「終盤の魔術師」見参! 森雞二vs二上達也 1982年 第40期棋聖戦 第1局

2020年05月12日 | 将棋・名局

 将棋の世界には「クソねばり」という言葉がある。

 形勢が不利になると、逆転をねらって「ねばる」というのは、当たり前の行為だが、中には



 「もうムリっしょ」

 「早く投げろよ」



 という声が多勢をしめるような局面にもかかわらず、それでも根性(もしくは投げきれなくて)で指し続ける場合があって、こういうのを少々下品な言葉だが「クソねばり」というのだ。

 前回は若手時代の羽生善治が、名人戦で森内俊之に見せた、神業的読みの深さを紹介したが(→こちら)、今回は実戦的で、泥臭い将棋を見ていただきたい。

 

 1982年、第40期棋聖戦第1局

 二上達也棋聖と、森雞二八段との一戦。

 先手の森が向かい飛車にして、▲86歩飛車交換をせまる仕掛けを見せるが、これが少々無理気味だったよう。

 二上のあざやかなカウンターを食らい、形勢を損ねてしまう。

 

 

 

 △88歩が痛打で、先手がシビれている。

 ▲同金△67歩成が、金銀両取りで終了。

 本譜▲77桂にも、△89歩成として、次に△88と、▲同金に△68飛金取りと、△67歩成が同時に受からず負け。

 △89歩成に、森は▲69歩と打ってねばる。

 

 

 

 いかにも、つらい手だが森いわく、

 

 「この手が一番長持ちするでしょ」

 

 たしかにそうかもしれないが、ただ長引かせるだけでジリ貧になる可能性も高い手だ。

 そこからあれこれあって、この局面。

 

 

 


 駒得のうえに、が手厚い後手とくらべ、先手の陣形は駒をベタベタと打ちつけて、いかにも「クソねばり」な雰囲気を醸し出している。

 当時の観戦記でも、一時よりマシになったが、それでもまだ後手が、かなり有利と衆目が一致。

 先手は1筋から攻められると、左辺の金銀になって逃げられないし、そもそもここで次に指す手すら、まったく見えない状況だ。

 だが、森はあきらめていなかった。

 圧敗必至のこの場面で、ふたたび驚愕の一手を指すのだ。




 

 ▲83歩と打ったのが、すごい手。

 ねらいとしては、もちろん、次に歩を成るということはわかるんだけど、こんな王様と反対の真空地帯に、と金を作って一体どうしようというのか。

 そもそも、ここで1手パスして▲82歩成としても、後手からすれば、なんのこともないではないか。

 ところがこれが、ここまで精緻をきわめた、二上棋聖の思考を乱すのだから、勝負というのはわからないもの。

 よく解説を担当するプロが、

 

 「中盤で差がつきすぎると、かえって指す手がむずかしい」

 「どうやっても勝ちという場面ほど、迷ってしまって結構あぶない」



 なんて言うものだが、これは本当で、この後の展開がまさにそうだった。

 また観戦してた米長邦雄棋王芹沢博文九段が、

 


 「二上さんは怒っている」


 
 
 そろって言ったように、美学派に分類され、華麗で美しい将棋を追求していく「北海の美剣士」二上達也にとって、この森の泥臭い指しまわしは、受け入れがたかったか。
 
 そのノイズが、少しずつ二上の読みを侵食していく。
 
 後手はねらい通り、を攻撃するが、その間に森は▲82歩成として、次に一回▲91と、と香車を補充する。

 1筋こそ突破されたものの、森もそこからなんやかやとアヤをつけ、さらにはその間隙をぬって、と金右側に寄せていく。

 ▲83歩▲82歩成▲91と▲81と▲71と▲61と……。

 書き写しているだけでもイライラする亀の歩みだが、これが
 

 「マムシのと金」

 「と金のおそはや」

 

 意外なほど、後手にプレッシャーをかけているようだ。

 二上が攻めあぐんでいるうちに、先手はいつの間にか、後手の飛車を召し上げてしまう。

 さらには、と金▲51と、と後手の守りの要である「底香」をさらい、ついに▲41と、とまでうばってしまうのだ!





 

 先手はいいタイミングで、▲59玉早逃げしたのが好手で、ここにきて将棋は完全に逆転

 ここで先手に、カッコイイ決め手がある。





 

 ▲15香と打つのが、玉の逃げ道をふさぎながら、▲31飛から詰めろという妙手。

 △同馬▲12飛で、王手馬取りが決まる。

 二上は△41玉とするが、そこで▲81竜と、遊び駒だったを使うのが気持ちのいい手。

 以下、森が、あざやかな寄せを見せて勝ちきった。

 その独特の雰囲気を持った逆転術を武器とし、森は「終盤の魔術師」と恐れられたが、その見本のような勝ち方。

 森はこれで勢いにのり、3連勝棋聖獲得。

 二上は勝てば「永世棋聖」の称号を得られたが、それはかなわなかった。

 森といえば、対局中に控室にあらわれ、検討用のモニターに映る対戦相手の姿に



 「間違えろ!」

 「悪手を指せ!」



 そう叫んでいたというが、まさにこの▲83歩からも、それが聞こえるようだ。

 名局とは言えないかもしれないが、「おもしろい将棋」とはこういう一局のことをいうのであろう。

 
 (先崎学の「穴熊の暴力」編に続く→こちら

 

 


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