「いやー、おもしろい将棋見たなー」
なんて感嘆のため息をもらしたのは、将棋ファン全員の総意だったろう。
そう、言うまでもなく藤井聡太七冠と村田顕弘六段で争われた、王座戦挑戦者決定トーナメントの一局だ。
前人未到の「八冠王」へと驀進する藤井七冠の最後の関門が、この王座戦。
頂上で待ち受ける永瀬拓矢の存在もさることながら、ファンの多くはこの決勝トーナメントにこそ極上のドキドキ感を味わっているのではあるまいか。
番勝負と違って、こちらには「一発勝負」という怖さがあり、まさかというポカや、疲れや体調不良による拙戦があったり。
また「ねらい撃ち」による研究ハメや、 「一回だけは通じる」奇襲みたいな手が飛んでくるかもしれないとか、不安要素が意外と大きかったりするのだ。
実際、ここで村田はこの一番に「村田システム」なる秘策を用意してきた。
ふつうならAI全盛の現代、個人で考えた新たな戦法が、そう簡単には通用しないとしたもの。
それに正直、右側の山でベスト8に残った
渡辺明九段
豊島将之九段
斎藤慎太郎八段
といったA級棋士らとくらべれば、まあ失礼ながら村田は比較的組みやすい相手でもあり、ここは問題ないかと思いきや、あにはからんや。
まさにこの一戦に「オールイン」してきた村田の指し回しの前に、藤井聡太はこれまで見せたこともないような大苦戦を強いられるのだ。
図は中盤の入口。
角道を開けないまま5筋の位も取って、角交換や横歩を取られる乱戦を封じながら、自分の土俵へと持っていく。
ここから▲76歩と突いて戦端を開くのだが、この仕掛けがずっぱまりして、あっという間に村田が優勢。
いや勝勢ともいえる将棋となるのだから、ふたたび村田には失礼ながら、勝負というのはフタを開けてみないとわからないものではないか。
私が仕事から帰ってきて、観戦をはじめたのがこの局面だが、解説の千葉幸生七段、上村亘五段らも、
「先手が一手勝ちできそう」
意見の一致するところ。
AI的にも、人間的にも、村田顕弘がハッキリと押しているのだ。
思い出したのは、2009年のテニス、ローラン・ギャロスの4回戦。
この試合で、スウェーデンの伏兵ロビン・セーデリングが、初出場で優勝してから4連覇中(ちなみに現在まで14勝)だったラファエル・ナダルを破るという超大大大ウルトラ大金星を挙げたのだ。
ここまでパリで負けなし、しかも4回の優勝の内3回は「無敵」ロジャー・フェデラーをボコってのものという圧倒的な強さのラファに勝つなんて、だれもが、おそらくはロビン本人も思いもしなかった。
あのマルチナ・ナブラチロワをして、
「テニス史上最大の大番狂わせ」
と言わしめた大アップセットだが、それと同じくらいのインパクトではないか。
一直線な切り合いは、どの変化も先手が残しているようで、かつては豊島将之、糸谷哲郎、稲葉陽と並んで
「関西若手四天王」
と呼ばれた男が、とんでもない大仕事をやってのけそう。
アッキー、すげー、やるう!
もちろん、まだ勝負は終わったわけではないが、検討を聞いているかぎりでは相当に逆転しにくいような局面に見える。
しかも、村田にはまだ1時間半ほど時間が残っている。
勝勢の局面でこれだけあれば、指し手的にも精神的にも盤石ではないか。
とどめに、ここで腰を落とし、なんと1時間以上かけて検算した村田は▲46角と落ち着いた手、それも最善手を指したのだから、
「マジかー、こんなこともあるんやなー」
茫然としてしまった。
まあ、私は能天気なタチなので、
「そういや、羽生さんも【あと1勝で七冠王】を逃してから、そのあと六冠全部防衛&王将再挑戦からの奪取を決めたんだよなあ」
なんて昔のことを思い出し、まあ藤井七冠も
「じゃあ、こっちも七冠全部防衛からの来年の王座戦で八冠ということで、まあいいでしょ」
ムチャクチャにテキトーなこと(と言っても出来るでしょ、彼なら)を考えていたところで、あにはからんや。
ここからとんでもないドラマが起こることになるのだから、藤井聡太の怖ろしさ、そして将棋の終盤戦のおもしろさには、今さらながら恐れ入るしかないのであった。
(続く)