HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

原価率50%は金言?

2017-07-26 06:09:04 | Weblog
 昨年の5月だったか、ユナイテッドアローズが2期連続の営業・経常減益を受けて、新しい施策を発表した。株主向けのリップサービス的側面があったのか、それとも業界やメディアの注目を集めるために多少仰々しく言ったのか。だが、一文だけ見ると、関係者ならみな?と首を傾げるようなものだった。それが以下である。

 「収益性の向上に改めて取り組む。商品力強化に加え、原価率引き下げを引き続き徹底する」

 「収益性の向上に改めて取り組む」というのは、2期連続で減益だったのだから、経営者としては当然の判断である。問題はその次の「商品力強化に加え、原価率引き下げを引き続き徹底する」だ。この一文は、単純に見ても多くの業界人が引っかかったというか、矛盾を感じたのではないかと思う。

 アパレルに限らず一般の製造業でも、原価率を下げるということは、原材料や仕様、製造方法などのグレードやレベルを下げることになる。アパレルでは使う生地を1000円/mのから700円/mにするとか。仕様をフラップポケットから、貼りポケットに替えるとか。工賃を下げるために工場を中国からバングラデシュに切り替えるとかである。

 結果として、商品のレベルと言うか、グレードが下がるのは業界関係者はもちろん、一般の方々でも想像がつくと思う。ファストファッションは徹底して原価率を引き下げることで低価格を実現しているが、途上国の工場が疲弊しているとの話はもはや多くが知るところ。映画のテーマにもなるくらいだから、周知の事実だろう。

 日本国内でもTシャツを縫製するある工場に1枚単価200円で発注の願い出たセレクトショップがあったという話を聞く。200円と言えば、量販店と同じ額。それをロットがそれほど多くないセレクトショップが行うのだから、工場はたまったもんじゃない。ユナイテッドアローズがどれほどの価格で素資材を調達し、縫製工場に発注しているかはわからないが、このセレクトショップに近いことをやろうというのである。

 一方で、商品力を強化するというのは、現実に可能だろうかと、この時は率直に思った。原価率を下げれば、使用する素材も縫製もコストダウンすることになり、実績をもつ有能なスタッフも起用せずに企画デザインに時間をかけたり、スタッフが工場まで出向いてインダストリアル・スペックを詰める手間も、省かざるを得なくなる。だから、商品の品質や企画デザインの面で「クオリティを上げる」という意味の商品力強化は絶対に無理なのだ。

 ユナイテッドアローズは業態にもよるが、自社企画のオリジナルが最高で6割程度に上っている。商品力強化が収益を稼ぐ「売れ筋商品」にさらに磨きをかけるという意味なら、わからないでもない。ただ、円安傾向で原材料や縫製工賃は上昇基調なので、売れ筋商品といえどブラッシュアップするにはカネをかけないと、目に見えた変化や差別化は図れないのではというのが、ニュースリリースが発信されたときの筆者の見解だった。

 アパレルに携わる多くの関係者は、「商品力を強化しながら、原価率を下げる」ことができるなら、業界はここまで悲惨な現状にはなっていないとの思いだろう。実際、ユナイテッドアローズがメディア向けに発表した「矛盾する施策」に手を付けたのか。現に踏み切ったとすれば1年以上たった今、商品はどう変わったのか。逐一、売場をチェックしているわけではないが、見た目には商品がそれほど変わったようには見えないから、何とも言えないという印象である。

 他方、ユナイテッドアローズの?とは、対極にあるわかりやすい施策を施すのが、セレクトショップのステュディオスを展開するトウキョウベースだ。この秋には派生業態の「ステュディオス・シティ」からオリジナルSPAの「シティ」 に転換し、30〜40代の大人の女性向けに高級・上質素材で勝負するウエアを展開するという。
https://senken.co.jp/posts/tokyobase-city-spa

 その目玉と言うべき施策が既存ブランドのユナイテッドトウキョウで行っている「原価率50%の商品づくり」をシティでも踏襲するもので、

 「特に素材を重視し、 使用する素材は小売価格の20%を基準にする。海外ラグジュアリーブランドと同水準の生地を使う」

ということである。ユナイテッドトウキョウは、「ALL MADE IN JAPAN」をコンセプトに躍進している新興ブランド。業界ではメイドインジャパンは、セールスポイントにも業界救済にもならないという意見がある。一方で、百貨店の売場まで海外生産が当たり前になった今、レディス市場ではチープなSPAが幅を利かせることに、「買いたい服がない」と、大人の洋服好きが不満を募らせているのも事実である。
 
 特にリーマンショック以降、SPAは「値ごろ感のある良い商品を提供する」という本来の立ち位置から逸れ、販売ロスと製造コストの上昇を吸収するために、原価率を下げることで乗り切ろうとしてきた。だいぶ前のデータ(販売革新2011年8月号/岐路に立つSPAより抜粋 http://www.fcn.co.jp/02/hankaku1108.html)だが、商品の調達コストの平均値は自社企画・生産手配で2008年が原価率32%であるのに対し、11年には同29.5%と2.5ポイントも低下した。生産を外部に丸投げするOEMでは、同36%から31.5%と、4.5ポイントも低下している。

 結果的に生産は国内から海外に移転し、生地や縫製の劣化、商品の品質低下をエスカレートさせていった。しかし、原価率の圧縮はそれで収まらなかった。今日では大手アパレルの関係者に「百貨店アパレルの平均原価率は20%ぐらい。 一昔前は上代の15%が生地代だった。今はだいたい5%程度に下がっている。だから、おもちゃのような品質の商品になってしまう」と、言わせるまでに堕ちてしまったのである。

 百貨店向けアパレルはファストファッションやグローバルSPAとの競争に巻き込まれ、自社の立ち位置を忘れて原価率の圧縮に走った結果、郊外SCやファッションビルの商品との価格、価値でも勝てなくなった。顧客離れは当然のことで、大量のブランド廃止、大量の店舗閉鎖、希望退職者の募集を余儀なくされている。

 それがビジネス紙誌に「誰がアパレルを殺すのか」という辛辣な企画タイトルを付けられるまでになったのだ。トウキョウベースはメディアがアパレル不振を憂う以前から、現場レベルでの商品の劣化を感じていたのだと思う。だから、冷静に「原価率を上げないと、売れる商品も生み出せない」と決断したのではないか。その入り口がまずはユナイテッドトウキョウのALL MADE IN JAPANだったかと思われる。

 その狙いがアパレルとして正しい否かは別にして、後発企業としてブランドバリュを上げることができたのは間違いない。また、トウキョウベースはユナイテッドトウキョウの原価率50%の商品作りに手応えを得たことで、今回のシティように生地感や品質に目利きのアダルト攻略にフォーカスしたとも言える。

 問題は数字のマジックである。原価率はあくまで上代、いわゆる売価(販売価格)で決まる。売価が1万円程度で原価率が30%と、同5980円で同50%なら、数字上では商品のグレードはほぼ同じだから、価格が安い後者の方が支持されるという理屈になる。ただ、売価には利益の他にマークダウンやセールにおけるロスも含めなければならない。原価率が高い場合、このロス分も考慮してプロパーでの消化率を上げないと、値下げをした時に収益は下がってしまう。だから、一概に単純比較はしづらい。

 また、原価を構成する生地代や縫製工賃は、発注するロットによっても変わってくる。ユナイテッドトウキョウのように店舗数が10店程度では生産量がそれほど多くないから、商品調達のコストは高いはずだ。 当然、 原価率に跳ね返るわけだ。それをストレートに原価率として公表するのはお客を裏切らないスタンスとして評価できるが、利益を確保するために売価を上げると、売れにくくなるのもビジネスの現実である。

 シティはオリジナルSPAで原価率50%を維持し、なおかつ価格も上げるというから、出店を拡大して総ロットを増やすことで、売上げとともに利益も上げていく狙いだと思われる。実に強気な戦略とも言えるが、そうさせるのも大手アパレルがみな原価率の圧縮に走ったことで、価格と価値のバランスを欠いた商品ばかりが出回っているからだろう。

 少なくとも一般の経済紙誌でも、「生地代が5%ではおもちゃのような商品しか作れない」というラジカルな見出しが踊っているのだから、お客もメディアの言説を売場の商品と照らし合わせて、何となく商品が劣化した理由を理解したのではないだろうか。トウキョウベースはそれを逆手にとった戦略を組立てようとしているとも考えられる。

 だからこそ、 シティが打ち出す「原価率50%」「使用素材は小売価格の20%基準」「海外ラグジュアリーブランドと同水準の生地」は、専門店系アパレルではかつて普遍妥当だった真理を巧みに言い当てる「金言」になるかもしれない。おそらく、生地の劣化で商品を買わなくなり、海外サイトで欲しい商品を探している大人の女性客を売場に呼び戻せるきっかけになるのは、間違いないと思う。

 洋服好きの女性とて、日常に着るデイリーウエアやカジュアルは、グローバルSPAで十分だと考える人々が大半だ。しかし、街着、特に仕事の場でも自己主張できる上質な服は今のマーケットにそれほど出回っていない。特にシティが企画する「旬のモードトレンドを盛り込んだ大人服」では、東コレ系では古田泰子氏のトーガがあるが、サカイは尖り過ぎているし、エンフォルドは格が下がり、コレというものがなかなか見当たらない。SPAで全国展開されるのはお客にとって購入機会、場所が広がってありがたい。

 百貨店はコマ不足でジリ貧状態になっているのだが、シティが空白マーケットでどんな存在感を見せてくれるのか。この秋は昨年以上にレディスのキャリア&アダルトを注目してみていきたい。併せて昨年同様、WWDがADペーパーで、どう切り込むかにも興味があるところだが。

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