久保利明と元祖「さばきのアーティスト」 大野源一vs二上達也 1962年 第18期A級順位戦

2020年09月12日 | 将棋・名局

 大野源一の振り飛車は美しい。

 振り飛車という戦法はプロでは(最近では将棋ソフトからも)きびしい評価を受けがちだが、アマチュアには昔から根強い人気がある。

 そんな少数派とはいえ、たしかな権勢をほこる振り飛車の、その元祖はといえば、これが大野源一九段に行きあたる。

 大野が活躍していたころの将棋界は、私もさすがに知らないが、その振り飛車は現代にも、継承されている部分は多い。

 そこで前回は、渡辺明名人を例にとって、藤井聡太王位棋聖が先日達成した「二冠」がいかに難事か語ったが(→こちら)、今回はぐっと時代が下がったヴィンテージもの。

 ……と見せかけて、実はすこぶる現代感覚にあふれていた「さばき」を見ていただきたい。

 

 1962年A級順位戦

 大野源一八段と、二上達也八段の一戦。

 序盤戦。先手になった大野が、5筋の位を取って中飛車にかまえる。

  

 

 

 オーソドックスな形で、それこそ菅井竜也八段や、ゴキゲン中飛車の祖である近藤正和六段が指している、といっても通じるところ。

 ここからの、大野のさばきが美しい。

 まずは▲59角と引いて、急戦を迎え撃つ下準備。

 後手は△75歩と仕掛けるが、▲同歩、△72飛▲48角が、この際の形。

 △42金と一回自陣の整備をしたところで、軽やかに▲78飛が「争点に飛車を回る」振り飛車の大鉄則だ。

 

 

 △45歩、▲同歩に△54歩と、後手は眠っているを使うが、一回▲44歩と突くのが、筋の良い手。

 

 

 △同角は、なにかのとき手に乗って▲45銀と出られる筋があるから、△同銀だが、▲54歩と取りこんで、△55歩に▲47銀と引くのが好形。

 以下、△45銀には▲76飛と軽く浮いて、△54銀▲77桂△43金右▲58金と締まって盤石。

 

 

 先手陣は見事なダイヤモンド美濃が完成しており、石田流に組み替えて桂馬も好機に使えそうで(振り飛車は左桂が命!)、ほれぼれするような形。

 なにかもう、「達人の振り飛車」としかいいようがなく、こんなもん並べたらその日から、すぐマネしたくなるではないか。

 この将棋は寄せも見事だった。

 

 

 終盤戦。

 後手陣は相当攻めこまれているのに、先手陣は手つかずで、攻めさえ続けば勝てる。

 軽やかに舞っていた大野だが、ここからは体重の乗ったパンチを、次々くり出して行く。

 

 

 

 

 

 ▲53角成、△同金、▲65金

 

 「寄せは俗手で」

 

 と言う通り、こういうところは、わかりやすい攻めがいい。

 ▲44に歩の拠点があるから、そこに駒を打ちこんでいけば、自然に寄り形になる。

 米長邦雄永世棋聖の名言通り、
 
 
 「将棋とは相手の駒をハガすものなり」
 

 △同銀に▲同桂とさばいて、盤上の駒が全部使えての、まさに全軍躍動。

 こうなると、先手の4枚美濃が、頼もしすぎる。

 大野の振り飛車の特徴は、金銀4枚で囲って、あとは自陣を見ずに攻めまくるという、今でいう穴熊感覚を身につけた強みがあった。

 それには飛車で細い攻めをつなぐ技術が必要だが、それを得意にしているのは、本譜の順を見ればわかる。

 ▲65同桂△52金と引くが、▲54歩と打つのが、これまた指におぼえさせておきたい手筋。

 

 

 △同飛に▲43銀と打ちこんで、△同金、▲同歩成、△同玉。

 さらに▲53金とブチこみ、△同飛、▲同桂成、△同玉とシンプルにバラシて、▲51飛が気持ちよすぎる打ちこみ。

  

 

 振り飛車とは、こんなに気持ちよく勝てる戦法なのかと、あきれたくなる強さ。もう、やりたい放題である。

 このあと大野は、▲66飛車▲26に回って、▲23飛成と成りこみ、2枚ので、上部脱出をねらった二上玉を寄せ切った。

 この将棋を観て、

 

 久保利明九段の将棋みたい」

 

 と感じたアナタは、なかなかスルドイ。

 その通り、あの久保九段が振り飛車を指すのに参考にしたのが、大野の将棋なのだ。

 5歳(!)のころから軽くさばいていく大野源一にあこがれ、その棋譜から学んだという。

 大野から久保、久保から菅井

 歴史はつながっているのだ。

 昨今、将棋ブームの余波を買ってか、過去の名棋士達の『名局集』が多く編まれている。

 大山康晴中原誠など超一流どころだけでなく、勝浦修石田和雄といった玄人好みのチョイスもあるのはすばらしいが、不満なのはそこに大野源一の名前がないこと。

 この将棋のように、大野のさばきは今でも通用するどころか、ガッチリ現代振り飛車にもつながっている。

 また、アマチュアにもマネしやすい豪快さと軽やかさを持ち合わせており、再評価という流れになれば、一気に人気も出るのではないかと期待しているのだが、どうであろうか。

 

 (羽生善治の「七冠王フィーバー」編に続く→こちら

 (大野のさばきの続編は→こちら

 

 


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