将棋界の一番長い日 三浦弘行vs久保利明 2014年 第72期A級順位戦

2019年12月05日 | 将棋・名局

 「将棋界の一番長い日」とは、よく言ったものである。

 高校野球なら夏の甲子園決勝

 テニスなら、トップ選抜のツアーファイナルデビスカップなど、1年の総決算というか、

 「勝っても負けても、これでおしまいかあ」

 と感慨深くなるイベントというのが、それぞれの競技にあるものだが、将棋の場合は、なんといってもA級順位戦最終局であろう。

 元ネタは言うまでもなく、岡本喜八監督の大傑作映画『日本のいちばん長い日

 では、なぜにて将棋界ではこの日が「一番長い」のか。

 「そりゃ、棋界最高峰である、名人戦挑戦者が決まるからでしょ」

 という答えは、間違っていないが「次善手」である。

 前回は羽生善治佐藤康光のタイトル戦を紹介したが(→こちら)、今回はコクのある順位戦を見てもらおう。

 実はこの日の、本当のメインイベントというのは……。 

 

 
 2014年の第72期A級順位戦

 最終局で、三浦弘行九段と、久保利明九段が戦うことになった。

 この期のA級は羽生善治三冠がぶっちぎりで、すでに挑戦権を獲得しており、最終戦の注目は降級争いに集中されることに

 2枚の貧乏くじのうち、1枠は谷川浩司九段で決まっているが、もうひとつは屋敷伸之九段郷田真隆九段

 そして三浦と久保の4人にしぼられている。

 特に三浦と久保は、直接対決の鬼勝負。

 勝てば文句なしの残留だが、負けて屋敷、郷田の両方に勝たれると陥落してしまう。

 確率的にはかなり大丈夫そうだが、この程度の優位が逆転するなど、順位戦ではよくあること。

 おそらくは両者とも「勝つしかない」という気合で本局に挑んだはずであるが、そうも言いきれないところが、他力がらみのアヤでもある。

 戦型は後手の久保が、エース戦法のゴキゲン中飛車にすべてをたくすと、三浦は星野良生四段考案の、超速▲46銀型を選択。

 序盤で久保がを中央にくり出し、ゆさぶりをかけると、三浦も強く応じて決戦に。

 むかえたこの局面。

 

 

 まだ序盤戦で優劣はついていないが、後手は金銀が玉の反対側にいて、まとめにくそうな形。

 解説でも三浦が、やや指しやすいのではという評判だったが、次の手にはうならされたものだった。

 

 

 

 △32歩と打つのが、中継を見ていて思わず「ほげえー」と声をあげさせられた手。

 いい手かどうかは微妙だが、これはそもそも善悪を、うんぬんする類のものではないかもしれない。
 
 やや押され気味なのを自覚しながらも「簡単には負けないぞ」という意思表示であり、折れてないという闘志の開陳。

 昭和のボキャブラリーでいえば、これこそが「順位戦の手」というやつだ。

 私は関西人であるし、かつて久保九段の地元である兵庫県に住んでいた知人の女の子と、ちょつとつきあえないかな、とか考えていたこともあったので(←それは関係ないだろ!)、この勝負はなんとなく久保寄りで見ていたのだが、この手を見て、


  「こりゃ結果はともかく、大熱戦は必至やな」

 

 ニンマリした記憶がある。

 私好みの「根性入った」一手であった。

 三浦は▲58飛と中央をねらい、△44角▲同角△同歩▲42角から決戦に突入。

 そこからも、双方力をつくしたねじりあいが展開され、大一番らしい見どころたっぷりの将棋に。

 優劣については、やはり三浦が少しずつリードしており、久保も必死に貼りつくが、徐々に差が開きつつはあった。

 むかえたこの場面。

 

 

 形勢はやはり、先手の三浦優勢

 久保もあれやこれやと手管を駆使するが、三浦も乱れず、どうしても差が縮まらない。

 後手は受けの難しい形で、なんとか先手陣にせまろうと△64香と打ったところだが、ここでついにミスが出た。

 ここまで終始一貫、序盤のリードをキープしてきた三浦だったが、とうとう根負けしたか、上手の手から水が漏れる。

 後手は△67香成の一点ねらいだから、それを防いで▲78角(▲59角もある)と打っておけばよかった。

 角を手放してもったいないようだが、守備に大駒を使う際は

 「角は銀、飛車は金

 といわれるように、「▲78銀」とする感覚で受けておけばよかったのだ。

 先手はその代わりに、▲56飛成とする。

 竜を自陣に引きつけて手堅そうだが、ここでとうとう、久保にチャンスが到来した。

 序盤で少し前に出られ、そこから時間にして10時間以上、手にして約130手

 その間、久保は苦しい局面をただひたすら、旧約聖書における「ヨブ記」のように耐え続けてきたが、ついにそれが報われるときがきたのだ。

 

 (続く→こちら

 

 


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