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ロンドンはOld Vic劇場で始まっている「All My Sons」の原作戯曲を読みました。
なぜだかお気に入り俳優が出演とのことで読む戯曲は、これまでシェイクスピアだのギリシャ悲劇だのどうも文化的にも高難度のものだったせいか、
あっさりとすぐに読み終わってしまいました!
というのも舞台が「アメリカのとある町の郊外の家の裏庭」で住人は工場労働者上がりの成り上がり実業家一家ということで会話も(一見)平易。
しかも時は1947年と一応現代なのでアメリカ人にはすぐわかるのだろうけど日本では説明必要、というような単語もそれほど多くありませんでした。
とはいえ、内容はシビアで、
第二次世界大戦に行って戻らない一家の次男と、戦時中に特需でもうけた工場主の主人と息子の死を認めないその妻、元兄の恋人と結婚したい長男クリス、今はクリスの恋人アンの間の、
結婚話のこじれと工場主が裁判でごまかした欠陥品納品の責任とが、
家族のそれぞれの思いが熟し、クリスとアンが結婚したい、となった時から何が何でも反対するクリスの母の謎の言動で話がグチャグチャになっていきます。
結局戦争のはずみで罪を犯した工場主も、善人の部分と子供可愛さ(=家系の大切さ)に苦しむのですが、
一番弱くて善意の人に見せながら、実のところみんなを自分の都合でコントロールしてたのはその奥さんのケイトで、
これから人生の本番に入るという息子とその恋人が、過去のことは胸にしまいながらも未来に向けて足を踏み出すのをとことん執念で邪魔をしイライラしました!
ケイト役のサリー・フィールドが絶対に悪人には見えないのでキャスティングいいですね。
そしてコリン・モーガンのクリスの役というのは、残された不完全な弟という辛い役回り。
でも劇の初めでは、爽やかで純粋でアンを愛してて、と素敵な青年です。
後半も素敵な青年なんですが、母ケイトの呪いが強すぎて、
いつ幸せを求めた結婚をピシャリと握りつぶされるかわからない恐ろしさがありました。
コリンの幸せを妨害しないでほしい!という視点でずっと読んでいたものですから、なんて鬼母だ!と始終ケイトが憎かったですよ。
細かいところで、当時のアメリカ人も女性は男性に依存し、家計に口出ししないよう求められてたんだな、と、しみじみあれからアメリカは変わったんだなあと感じました。
だから母ケイトが家庭を支配して彼女のパラノイアに全員付き合わないといけないのですが、やり方が、父が直接的なのに対して、1歩引いてるようで手綱を握っているという典型的な女房型なんでした。弱さを全面広告で押し出して、みんなが気を使わないとならないよう仕向けるという。怖い怖い。
日本はまだこの70年前のアメリカの女性差別にどっぷりの社会システムが抜けてないよなあとトホホな気分になりました。
1947年でもクリスとアンの世代は彼らのキャラもあるでしょうが、アンは率直で強いし、クリスはお坊ちゃん特有の弱さもあるのだけれど支配的な父母にちゃんと対抗している素敵な息子さんでした。
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