「受けの大山」に脱帽 大山康晴vs神谷広志 1987年 棋王戦

2019年09月24日 | 将棋・好手 妙手
 「大山先生は、全然手を読んでないんですよ」
 
 
 というのは、大山康晴十五世名人の将棋を語るとき、よく出てくる言葉である。
 
 前回は中田功八段の芸術的な三間飛車を紹介したが(→こちら)今回がコーヤンの師匠である、大山康晴十五世名人の振り飛車を。
 
 羽生善治九段をはじめ、大山名人と指した人の多くが、
 
 
 「そんなに深いところまで読んでいる感じがしない」
 
 「なのにパッと見で、指がことごとく良いところに行くのがすごい」
 
 
 といった感想をいだいているようで、また『先崎学&中村太地 この名局を見よ! 20世紀編』という本では、先崎九段による、
 
 
 「大山先生は詰みのところが苦手だったんでしょうけど」
 
 
 という発言があったり、どうも大山の強さは、トップ棋士の多くが武器にしている「精密な読み」に頼るものではなかったらしい。
 
 まあ、若手棋士だったころはわからないが、晩年の将棋はそういった印象が強いようで、その「読まなくても指せる」秘訣はなんだったのか。
 
 感覚か、それとも経験値か。
 
 まあ、いわゆる「大局観」というものがズバ抜けていたのだろうけど、そうなると少し不思議なのが、大山が「受けの達人」であること。
 
 将棋にかぎらず、サッカーや野球などスポーツもそうだが、こういった戦いは基本的に攻める方が気楽ではある。
 
 簡単というわけではないけど、シュートをはずしたり、チャンスでヒットを打てなくても「無得点で終わる」だけだが、守備でエラーやファウルをすると「失点」が致命傷になりがちだ。
 
 将棋も、攻めが受け止められても立て直しはきくけど、受けは1手間違えれば、そのままつぶされる恐れがある。
 
 その意味では、受け将棋というのは水も漏らさぬ「ベタ読み」が必要とされ、その分の負担が大変なのだ。
 
 ところが大山は、受けの達人にもかかわらず「読んでいない」というのだ。
 
 そんなスタイルで、なぜか相手の切っ先をかわしてしまうのだから、そこが謎ではある。
 
 となると、「これも、読んでなくてやってるの?」と、いろいろ疑問は出てくるわけで、今回紹介したいのは1987年の棋王戦、神谷広志五段との一戦。
 
 大山の三間飛車に、神谷は左美濃に組む。
 
 飛車角を大きくさばきあう、対抗形らしい戦いとなったが、終盤では神谷の攻め足が一歩早いように見えた。
 
 
 
 
 
 後手の神谷が△48銀と食いついて、かなり攻めこんでいるように見える。
 
 美濃囲いは▲49を責めるのが急所。
 
 次、△49銀不成▲同銀△59竜のきびしい攻めがある。
 
 
 「53のと金に負けなし」
 
 
 の形で受けはむずしそうだし、かといって攻め合っても後手は左美濃が健在で、も使いにくく一手負けしそうだ。
 
 神谷の金星かと思われたが、ここから大山がすばらしい組み合わせで、新鋭の希望を打ち砕く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲35桂と打つのが、大山マジックの第一弾。
 
 金取りだから△同歩と取るが、そこでもう一丁、空いた空間に▲34桂と打つ。
 
 タダ捨ての連打であり、にわかには意味がわからないが、王手だからこれも△同金と取る。
 
 そこで先手は▲35歩
 
 
 
 
 
 ここで、2枚のを気前よく、くれてやった理由がわかる。
 
 3筋にむりくりをあけ、攻めのスピードアップをはかろうという、終盤の手筋だ。
 
 そして、この手にはもうひとつのねらいがあった。
 
 カンのいい方なら、もう気づいたのではないだろうか。
 
 そう、指しているのは「受けの大山」だ。
 
 でもって、受けにはもっとも頼れる、「あの駒」がここで働いてくるではないか。
 
 後手玉がまだ詰めろではないのを頼りに、神谷は△49銀不成と取って、▲同銀△59竜とせまるが、次の一手こそが2連打の真のねらいだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲27馬と引きつけて、これで先手が勝勢
 
 馬冠の力が強すぎて、先手玉に詰めろがかからない。
 
 △48と、のような手には、ゆうゆう▲34歩と取って先手勝ち。
 
 数手前まで、後手が
 
 
 「固い、攻めてる、切れない」
 
 
 の形で、いかにも勝てそうに見えたのに、連打馬引きで、あっという間に速度が入れ替わってしまった。
 
 そう、あの桂馬の犠打2連発は攻撃と同時に、進路を自陣まで一気に開通させる狙いがあったのだ! 
 
 一瞬の逆転劇で、なにがなんだかわからないが、ともかくもこれで先手が勝っている。
 
 後手は△33金と引くが、ここで手番を渡しては勝ち目がない。
 
 以下、▲34香△51歩▲33香成△同銀▲34香とカサにかかって攻めつけ圧勝してしまう。
 
 いかがであろうか、この大山の見事なしのぎ。
 
 △48銀とからまれたところから、受けきるだけでも至難なのに、それを「読まずに」やってのけるというところが、おそろしい。
 
 あの玉頭に使うというのが、なんともすごい発想だ。
 
 おそらくはもう、
 
 「これは、この形でだいたいしのげる」
 
 体にしみついているのだろう。
 
 もし本当にこれを「パッと見て」勝ちと判断できるのなら、それはもう超人と言わざるを得ないすごさである。 
 
 
 (木村一基と藤井猛の熱局編に続く→こちら
 
 (大山が米長邦雄に見せた、さらなら受けの妙技は→こちら
 
 
 

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