前回(→こちら)の続き。
降級決定戦になる可能性があった、2014年の第72期A級順位戦最終局。
三浦弘行九段と、久保利明九段の決戦も、いよいよクライマックス。
苦しい将棋を逆転しながら、1分将棋で勝ちを逃した久保だが、今度は三浦が秒読みで決断する番だ。
詰むや詰まざるや。
懸命に読む三浦、詰まないでくれと祈る久保、興奮のあまりモニターの前でおしっこ漏れそうな私。
これこそが、順位戦最終局である。
こういうのを見せられると、考えた人には申し訳ないが「名人戦第0局」というのが、いかに的をはずしているコピーかよくわかる。
名人戦と順位戦は関係あるようで、実はそんなにはない。本質はそこではない。
勝負でもっともおもしろいのは、名人挑戦権のような「勝ったものが、なにかを得る戦い」ではなく、
「負けたものが、なにかを失う戦い」
これにこそあるのだ。
極論を言えば、「A級順位戦」と「名人挑戦リーグ」は同じだが別物。
▲83金から入って、△同銀、▲同桂成、△同角に▲71銀から追っていく。
△92玉、▲82金、△93玉、▲83金、△94玉、▲86桂、△85玉。
これで、後手玉に詰みはないのがハッキリした。
追うなら▲77桂くらいだが、△76玉でつかまらない。
万策尽きたようだが、ここでいい手がある。
▲74角と、ここに打つ隠し玉があった。
そう、三浦は詰ましにいかなかったが、それは「アレしながらナニ」すれば、なんとかなるのが見えていたからだ。
△同歩と取るが、そこで▲84馬と眠っていた馬を活用。
△76玉に▲77銀と打って、△65玉に▲63竜。
これでハッキリした。
そう、先手のねらいは自陣にある敵の要駒を、王手しながらすべて取り払ってしまおうというのだ。
以下、△56玉に▲68竜と金を取って、いっぺんに先手玉が安全になった。
すごい「保険」があったものだ。
今度こそ決まったかと思ったが、順位戦はまだ終わらない。
後手は玉を△47から△36と右辺に逃げ出し、まだまだがんばる。
盤上にあった味方の駒を、すべてクリーンアップされるという必殺手を食らっても、あきらめない久保利明。
久保といえば、その軽やかな大駒使いから
「さばきのアーティスト」
と呼ばれるが、もうひとつの武器が、このしぶとさであり、まさに
「ねばりもアーティスト」
さすが「わたしの将棋はMです」と言い切る男。
すさまじい執念であり、事実、将棋は先手優勢ながら、まだ決定的ではなかった!
後手は△78飛と王手すると、それをオトリに端からラッシュをかける。
これがまた、うるさい勝負手で、先手は簡単には楽にならない。
三浦はいいかげんにしてくれと、悲鳴をあげそうになったのではあるまいか。
勝負がついたのは、この場面だと言われている。
△73桂打が敗着。
先手の上部脱出を阻止して、自然な手のようだが、▲73同金と取ってしまう手があった。
△同桂には▲51角と、王手桂取りに打つ手がピッタリで、上が抜けている。
久保はこの手を、ウッカリしたのかもしれない。
ここでは△95歩と打って、▲同玉、△94歩、▲同桂に△91桂や△76角(!)という奇手があったりと、まだアヤがあったようだが、秒読みで局面もゴチャゴチャしすぎて、選べなくてもしょうがないところだ。
かくして、大熱戦にとうとう幕が下ろされた。
結果から言えば、この将棋は途中で郷田と屋敷が負けていたため、順位決定のほぼ消化試合だったのだが、だれも知らせないため(知られたらドッチラケである)双方最後まで命がけで戦い続けた。
本当にすばらしい勝負で、当初久保を推して見ていたが、途中からはだんだんどちらにも肩入れしはじめ、最後は
「もう、どっちでも好きにして!」
もだえるしかなかった。
三浦の精神力も、見事なものだ。
この将棋は、その年の『将棋世界』における「熱局プレイバック」で見事、棋士票の1位を獲得。
それも当然であろう。極限状態の中、すばらしい戦いを見せた二人に拍手、ただ拍手なのである。
(羽生と谷川の名人戦編に続く→こちら)
>>「負けたものが、なにかを失う戦い」
>>これにこそあるのだ。
物凄く分かります(笑)!私はサッカーのJリーグも好きで観戦したりしてますが、
やはり一番面白いのは「J1・J2・J3」それぞれのリーグにおいての、残留争いであると力説します!
結局のところ、生き残りを賭けた姿が一番美しいと、将棋の順位戦と合わせて納得です。
どんな競技でも必死に戦う姿は心打たれるものですが、下を見る戦いの悲壮感は、それをさらに盛り上げる効果はありますね。
まあ、取りようによっては「悪趣味」かもしれませんがw