あるいはと金でいっぱいの海 羽生善治vs渡辺明 2011年 第70期A級順位戦 大山康晴vs山田道美 1965年 第24期名人戦

2021年05月23日 | 将棋・好手 妙手

 「と金」というのは、メチャクチャに強力な駒である。

 「成金」の語源にもなったもので、最弱の駒である「」が、「」に成りあがるのだから、その痛快さといったらない。

 しかも、敵に取られると、それが「」に戻るというのだから、ほとんどタヌキにもらった葉っぱのお札である。

 この「と金」をあつかった格言も多く、

 

 「まむしのと金」

 「と金のおそはや」

 「と金は金と同じで金以上」

 「53のと金に負けなし」

 

 モテモテであって、前回は行方尚史九段が、盟友藤井猛九段におみまいした「友達をなくす手」を紹介したが(→こちら)、今回はおそろしい歩の錬金術のお話をしたい。

 

 2011年の第70期A級順位戦

 羽生善治王位・棋聖と、渡辺明竜王の一戦。

 羽生のゴキゲン中飛車に、渡辺は攻めの銀を早目にくり出す、星野良生五段発案の「超速▲46銀」で対抗。

 先手はを作るが、後手も二歩得が主張点で、難解な中盤戦。

 

 

 

 渡辺が▲45馬と出て、後手玉のコビンをうかがいながら、△36除去しようとしたことろ。

 ここで羽生が、おもしろい手を見せる。

 

 

 

 

 △25角と打ったのが、ちょっと思いつかない手。

 先手の飛車を押さえながら、△36を守り、放っておけば△37歩成と成って、▲同桂(▲同銀)に△47角成

 という、ねらいはわかるが、これはなんとも、打ちにくい角でもある。

 先手のに対して、後手は手持ちにしているのが売りのはず。

 なのに、それを手放すだけでなく、働くかどうかわからない「筋違い角」に置く。

 こんな生角を盤上に放って、本当に使えるのか疑問だし、そもそも取られそうでね?

 事実、本譜もすぐに▲17桂から▲25桂と、この角はアッサリ取られてしまうのだが、それで局面の均衡は保てているというのだから、すごい大局観ではないか。

 さすが羽生さんや、ようこんな手思いつくなあ。

 感心することしきりだったが、ここでフト思いついたのは、これには「元ネタ」が、あるのではなかろうかということだ。

 なんか、似たような手を見たことあるよなあと、ちょっと脳内検索してみたら、ありました。

 1965年、第24期名人戦第5局

 大山康晴名人と、山田道美八段の一戦。

 先手大山の四間飛車に、山田は急戦策を取る。

 

 

 

 後手の山田が△22角と打ったのに、▲85角と打ち返したのが「受けの大山」の見せた異筋の角。

 なんと、これで先手優勢なのだが、昔なにかで、この局面を見たとき、

 

 「これって△86銀、▲同銀、△99角成で居飛車優勢じゃね?」

 

 なんて生意気にも指摘してみたところ、それには▲84歩、△同飛、▲97桂(!)と、こちらに跳ねるのが好手。

 

 

 

 

 ▲77桂には、△76歩があるから、逆モーションで端に跳んでおく。

 これで次に、▲75銀から押し返して行く手があって、振り飛車優勢なのだ。

 なるほどー、ええ手ですなあ。さすが大山先生や。

 これらの手が、研究手なのか、それともその場でひねり出したのかはわからないが、こういう「シンクロニシティ」を感じると、今も昔も、トッププロの発想の豊かさは、変わらないんだなあとワクワクする。

 ちなみに、この将棋は羽生の快勝で終わるのだが、その優位の広げ方がうまかった。

 

 

 

 図は△55金のぶつけに、▲77馬と引いたところ。

 後手が駒得なうえに、厚みでも押しているように見えるが、先手もの守りに、飛車の横利きもあって、決めるとなると、なかなか具体的には見えない。

 こういう

 

 「ちょっと指せそうだけど、それを優勢に拡大するための、明快な手が見えにくい局面」

 

 というのはむずかしく、あせりを誘うところだが、羽生はいつものごとく、その課題を見事にクリアしてしまう。

 

 

 

 

 △48歩成、▲同飛、△46歩で後手優勢。

 この場面では、と金を作りに行くのが好着想だった。

 といっても、△37歩△36歩のような手では、なかなかうまくいかず、△21飛が浮いてしまって、▲55馬と取られてしまう。

 とあっては、そう簡単ではなさそうだが、一回△48歩成と成り捨てて、位置を下げるのがうまい着想。

 感覚的には、△47こそが「と金のタネ」に見えるだけに、それを捨てるというのが、なるほどというところだ。

 指されてみれば簡単だが、実戦では思いつきにくい(将棋の好手はだいたいそうなのだ)。

 実際、解説のプロも「いい手です」と、感心していたくらいで、次に△37桂成から△47歩成とされたら完封される。

 渡辺は泣く泣く▲38歩と受けるが、今度は△58歩成とこっちを成って、▲同歩に△57歩と、こじ開けにかかる。

 

 

 ▲88玉の早逃げに、△58歩成、▲同飛、△56歩と、またもやバックのタレ歩

 これでとうとう、と金作りが防げない。

 

 古い歌ではないが、まさに三歩進んで二歩下がる。

 こうなると、もう先手は無限増殖してくると金で、自陣の金銀ボロボロはがされる未来しか見えないわけで、力も抜けるというものだ。

 以下、後手は2枚の「まむしのと金」を使って、一気に先手陣を攻略。

 これで勢いにのった羽生は、なんとこの期、9戦全勝の偉業でもって、名人挑戦権を獲得するのである。

  

 (渡辺明の妙手編に続く→こちら

 

 


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