「これまた、メチャおもろい将棋を見たなあ」
そんな、うれしい悲鳴をあげることになったのは前回の王座戦、鬼手「△64銀」で盛り上がった藤井聡太七冠と村田顕弘六段戦に続く、棋聖戦第2局を見終えた後のことであった。
今年の夏は棋聖戦と王位戦で、佐々木大地七段がダブル挑戦を決め、藤井聡太七冠との「12番勝負」が話題となっている。
佐々木と言えば、順位戦こそなぜかC級2組に停滞しているが(次点続きで運がない、というかなぜC2の昇級枠は増えないのか?)その実力からいえばタイトル戦に出ても遜色ないことは、将棋ファンなら周知のところである。
いや、それどころか藤井聡太に大舞台で徹底的にタタかれ、今のところ勝つイメージを失っている感のある、永瀬拓矢王座、渡辺明九段、豊島将之九段といった面々とくらべて、フレッシュな佐々木なら
「勢いで一発入れる」
ことすら十分期待できるところだ。
タイトルホルダーと、将来の若手タイトル候補による注目のシリーズは、まず棋聖戦から幕を開けた。
藤井が先勝して、むかえた第2局。
佐々木大地は必勝を期して、躍進の原動力ともいえる相掛かりを選択し、藤井もそれに追随。
図は中盤戦での戦い。
銀2枚に桂香と、飛車の交換という、なかなかな駒得にくわえて▲73の馬も手厚く、やや先手が指せる局面。
だが先手玉はいかにも薄く、飛角の飛び道具3枚がどこから飛んでくるかわからないという、怖いところでもある。
実際、△27角とか△38角とか打たれたら、もう受け切るのは大変そうに見えるが、後手はそんなもんでは満足できんと、より過激な手を披露する。
△39飛打がインパクト充分の鮮烈な手。
△28飛は馬が効いているし、△38角のような手には▲37桂がうまい受けで、なかなかパンチは入らない。
そこでガツンと、ゼロ距離からの大砲発射。
違筋で、かなり強引な1手ではあるが、これが解説の上村亘五段も、
「これで流れが変わった」
賞賛する一撃だったようだ。
ただ佐々木大地は、師匠の深浦康市九段も言うように、こういう手を喰らってからが強い。
▲同金、△同飛成に▲65桂と跳ねるのが、桂馬をさばきながら玉の逃げ道を作る一石二鳥の、ぜひ指におぼえさせておきたい攻防手。
パッと見は、この桂がピッタリに見えるため先手が気持ちいいのだが(もし悪手でも、ついつい指してしまいそうだ)、これが詰めろになってないのは不安材料でもある。
△49角、▲57玉、△38竜に、一回▲48歩と受けたが、これが疑問だったよう。
ここは▲48銀と、あえて高い駒で受けるのが正解だった。
本譜の△47金には▲同銀で、△58角成がなく受かっている。
また△58金など他の手でせまるのは、銀こそタダで取られるが(そのために安い歩で受けたのだ)それこそ▲67玉、▲77玉と桂跳ねでできたスペースに逃げこんで、このしぶとさは、いかにも佐々木ペースであろう。
▲48歩には△47金と打たれ、▲68玉、△76角成で先手玉に受けがなく見える。
△48竜の詰みがどうにも防ぎようがないが、将棋とは手があるもので、ここで▲51馬と捨てる終盤の手筋がある。
△同金に▲72飛から▲76飛成で馬が抜ける。これで、しのいでいるという寸法だ。
なるほど、これをねらっての▲48歩か。手が見えてるなあ。大地キレキレやん!
なんて感心したのも束の間。アベマ解説の山崎隆之八段と高田明浩四段によると、▲51馬に△同金と取られても、また△31玉(!)と逃げても、これがなかなか先手が難局だというのだ。
実際、佐々木の手がここで止まる。なにか誤算があったのかもしれない。
たしかに今の佐々木大地は絶好調だ。手が見えている。いや、見えすぎていた。
なまじ切れ味があっただけに、▲51馬のタダ捨てが視野に入ってしまい、その筋に溺れてしまったのではと言うのは山崎の推理。
まあ、山ちゃんも「見えすぎて」なタイプだから、このあたりは想像できてしまうのかもなあ。
時間は刻々と減っていくが、まだ手が出ない。
やはり、なにかおかしいのか。大地ヤバイじゃん! ドキドキするが、ここは開き直って▲53桂成とダイブ。△同金に▲72飛、△52歩。
佐々木は残り2分まで考えて▲51銀と追う。以下、せまるだけせまって▲76飛成と引き上げる。
まだ形勢はハッキリしないが、ターンが藤井に回り反撃に出る。佐々木はなんとか左辺に逃げこむ。
クライマックスはこの場面だった。
先手は▲25桂と後手の逃げ道を防いでいるが、まだ詰めろではない。
つまり、後手はこの瞬間にラッシュをかけて、詰めろの連続でせまれば勝ち。
寄せの得意な藤井にとっては、完全に「勝ちパターン」であり事実ここは本人も
「ここだけは勝ちになったかと」
とはいえ、局面自体は超難解で、「詰めろの連続でせまれば勝ち」と言われても、具体的な手となるとこれが見えない。
ましてや相手が、
「死んだ玉すらよみがえる」
と恐れられる佐々木大地だ。下手なことをすると、ヌルヌル逃げられそうな形でもあるのだ。
どないすんねやろと盤面をのぞきこむが、次の手がこの熱戦の命運を分けることとなった。
最後の勝負所で、藤井は△78竜とスッパリ決めに行った。
▲同銀なら△75銀打から詰み。
先日の王座戦と同じく、またもや最後であざやかな竜切りが決まるのか!
興奮は最高潮に達しそうなところだが、信じがたいことに藤井の敷いた勝利のレールは、その思惑より少しばかり軌道がズレていたのだ。
▲55角と打つのが、盤上この1手の見事な切り返し。
△同銀と取らせて、△75への利きを消してから▲78銀と取れば、先手玉に詰みはないのだ!
藤井はこの手を見落としていたのだろう。ここで時間を使い切り、あわてた手つきで△55同銀と取る。
ここで勝負は決まった。
いや、評価値を見る限りでは、まだ後手不利ながらもまだまだ戦えたようだが、詰んでいると思ったところから、こんな勝負手を食らって「延長戦突入」では、いかな藤井といえども心を整えなおすのは至難だった。
△24歩、以下すこしねばったものの逆転に導くオーラはなく、彼が負けを悟ったときに時折見せるグッタリした姿勢を披露するにおよんでは、もはや勝負あった。
評価値はまだ4・6でも、闘志を刈り取られては戦いようもない。
言い古された言葉だが、将棋はメンタルのゲームなのだ。
これで1勝1敗のタイスコアに。
佐々木にとってはタイトル戦初勝利で、これでストレート負けもなくなり、スコア的も精神的にも大きな1勝となったろう。
いやあ、盛り上がってまいりました。
今回、初のタイトル戦にも関わらず
「佐々木大地なら、やってくれるんでね?」
期待していたファンは、結構多いのではあるまいか。
その通り、彼は藤井の終盤力にも臆さない力強い指しまわしで、見事に白星をもぎ取った。
なにかもうワクワクが止まらない展開で、第3局以降が今から楽しみでならない。
(またも熱局の棋聖戦第3局に続く)