高崎一生七段が、B級2組に昇級した。
高崎といえば、小学生名人戦で優勝という実績からスタートし、奨励会時代から、
「平成のチャイルドブランド」
と呼ばれ、広瀬章人や佐藤天彦とも並び称された実力者だった。
そんな高崎だが、順位戦では苦労が多く、C級2組時代は昇級の一番を、大ベテランに止められたり。
また、C1でも毎年好成績をあげながら、9勝1敗の頭ハネで涙をのんだこともありと(9割勝ってむくわれないなんて、なんて制度だ!)、苦難の道を余儀なくされる。
それが今回、ようやっと昇級することになった。実におめでたい。
私はこういう力のある棋士を、10年以上もCクラスにおいておく意味なんて、ないと思っている。
なので、「藤井フィーバー」で世間の注目が集まっている今こそ、こういった点をどんどん改善してほしいものだ。
前回は西山朋佳女流三冠(奨励会は残念でしたが引き続き応援してます!)の強烈な投げ槍を紹介したが(→こちら)、今回は昇級のお祝いで、高崎七段の将棋を。
2009年、第67期C級2組順位戦。
有吉道夫九段と、高崎一生四段の一戦。
この一番は当時、将棋ファンのみならず、一般マスコミの注目も集める一戦となった。
それはここまで7勝2敗の高崎が、勝てば昇級というだけでなく、有吉にとっても人生のかかった大勝負であったからだ。
棋聖獲得の経験もあり、A級21期、棋戦優勝9回。
その激しい攻めは「火の玉流」と恐れられ、通算1000勝越えも達成している、まさに関西のレジェンド棋士である有吉道夫。
だが、このときはすでに73歳(!)で、往年の力はなく、C級2組でも降級点2個と追いつめられていた。
ここで3つ目を取ってしまえば、他者の結果も関係してややこしいが、強制引退となる可能性が高かったのだ。
そして有吉は今期ここまで、まだ2勝。
これに敗れると、3つめのバツがついて、将棋界から去れなければならないかもしれない。
ドラマチックなうえにも、ドラマチックな舞台が整った勝負は、後手の高崎がゴキゲン中飛車にかまえる。
むかえた、この局面。
形勢は、パッと見で高崎が指せそうか。
自分だけ馬を作っているし、先手の▲15歩という手が、あまり1手の価値がないように見える。
つまりは先手が、指し手に困っている、ということではないか。
なら、△42金とでも自陣を整備しておけば、自然に差が広がりそうなところだが、高崎は△28馬としてしまう。
なにか錯覚があったのだろう、これには▲17角で馬が消されて、おもしろくない。
△同馬、▲同桂に、再度△28角と打ち直すが、そこで▲23桂が意表の一手。
△同金は▲43飛成。
△同飛は▲41角で困るから、かまわず△19角成とするが、▲11桂成、△同飛に▲25桂。
ただ取られるだけの駒だったはずの桂馬が、きれいにさばけては、実際の形勢はともかく、先手の気持ちがいいのはたしかだろう。
高崎も、もちろん有吉側の事情は知っていたわけで、このあたりでは、やりにくさを感じていたのかもしれない。
ややギクシャクしている高崎に対して、有吉の方は元気いっぱい。
負ければ、将棋を取り上げられるかもしれないプレッシャーを、まるで感じさせない勢いで、若手昇級候補を追いつめていく。
一方の高崎も、負けるわけにはいかないのは同じで、端からアヤをつけ、なんとか先手玉にせまっていく。
むかえた最終盤。
高崎が△87香と放りこんだところ。
形勢は先手優勢だが、後手も決死の喰いつきで、玉に近いところなので慎重な対応が必要。
▲87同金は△99飛成や△97香成で怖いところもあるが、次の一手が決め手になった。
▲65角と打つのが、ほれぼれするような美しい手。
受けては△87香と△98飛に利かしながら、玉頭への殺到も見た、お手本通りの攻防の角。
先手玉は、金さえ渡さなければトン死筋はないため、条件がわかりやすく、これで勝ちのコースが見えた。
手段に窮した高崎は、△99飛成から△88香成とするが、▲83香のカチコミから、▲32と、の左右挟撃でまいった。
以下、有吉の正確な寄せに、高崎投了。
有吉道夫、奇蹟の引退回避。
戦前の予想では、まあふつうに高崎が勝つのだろうと思っていたが、こんなことが起こるのも勝負の世界である。
このとき高崎は、自分の背中越しにカメラのシャッター音が聞こえるという、将棋の敗者がさけられない屈辱を味わった。
この敗戦はかなり応えたようで、のちのインタビューなどでも、あまり思い出したくないような反応を見せていたもの。
だが、そこで屈しなかったのが、高崎一生の立派なところだった。
翌年の順位戦でも白星を集め、8回戦を終えたところで7勝1敗。
ラス前の9回戦に勝てば、昇級が決まるという一番を、またもむかえた。
相手は今ではYouTubeでもおなじみの村中秀史五段。
この人もまた、実力のわりに順位戦で苦労を強いられている棋士の一人だが、この強敵相手に高崎はすばらしい将棋を披露する。
相穴熊から、先に竜を作られているが、振り飛車側も金と成桂が敵陣に侵入し、穴熊流の接近戦の下ごしらえはできている。
3筋に味もあり、どうせまるかというところだが、次の手が落ち着いた一着だった。
▲25歩と突くのが、この際の好手。
ここでは▲34歩が目につくが、すぐにやると△24角が飛車取りでうるさい。
そこで、じっと歩を突いてプレッシャーをかけておく。
次こそ▲34歩で角が窒息するから、△45歩、▲同飛、△44銀とほぐしにかかるが、堂々▲46飛で問題ない。
後手はそこで△35銀とできればいいが、それには▲42飛成(!)と抱きつかれて、先手の攻めが早い。
次に▲32竜から▲43銀とか、からみついて、先手玉が鉄壁ということもあり、攻め合いで後手が勝てない。
これでペースをつかんだ高崎は、その後は▲24歩、△同歩、▲23歩と、手筋を駆使して村中の穴熊を攻略。
一度地獄を見たエリートが、すばらしいリカバリーを見せ、見事C1への切符を手にしたのだった。
(藤森哲也の「攻めっ気120%」編に続く→こちら)