HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

お洒落法の番人。

2021-01-20 07:00:58 | Weblog
 法律というと難解だ。弁護士はとっつきにくい。裁判はできればごめん被りたい。これらが多くの人が抱く司法のイメージだろう。しかし、日本が法治国家である以上、様々なトラブルが発生すれば、その解決は法に則って公正に行われなければならない。そこで、国は司法が国民にとって身近で速くて、頼りがいをあるようにするため、1999年から司法制度改革をスタート。新たなに法テラス、新司法試験と法科大学院、裁判員制度を導入した。

 ところが、国の目論見は大きく外れた。法テラスは紛争解決の拠点と期待されたが、知名度は上がらず過疎地では待遇面から弁護士が不足し、質の向上にもつながっていない。新司法試験は合格者が1999年にそれまでの500人台から一気に1000人、2000年には2000人を突破したものの、逆に新人弁護士の就職難を招く皮肉な状況をもたらしている。

 法科大学院は2006年には政府予想の40校を超える74校が開校し、総定員は5800人余りとなった。その結果、07年の司法試験では合格者1851人で、合格率は40.18%と低迷。合格実績の格差はそのまま大学院側の焦りを生み、考査委員を務める教授による問題漏洩事件にまで発展した。法学系学部を存続させるために法科大学院を開設した地方の国立大もあり、合格率の低迷は進学者数を低下させ、九州では鹿児島大、熊本大が閉校に追い込まれている。



 裁判員制度は、一般国民の感覚や常識を刑事裁判に反映させる目的だったが、「人を裁くことに抵抗がある」「参加をためらう」国民が7割を超えると言われる。国民にとって身近で早くて、頼りがいのある司法の実現には、まだまだ時間がかかるようだ。一方で、一般社会で働いた後に法科大学院で学び、 法曹資格を取得する人は確実に増えている。法曹への門戸が開かれたことを、新たなビジネスチャンスと捉えているのだ。

 筆者が知る弁護士も司法制度改革の中で資格を取得したが、その経歴は異色だ。神戸大学で発達科学を学んだ後に一般企業に就職し、その後インターネット関連で起業を考えた。当時流行りだったネットオークションの事業化では、「古物営業法」に則った許可が必要だと知り、法律知識の重要性を痛切に感じたという。そこで、Web検索で知った地元福岡の法科大学院に進学し、猛勉強の末に法曹資格を取得した。

 弁護士登録後は学内のリーガルクリニックに勤務しながら、地域住民を対象とした無料法律相談会を主催する一方、行政事件にも取り組んでいる。司法試験の受験勉強について聞くと、「明治時代の判例がカタカナ書きだったのに驚いた」と、苦笑する。反面、「法曹資格を取得しようという薬学部出身の女子学生は1日8時間以上勉強していた」と。法科大学院があることで、国家資格のダブル取得へと学生のモチベーションを上げた点は、大学の新たな可能性を開いたと言ってもいいだろう。

脱法行為が渦巻くアパレル業界

 翻って、アパレル業界はどうだろうか。普通に仕事していれば気づかないが、様々な法律問題が潜んでいる。例えば、「意匠権の侵害」だ。意匠とはデザインのこと。形や模様、色彩またはそれらの組み合わせでできたものを指す。法的には登録を受けた意匠、またこれに類似する意匠をあらかじめ指定した商品については、ビジネスを独占的、排他的(他人がそのデザインを真似をすることはできない)に行って利益を得ることができるのだ。

 つまり、登録されたデザインをコピーして商品を製造し販売すれば、意匠権の侵害にあたり、損害賠償を請求される場合がある。国内で争われた事案では、「プリーツ・プリーズ商品形態・差止等請求事件」。イッセイ・ミヤケ社のプリーツ・プリーズを、アパレルメーカーのルルド社が模倣して製造し、名鉄百貨店が販売して両社が収益をあげたことは、意匠権の侵害や不正競争行為に当たると、1999年に東京地裁が判断したものだ。

 最近ではコムデ・ギャルソン社の社員が「古物営業法違反」の疑いで、書類送検されたケースがある。コムデ・ギャルソンの古着3点を仕入れて転売したことは、一度流通市場に乗った物を仕入れて転売する古物営業にあたり、所管の警察署に申請し都道府県公安委員会の許可を受けなければ、違法になる。古着の中に盗品が紛れ込んでいることもあり、その場合に警察が捜査をしやすいよう許可制にしているのだ。

 昨今はネットを利用した物品の販売が浸透しているが、個人が「不要品」を売る場合は「営業」にあたらないため、処罰はされない。しかし、明らかに儲けるために古着や不要品を仕入れて売る行為は別なのだ。海外から古着を輸入する場合は、病害虫や細菌など伝染病の発生を防止するために、今度は「検疫」を受けなければならない。古着屋を始めるにもいろんな法律知識が必須だ。ファッション専門学校でも少しは教えていてもいいのではないかと思う。

 橋下徹元大阪府知事が弁護士を目指したのは、早稲田大学時代のアルバイトがきっかけと語っている。海外から輸入した中古の革ジャンを加工し高値で転売していたが、取引先からもらった手形が不渡りになって代金回収の訴訟を起こすハメになった。この経験から法律知識の必要性を感じ経済学部の学生でありながら、司法試験の勉強を始めたという。

 いろんなトラブルに見舞われた時、多少の法律知識があれば、その後の処理や手続きをスムーズに行え、違法行為は訴えられるから止めようという抑止力を生む。法律を知らないで違法行為をした場合は、その意識を欠いていると解釈されるが、故意(わざと)が成立する場合では、違法性の意識は必要とされない。裁判所が違法だと判断すれば、刑事罰(刑務所への収監など)を与えられ、損害賠償(お金)を請求されるのだから、細心の注意が必要なのだ。


法律事務所が業界のトラブルに対応
 


 社会人から弁護士となると、前職の経験を生かして法律相談における守備範囲を広げることができる。東京の三村小松山縣法律事務所(https://mktlaw.jp)が発足させた「ファッションロー・ユニット」もその一つだ。ファッション産業の発展に寄与する目的で、業界経験をもつメンバーを含めた6人の弁護士が「知的財産権の問題」から「各種契約」、「下請けトラブル」、「海外との交渉事」まで業界で必要な案件のほぼ全てに対応してくれるという。

 アパレル業界では大手が下請けに発注した商品を平気でキャンセルする契約違反は枚挙にいとまがない。企業によっては労務管理が曖昧で、サービス残業が日常茶飯事という話を聞く。大手SPAなどのトップがスタッフにセクハラ行為をした事実もある。店長が売上げ予算を達成したいがため、スタッフにパワハラまがいの言動を吐く光景を筆者は何度も目撃している。

 それは法律知識がないとか、順法精神が乏しいから起こるものではない。やはり、長年の慣習の中で生まれているケースもあるし、川上から川下に物が流れていく構造上、どうしても下手側が優位になる取引スタイルからだ。また、労働集約的産業で個人の力に頼りすぎている面もあるだろう。しかし、時代は変わった。コンプライアンスが叫ばれるようになり、弱者が泣き寝入りすることはないのだ。

 とは言っても、業界の制度面が短期間で充実し、効果を発揮するとは限らない。だからこそ、様々なトラブル案件に対し、法律に則って公正に解決していくことが必要になる。こうした状況から、三村小松山縣法律事務所では、業界特性を踏まえた柔軟なリーガルサービスへの期待は大きいと判断し、ユニットを立ち上げたという。



 注目は弁護士それぞれのキャリアだ。三村氏は裁判長としてプリーツ・プリーズの事件など数々の案件を担当し、弁護士登録後はモデルのメイクなどの著作物性が争われた事件を手がけている。小松氏は現役のカメラマンでありながら、弁護士登録後にはニューヨークのフォーダム大でファッションローを専攻し卒業。かの小室圭氏の留学先でもあるが、ロースクールとしては全米でも超難関校だけに実務能力の高さが窺える。

 海老澤氏は宝島社に勤務後、海外に留学しエル・ジャポンやギンザでは編集者やスタイリストを経験。弁護士登録後はファッション業界の法的な問題を取り扱っている。ついにカメラマンやスタイリストが弁護士も兼ねる時代になったということ。塩川氏は長年、クリエイターなどの法実務に尽力する中で、ブランド管理や商標実務に積極的に関わっている。ニューヨーク州の弁護士資格も持ち、海外取引での契約交渉などに強みを発揮できるようだ。

 ファッションと法律の両方に秀でた面々が揃う。まさに業界での実務経験に法曹資格がドッキングして、様々なトラブル解決には鬼に金棒と言えそうだ。

 筆者も大学の法学部で学んでいるので、業界では景品表示法(折込チラシ持参の方には粗品を進呈。1985年当時は✕)や手形小切手法(隠れたる取立委任裏書)などでは、多少の法律知識を生かすことができた。しかし、ここまでのキャリアとクオリファイには叶わない。というか、アパレルビジネスを近代化する上では、当然必要とされる人材なのだ。

 日本の法科大学院でもファッションローを主要な専攻種目にすれば、女性を中心にもっと進学者が増えるのかもしれない。ただ、地方では研究ソースや知見を持つ教授陣は揃わないだろうが、キャリアアップしたい人が司法試験にどんどん挑む、それでいいと思う。ファッション専門学校でもエディターやプレス以外に、リーガルコースを作る日が来るのだろうか。実現すれば、そこで学ぶ学生が一人でも出てくることを期待して止まない。
コメント
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