「この世界に足りないのは、ド外道っスよ!」
近所のモツ焼き屋で、熱くそうぶち上げたのは、後輩であるハナタグチ君であった。
発端はマンガや映画の話からだったが、彼によると、最近はなかなかおもしろい作品に出会えていないという。
なぜならそこには、
「魅力的な悪役」
これが足りていないのだと。
そうかなあ。『ダークナイト』のジョーカーとか、『シン・ゴジラ』の破壊シーンなんて評判ええやないの。
なんて問うてみると、ハナタグチ君は
「そういうんちゃうんです。ボクが言うてる悪役は、もっとシンプルで下世話なんです。なんか、偏差値高そうなのはダメなんですよ」
彼によると、
「頭脳明晰な殺人者」
「完全なる悪」
みたいな、哲学性があるもんとか、
「原爆の怨念を背負って」
とか、そういうのはアカンと。
「思想」
「共感」
「情状酌量の余地」
これがあると、ブチ殺してもカタルシスがないと。
「もっと、だれが見ても《こら、殺されてもしゃあないわ》と思わせるヤツじゃないと、ボクは満足できません!」
なるほど。要は感情移入を誘発するような「深み」があったら困るというこっちゃな。
そんなとことん悪いヤツいうたら、平松伸二先生の大名作『ブラックエンジェルズ』に出てくるようなんのこと?
と問うならば、ハナタグチ君は我が意をついに得たりと、
「そう、そうっス! ド外道ッスよ! それが出ない映画とかドラマは、ボク物足りへんのですわ!」
平松伸二『ブラックエンジェルズ』とはどういうマンガなのかといえば、「黒い天使」という暗殺者集団が主人公。
現代の仕置人ともいえる彼らが、法で裁けない悪を次々殺していくという「勧善懲悪」ものだが、その悪の基準というのが、
「平松先生が、テレビや雑誌で見て頭にきたヤツら」
というのだからステキだ。
『ブラックエンジェルズ』に出てくる悪者は、それはそれはお悪うございます。
第1話からして、前科はあるが更生してがんばっている青年を、再犯させるよう執拗に挑発し、
「逮捕ってのはな、犯罪が起きてからするもんじゃねぇ、起こさせてするもんなんだ!」
との、とんでもない名セリフを吐き、あまつさえ青年の妹を暴行するだけでなく、ついにキレた彼を
「正当防衛成立だな」
と撃ち殺す悪徳刑事とか。
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日本の警察が「優秀」なのは、こういう人が数字をあげているからかもしれません
続く第2話では、面白半分で人を車で轢き殺し、罪を使用人になすりつけるだけでなく、その娘を強姦したうえに、真相を話すべく警察にむかう彼女を轢き殺し、最後には黒い天使に殺されそうになるところを、
「助けてくれ! 金なら出す! 100万か? 200万か?」
との、ステキすぎる命乞いをするドラ息子とか。
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他にも、
「アイドルをシャブ漬けにして、心身ともいいようにもてあそんだあげく、自殺に追いこむ芸能事務所」
「面白半分にホームレスをリンチして殺し、それを目撃した独居老人をおどしたうえ、年金や貯金などもすべて奪い取り、拷問にかけたうえで自殺に追いこむ街のチンピラ」
「執拗な取り立てのみならず、払えなければ体で何とかしろと若い母親を風俗営業店へ売り飛ばし、軟禁状態で仕事をさせた末、その結果放置された子供が死に、母親もその場で自殺したのに高笑いのサラ金業者」
「面白半分にホームレスをリンチして殺し、それを目撃した独居老人をおどしたうえ、年金や貯金などもすべて奪い取り、拷問にかけたうえで自殺に追いこむ街のチンピラ」
「執拗な取り立てのみならず、払えなければ体で何とかしろと若い母親を風俗営業店へ売り飛ばし、軟禁状態で仕事をさせた末、その結果放置された子供が死に、母親もその場で自殺したのに高笑いのサラ金業者」
などなど、なにかこう
「人権意識」
「法の精神」
「裁判を受ける権利」
といった、先人たちが多くの血を流しながら手に入れた、大切なものの数々を、鼻息プーで放り投げたくなるような、ナイスなド外道が盛りだくさん。
この怒りを通りこして、あまりの人非人っぷりに、むしろ笑ってしまう平松ワールドの悪役の数々。
たしかに、ブチ殺したときの爽快感は、絶筆に尽くしがたい。
そういうとハナタグチ君は満足そうに、
「そうでしょう、そうでしょう。ホラー映画でも、まずイチャイチャしてるやつから順に殺されるでしょ。あれっスよ」
いや、それは悪ってほどでもないと思うけど……。
でもまあ、やはりドラマの最後で、力道山怒りの空手チョップでも、葵の紋所の印籠でも、やられ役に、
「でも、この人にも家族が……」
「そんなミランダ警告もなしに……」
「死刑の是非はそう簡単に結論の出せる問題では……」
なんていう情をいだいてしまうと後味が悪い。
その点、「ド外道」のみなさんは、まったくそんな気にならないから安心だ。
まあ、今の日本も汚職したり、強姦したり、書類を破棄したり。
あまつさえ人を殺しても、不起訴になったり、ムチャクチャなルール違反しても
「そんな騒ぐようなことではない」
で、すましたりしてるから、ネタには困らなさそう。
クリエイターの皆様にはぜひ魅力的な「ド外道」を作品の中でブチ殺し、後輩のカタルシスに、一役買っていただきたいものだ。
(『シカゴ』のロキシー・ハート編に続く→こちら)