Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§119「ユリアとよぶ女」 遠藤周作, 1968.

2021-06-11 | Book Reviews
 約四世紀前、豊臣秀吉が朝鮮半島へ侵攻した文禄の役で身寄りを亡くした少女が切支丹として日本で歩んだ人生を描く物語。

 文禄の役に従軍した下級武士 与左衛門は彼女を哀れみ、自らの心境を被らせて、

「自分もこの国やこの小娘と同じようなもの。自分も関白殿の人形に過ぎぬ」(p.229)

とつぶやき、拾った木ぎれを削ってこしらえた人形を彼女に渡しました。

 その後、日本に渡り洗礼を受けた彼女はユリアと呼ばれ、駿府城の大奥で侍女として働くかたわら、徳川家康の側室に幾度も召しかかえられようとしたものの、拒み続けるたび毎に遠島へ流されました。

 偶然にも、遠島に流す役目を引き受けた与左衛門は、彼女が握りしめていた掌に自らが渡した人形が在るのを驚くとともに、彼女もまた泪の粒が溢れました。

「朝鮮の陶器のように言い知れぬ哀しみの翳があるのに、白いその顔には自分の感情や意志があらわれたことはなかった」(p.239)

彼女の人生に触れた人々は、その哀しみの翳に宿る光を感じたのかもしれません。

初稿 2021/06/11
校正 2022/02/24
写真 哀しみの翳に宿る光
撮影 2017/01/03(神戸・北野異人館街)