藤森メソッド」の通りの展開。
以下、▲17桂から暴れてくるのを丁寧に面倒見て、足が止まったところに、△66香、▲同角から△64香と、本日2本目のジャベリンが急所をつらぬいては勝負あり。
腰の重さが売りの佐藤秀司も、これではねばりようがなく、天野さんが金星を挙げた。
この結果は当時、かなりの衝撃をあたえたもので、△62香の局面は何度も専門誌に取り上げられた。
大げさではなく、今回の歴史的快挙を作った道をたどっていくと、その最初の一歩のひとつに、間違いなくこの天野さんの活躍は入るであろう。
歴史はつながり、大きな果実を実らせた。
小山さん、あらためて、おめでとうございます。
(天野さんと丸山忠久との準決勝に続く)
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