砂をつかんで立ち上がれ 高崎一生vs有吉道夫&村中秀史 2009年&2010年 C級2組順位戦

2021年04月06日 | 将棋・名局

 高崎一生七段が、B級2組に昇級した。

 高崎といえば、小学生名人戦で優勝という実績からスタートし、奨励会時代から、

 「平成のチャイルドブランド

 と呼ばれ、広瀬章人佐藤天彦とも並び称された実力者だった。

 そんな高崎だが、順位戦では苦労が多く、C級2組時代は昇級の一番を、大ベテランに止められたり。

 また、C1でも毎年好成績をあげながら、9勝1敗頭ハネで涙をのんだこともありと(9割勝ってむくわれないなんて、なんて制度だ!)、苦難の道を余儀なくされる。

 それが今回、ようやっと昇級することになった。実におめでたい。

 私はこういう力のある棋士を、10年以上もCクラスにおいておく意味なんて、ないと思っている。

 なので、「藤井フィーバー」で世間の注目が集まっている今こそ、こういった点をどんどん改善してほしいものだ。

 前回は西山朋佳女流三冠(奨励会は残念でしたが引き続き応援してます!)の強烈な投げ槍を紹介したが(→こちら)、今回は昇級のお祝いで、高崎七段の将棋を。


 2009年、第67期C級2組順位戦

 有吉道夫九段と、高崎一生四段の一戦。

 この一番は当時、将棋ファンのみならず、一般マスコミの注目も集める一戦となった。

 それはここまで7勝2敗の高崎が、勝てば昇級というだけでなく、有吉にとっても人生のかかった大勝負であったからだ。

 棋聖獲得の経験もあり、A級21期、棋戦優勝9回

 その激しい攻めは「火の玉流」と恐れられ、通算1000勝越えも達成している、まさに関西のレジェンド棋士である有吉道夫。

 だが、このときはすでに73歳(!)で、往年の力はなく、C級2組でも降級点2個と追いつめられていた。

 ここで3つ目を取ってしまえば、他者の結果も関係してややこしいが、強制引退となる可能性が高かったのだ。

 そして有吉は今期ここまで、まだ2勝

 これに敗れると、3つめのバツがついて、将棋界から去れなければならないかもしれない。

 ドラマチックなうえにも、ドラマチックな舞台が整った勝負は、後手の高崎がゴキゲン中飛車にかまえる。

 むかえた、この局面。

 

 形勢は、パッと見で高崎が指せそうか。

 自分だけを作っているし、先手の▲15歩という手が、あまり1手の価値がないように見える。

 つまりは先手が、指し手に困っている、ということではないか。

 なら、△42金とでも自陣を整備しておけば、自然に差が広がりそうなところだが、高崎は△28馬としてしまう。

 なにか錯覚があったのだろう、これには▲17角で馬が消されて、おもしろくない。

 

 

 △同馬、▲同桂に、再度△28角と打ち直すが、そこで▲23桂が意表の一手。

 

 △同金▲43飛成

 △同飛▲41角で困るから、かまわず△19角成とするが、▲11桂成、△同飛に▲25桂。

 

 

 ただ取られるだけの駒だったはずの桂馬が、きれいにさばけては、実際の形勢はともかく、先手の気持ちがいいのはたしかだろう。

 高崎も、もちろん有吉側の事情は知っていたわけで、このあたりでは、やりにくさを感じていたのかもしれない。

 ややギクシャクしている高崎に対して、有吉の方は元気いっぱい。

 負ければ、将棋を取り上げられるかもしれないプレッシャーを、まるで感じさせない勢いで、若手昇級候補を追いつめていく。

 一方の高崎も、負けるわけにはいかないのは同じで、からアヤをつけ、なんとか先手玉にせまっていく。

 むかえた最終盤。

 

 高崎が△87香と放りこんだところ。

 形勢は先手優勢だが、後手も決死の喰いつきで、玉に近いところなので慎重な対応が必要。

 ▲87同金△99飛成△97香成で怖いところもあるが、次の一手が決め手になった。

 

 

 

 

 

 ▲65角と打つのが、ほれぼれするような美しい手。

 受けては△87香△98飛に利かしながら、玉頭への殺到も見た、お手本通りの攻防の角。

 先手玉は、さえ渡さなければトン死筋はないため、条件がわかりやすく、これで勝ちのコースが見えた。

 手段に窮した高崎は、△99飛成から△88香成とするが、▲83香のカチコミから、▲32と、の左右挟撃でまいった。

 以下、有吉の正確な寄せに、高崎投了。

 有吉道夫、奇蹟の引退回避

 戦前の予想では、まあふつうに高崎が勝つのだろうと思っていたが、こんなことが起こるのも勝負の世界である。

 このとき高崎は、自分の背中越しにカメラのシャッター音が聞こえるという、将棋の敗者がさけられない屈辱を味わった。

 この敗戦はかなり応えたようで、のちのインタビューなどでも、あまり思い出したくないような反応を見せていたもの。

 だが、そこで屈しなかったのが、高崎一生の立派なところだった。

 翌年の順位戦でも白星を集め、8回戦を終えたところで7勝1敗。

 ラス前の9回戦に勝てば、昇級が決まるという一番を、またもむかえた。

 相手は今ではYouTubeでもおなじみの村中秀史五段

 この人もまた、実力のわりに順位戦で苦労を強いられている棋士の一人だが、この強敵相手に高崎はすばらしい将棋を披露する。

 

 相穴熊から、先に竜を作られているが、振り飛車側も成桂が敵陣に侵入し、穴熊流の接近戦の下ごしらえはできている。

 3筋に味もあり、どうせまるかというところだが、次の手が落ち着いた一着だった。

 

 

 

 

 ▲25歩と突くのが、この際の好手。

 ここでは▲34歩が目につくが、すぐにやると△24角が飛車取りでうるさい。

 そこで、じっと歩を突いてプレッシャーをかけておく。

 次こそ▲34歩で角が窒息するから、△45歩、▲同飛、△44銀とほぐしにかかるが、堂々▲46飛で問題ない。

 後手はそこで△35銀とできればいいが、それには▲42飛成(!)と抱きつかれて、先手の攻めが早い。

 

 

 次に▲32竜から▲43銀とか、からみついて、先手玉が鉄壁ということもあり、攻め合いで後手が勝てない。

 これでペースをつかんだ高崎は、その後は▲24歩、△同歩、▲23歩と、手筋を駆使して村中の穴熊を攻略。

 一度地獄を見たエリートが、すばらしいリカバリーを見せ、見事C1への切符を手にしたのだった。

 

 (藤森哲也の「攻めっ気120%」編に続く→こちら

 


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