Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§164「ドストエフスキイの生活」 小林秀雄, 1939.

2022-12-09 | Book Reviews
 時間は過去から未来に向かって過ぎ去るものであると思いがちですが、過去であれ未来であれ、それらにいかなる意味や価値をもたらすかは、自らがいかに生きたかによるのかもしれません。

「それは『永遠の現在』とさえ思われて、この奇妙な場所に、僕等は未来への希望に準じて過去を蘇らす」(p.17)

 19世紀のロシア文学の巨匠、ドストエフスキーがそう呼ばれるのはなぜか。彼の作品のみならず、その作品をなぜ生み出したのか。そしてなぜその作品を生み出すことができたのか。そういった問いかけから、存在とはいかなるものであるかを考えるきっかけを与えてくれます。

「彼の注意はすべて人間に向けられていた。街の一般生活の印象、人々の天性や生活に向けられていた」(p.122)

 華々しい作家としてのデビュー以降、逮捕と死刑執行直前の特赦からシベリア流刑、賭博による散財と闘病など、眼を覆いたくなるような出来事や在りようを眼を背けずに睥睨したからこそ、彼の作品は生み出されたような気がします。

「読者は、作者の内的な葛藤に推参し、作者の世界観上の対話に耳を傾ける」(p.163)

 ひょっとしたら、その対話を通じて生きることの意味や価値を考えさせてくれるからこそ、時代を問わず読み継がれ、記された言葉をおのづから分かつことで、過去であれ未来であれ見ている先それぞれに、その世界なるものを自分の物語として存在させているのかもしれません。

「僕等は与えられた歴史事実を見ているのではなく、与えられた資料をきっかけとして、歴史事実を創っているのだから」(p.15)

初稿 2022/12/09
出典「ドストエフスキイの生活」 小林秀雄, 1939.
写真「雲」朝倉文夫, 1941.
撮影 2022/04/23(東京・朝倉彫塑館)