HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

見直すべきは顧客利益。

2019-08-07 04:30:13 | Weblog
 夏のセールも中だるみする8月初頭、気になるニュースを目にした。衣料品の売上げ不振が続く大手百貨店が「アパレルとの取引を見直したい」との声を上げたというもの。インバウンドが下火になり、コスメが伸びているとは言え、衣料品不振からの脱却は至上命題。できなければ、秋商戦で売上げの見通しは立たない。果たして抜本的な施策が実行され、衣料品不振から脱却できるのか。依然として不安は拭えないのだが。

 今回の見直しについて、三越伊勢丹HDの杉江俊彦社長は、「主力のアパレルメーカー各社の幹部と詰めた話し合いをする」と語り、詳細は明らかにしていない。髙島屋の村田善郎社長は、「売上げ減少が続く中、単なる値入れ交渉では互いに疲弊する」と、具体策についても含みを残す。 

 実際に動きだしたところもある。大丸松坂屋百貨店だ。9月に新装開店する大丸心斎橋店本館において、アパレルは基本的に「定期賃貸借契約」にするという。リーシングするアパレルはテナント扱いとし、売上げに応じた歩率家賃を取る方法だ。海外ブランドやコスメなどは消化仕入れのままで、アパレルはSCと同じ形態になるわけである。

 定期賃貸借は期間を決めてブランドをリーシングするので売れなくなれば、容易に入れ替えることができる。百貨店側は自社の社員を販売に従事させずに済むので、人件費が抑制できる。百貨店はよりデベロッパー色を強めていくことになる。また、予め決めた売上げ目標を超えれば歩合を下げる契約なので、アパレル側は荒利益が好転する。

 ただ、それで衣料品の売上げが向上し、百貨店の経営が改善するかと言えば、そんな甘くはない。そもそも百貨店市場が縮小した原因は、景気低迷による所得低下とミドルクラスの没落、消費マインドの冷え込みや中高価格帯商品の売上げ低迷によるものだ。

 こうした状況下で、百貨店はアパレルに対し、「商品の納入掛け率を切り下げて利幅を広げること」で、売上げ減少分を挽回しようとしたに過ぎない。本来ならば、まず自社の高コスト構造にメスを入れなければならないのに、それには手を付けずアパレルの納入掛け率の切り下げることで、自らの値入れ率を上げることに血道を上げた。

 それがどんな結果をもたらしたのか。掛け率の切り下げは、そのまま商品原価率の圧縮につながった。アパレル側は素資材のコストを下げ、工賃が安いアジアに製造を委託し、原価率は1995年から5年間で10ポイントも低下したと言われる。結局、肝心な商品は「品質の低下」や「お値打ち感の喪失」を招くかたちとなり、百貨店はさらなる顧客離れを引き起こしてしまったのである。

 一方で、2000年に施行された「定期借家法」により、SCや駅ビルに出店する初期投資が従来の5分の1まで減額された。(月額家賃50カ月分の保証金から10カ月分の敷金に)。この時点で、アパレルは百貨店より家賃などの不動産コストを抑制=商品の原価率を上げられて競争力を持ち、集客でSCや駅ビルが優位に立てるかに見えた。

 ところが、デベロッパー側も強かで、保証金の減額分を共益費や販促費という形で歩率家賃に乗せたため、結局はテナントの家賃負担は4ポイントも増加した。また、同年の「大店立地法」施行により、商業施設では営業時間が延長されたことで、アパレルは売上げは伸びないのにコストが増えるというダブルパンチに見舞われた。

 さらに2010年頃からはECが急拡大し、お客は実店舗からECへ購入場所を移していった。ただ、EC事業者が年々手数料を上げており、一部のアパレルは自社EC、自前のプラットフォームに投資し始めている。百貨店を取り巻く環境は商品の品質低下、顧客離れ、規制緩和、そしてECという新たな敵。まさに四面楚歌の状況にある。



顧客の利便性を考えるべき


 これまでの一連の経過を見ると、百貨店側が取引契約の見直す場合、目指すべきは商品の品質向上、お値打ち感を取り戻せるのか、である。それはアパレルが納入掛け率のアップ=商品原価率の向上に踏み込める「契約内容」にかかっている。つまり、お客が店頭に並ぶ商品を実際に手に取って試着した時、「質が良くなった」「お買い得だ」と感じられることが先決なのだ。

 百貨店特有の「鮮度の良い商品」や「売れ筋」を売場に並べる手法も改めなければならない。お客が「色違いありますか」と訊ねると、スタッフは平気で「ストック見てきます」と言う。その度にイラっとさせられるし、VMDに濃淡やメリハリが感じられず、アパレル側が処分したい在庫の販売機会も逸している。

 その割りに百貨店は期末まで色、サイズを欠品させないように、アパレル側には在庫負担を要求する。これでは期末の在庫が膨れあがってしまい、アパレルの収益はますます下がってしまう。そんなアパレルは今、IoTを駆使して生産をどんどん効率化させている。例えば、オーダーのシャツやスーツは典型的で、採寸からお届けまで1週間という短納期が可能。在庫を持たずとも勝負できるようになったのだ。

 D2C(Direct to Customer/百貨店のような流通業者を通さず、メーカーが直接消費者に商品を販売する)を進めている中で、 百貨店はITに資源を投入し、ECやオムニチャンネルにどう与するか。逆にITにできない人間業、実店舗ももつアナログの良さでも、対向する方法もあるだろう。お客はネットで探した商品を売場で試着し、アドバイスやお直しが受けられるサービスを求めている。実店舗の価値が見直されているのだから、百貨店がそれを活用しない手はないはずだ。

 定期賃貸借契約になると、アパレルが在庫の取り寄せ、店頭在庫引き当てなどのためにタブレットの持ち込めるようにしないと、SCや駅ビルとは勝負にならない。昨今のお客はどこまでも賢い。ネット通販で購入すると送料がかかるから、店頭で受け取りたい。こうしたニーズは百貨店としても無視できないと思う。取引見直しは、その先にある顧客の利便性まで想定したものでないと、実効性を欠くのだ。

 筆者が住む福岡市に目を転じると、中心部の天神に「岩田屋」という百貨店がある。同社は1981年、市営地下鉄の開業を当て込んだ再開発ビルの核店舗として「西新岩田屋」を出店した。だが、本店とわずか3km程度しか離れていない無謀な出店となり、オープンから苦戦が続きで、本店の経営破綻と相まって2003年に閉店を余儀なくされた。

 北九州市小倉に本店を置く井筒屋も、2018年7月に経営不振からコレット、黒崎、宇部の3店を閉店すると発表した。この報道でメディアは盛んに地元民の「存続願望」という「郷愁」ばかりを拾い上げた。その影響からか、黒崎井筒屋は家主との交渉で黒字の見通しがたち、この8月1日からは1階から3階に規模を縮小して営業を続けている。

 だが、井筒屋の経営が好転する保証は全く無い。2021年には八幡のスペースワールド跡地にイオンがアウトレットを開業することを考えると、予断を許せない。まして、井筒屋はダイヤモンド社が発表した「年収が低い会社ランキング2019」(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190718-00209076-diamond-bus_all)で、社員の平均年収が約319万円とワースト8位にランク入りしたほどだ。

 おそらく従業員が加入する組合は経営者との労使交渉で、雇用維持の代わりに賃金の減額を受け入れたのではないか。地元経済が低迷し、稼げない街と揶揄される北九州市の現状を考えると、地元での再就職が困難なこともあるだろう。でも、場当たりな延命策は負のスパイラルに陥るとも言え、従業員にとって将来展望などないに等しい。

 一方、西新岩田屋については閉店後、施設はデベロッパーの東京建物がSPC(特別目的会社)で取得したものの、8層のビルをテナントで埋め、運営していくのは容易ではなかった。結局、建物を取り壊して30階建ての高層マンションと低層(地上4階、地下2階)の商業施設に再開発する計画に落ち着き、先に着工していた商業施設「プラリバ」がこの7月26日にオープンした。

 人口が地方都市では異例の増加を続ける福岡市(2010年から5年間に7万4000人以上増加。政令市でダントツの1位。19年6月末現在、住民基本台帳、日本人のみ151万人)とて、天神や博多駅を除けば百貨店どころか、多層の商業ビルすら求められなくなっている。伊勢丹や三越、西武が地方店を閉店する構図は、そのまま福岡市にも当てはまる。なおさら再開発が続く東京では、商業スペースに百貨店の居場所は無いに等しいということである。
 
 百貨店は暖簾と信用で持ってきた。都市部の一等地に立地し、交通アクセスも格段に良かった。中高年には電車やバスに乗って「お買い物に出かける」という消費文化も根付いていた。しかし、時代は移り、消費は変わった。GINZA SIXは、銀座ならではの業態だし、髙島屋SCは新しいお客を集め一定の成果を上げている。これが何を意味するのか。

 かつて雑誌「商業界」で商人道を唱えた倉本長治は、「商売が繁盛するには、お客さん本意に立った行動でしか実現しない」と説いた。果たして大手百貨店の経営者はどう考えているのだろうか。ここは自社の利権を差し置いても、高コスト構造にメスを入れ、顧客利益を最優先した施策に踏み込まなければならないのではないか。

 「商品が良くなった」「店が変わった」となれば、お客は必ずやってくる。どこがその口火を切るのか。秋以降の変化に期待したい。
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