竜王戦の第5局は、衝撃の結末だった。
前回は、三浦弘行と久保利明のA級順位戦最終局「将棋界の一番長い日」における大熱戦を紹介したが(→こちら)、今回は先日、豊島将之新竜王が達成した「竜王名人」のお話。
1997年、第55期名人戦。
羽生善治名人と、谷川浩司竜王との一戦。
今期の竜王戦と同じく「竜名決戦」となったこの七番勝負は、
「谷川浩司の逆襲」
として注目を集めていた。
谷川は1992年に、
「竜王・棋聖・王位・王将」
の四冠王になり、「谷川時代」を築いたかに思われたが、同年の第5期竜王戦で、羽生に敗れたのを契機に、次々とタイトルを奪われ、ついには
「羽生七冠王」
をゆるすというドン底を味わってしまう。
だが、無冠に落ちて開き直った谷川は、ここから再起をかけ、まず1996年の第9期竜王戦で、自身最高と認める絶妙手「△77桂」(詳細はこちらから)を披露するなどし奪取。
返す刀で、自身の永世名人もかかった(当時谷川は名人4期獲得、羽生は3期)名人戦の挑戦権も獲得。
このシリーズも初戦で、不可思議な将棋があって話題を集めたりしたが(その将棋はこちら)、挑戦者がペースを握っていたようで、3勝2敗と奪取に王手をかける。
ただ数字的には優位でも、当の谷川は、
「第6局の後手番で、指す戦法がない」。
そんな不安にさいなまれていたそう。
手番の有利不利も当然あろうが、やはりそれに加えて、一時期羽生に徹底的にたたかれた苦手意識も、大きく作用していたのだろう。
悩んだ末、谷川は矢倉模様から、一直線棒銀というひねった戦法を選び、序盤早々に仕掛けていく。
「前進流」らしい積極的な動きだが、羽生も手厚く受け止めて速攻を阻止。
むかえた、この局面。
▲45角と打って、飛車と金の両取りがかかっている。
まだ中盤戦なのに、こんな大技がかかってしまっては将棋はおわりのように見えるが、ここから谷川が、巧みに手をつないでいくのにご注目。
△39角と打つのが、第一のワザ。
これには▲26飛とでも逃げて、二の矢がなさそうだが、それにはちょっとやりにくいが、一回△15銀と異筋に打つ。
▲27飛に、△54金とぶつけるのが好手。
▲34角と飛車がタダのようだが、△44金と寄ってその角を殺せば、次に△49角と打ってしまえば「オワ」。
△15の銀が、飛車を押さえるだけでなく、▲23角成のような特攻を消しているのもポイントだ。
これを避けて、羽生は▲38飛と逃げるが、△75角成と銀を取って、▲同歩に△64飛。
見事に、両取りのピンチをクリアしてしまった。
駒損ながら、飛車を急所の6筋に回れたのも大きく、これで後手も十分戦える形。
これで調子が上がってきたのか、谷川は戦前の不安もなんのその。
ここから次々と好手妙手を連発し、最強のライバルを追いこんでいくのだ。
(続く→こちら)