先日、以下のニュースが目を引いた。入り衣替えのシーズンになったことで、制服を一新した企業が目立つという。2023年のWBC日本代表として活躍したラーズ・ヌードバー選手をCMに起用したメガネ店の「Zoff(以下、ゾフ)」もその一つ。同社は2018年の秋以来、5年ぶりに店舗スタッフの制服を刷新した。
こちらは「アダストリア」が循環型経済を実現する目的で開発したブランド「オー・ゼロ・ユー」とゾフが協業したもの。制服には持続可能な素材を使用しつつ、多様性の時代に対応すべく制約や枠組みも見直した。同社のコーポレートカラーであるブルーに濃淡をつけたジャケット、エプロン、ベスト、パンツの組み合わせだ。
デザインは、店舗スタッフが担う視力測定などに見られる職人的な仕事から着想し、ビンテージのワークウェアからインスピレーションしたという。公開された写真を見ると、こしのあるギャバ系の素材が使われ縁に地縫いが施されるなど、ヨーロッパ製の古着で見かける仕様になっている。並行してスタッフの身なりでも髪の毛やネイルのルールが緩和され、新しいユニフォームスタイルでも自由なファッションを楽しめる位置付けだそうだ。制服刷新には他にも目的がありそうだが、それについては後述するとする。
ゾフはJins(以下、ジンズ)と並び、度付きメガネが5000円台から買えるようにしたパイオニアだ。商品の企画から製造、販売まで一貫することで低価格を実現する手法は、ユニクロや無印良品と同じSPAシステムだが、ゾフ自体は独自性も打ち出している。例えば、パソコンの長時間使用で目に負担がかかる「ブルーライト」をカットするレンズは追加料金なし。また、自分の好みに合わせてレンズをカスタマイズできる。アパレルブランドとのコラボも人気の一つで、アダストリアと協業できたのもそうした下敷きがあったからだ。
フレームのデザインはそれほど個性的ではないが、逆にかける人を選ばないのが安定した人気の理由と言える。レンズは屈折率1.55(標準型)で統一され、ジンズのようにど近眼向けの超薄型レンズ(屈折率最薄で1.74)があるわけではない。レンズの設計は「球面」のハード&マルチコートで、確かな品質のものが揃っている。最上価格でも20,000円以下で購入できるので、お気に入りのフレームを比較的長くかけたいという人には向いている。
従来のメガネ店はフレームもレンズも高価だったため、一度購入すれば急激に度数が進行しない限り、買い替えるケースは少なかった。反面、定期的なメンテナンスを行うことで、店舗は顧客をがっちり捉えることができたのだ。背景にはフレームもレンズも原価に対して利幅が大きな「高荒利」商品だったことがある。一度、お客に作ってもらえば、非常に儲かる商品だったわけだ。ところが、バブル景気が崩壊し、不況が長引くとアパレル同様にメガネにも価格破壊の波が押し寄せた。
フレームは自社オリジナルのデザイン、レンズは業界規格に則るものの、どちらも海外でのローコスト生産が可能になり、販売価格を抑えることが可能になった。それ以前にもメガネスーパーといった低価格のメガネ専門店はあったが、ゾフやジンズ、眼鏡市場などが参入したことで、ファッションアイテムという位置付けとなり、購入や買い替えのハードルも下がっていった。
老舗メガネ店のある経営者はこう警鐘する。「メガネが視力補正の道具であることは変わらない。専門の技術者によるコンサルティング販売が欠かせないし、高度な付加価値が反映される。そこでは店とお客との間で信頼関係ができ上がるため、顧客商売として成り立ってきた。よく見えてかけ心地がいいなどの機能が大事で、その鍵はレンズが握っている。だが、先にフレームを選んでそれに合うレンズを後から付ける商売がまかり通っている。お客一人一人目の形や瞳の位置が違うのにフレームに合わせたレンズで機能が果たせるわけがない」と。
確かにそれも一理ある。ただ、日本には「国が認めた眼鏡士は存在せず、専門学校や団体等で認定された資格」に過ぎない。さらに格安メガネ店はメガネを「雑貨」ととらえるので、規制を受けずにパートアルバイトでもメガネを作ることができる。それが格安メガネ店の急拡大を促した。高額なメガネを販売してきた専門店の中は、郊外のショッピングセンターなどに格安メガネ店が出店したため、そちらに流れるお客が増えて経営が厳しくなったところもある。一方で、メガネ業界にも競争原理が働いたことで、商品の価格が下がったのも事実。それは消費者にとって好ましいことでもある。
格安メガネ店での勤務を持続可能するには
先の老舗メガネ店の経営者は他店を巻き込んで「眼鏡士の国家資格化」に動き、政治家へのロビー活動を行ったこともあると語っていた。しかし、実現に漕ぎ着けることはできなかった。それはなぜか。国家資格とは特定の人に業務の独占権を与え、それ相応の責任を果たしてもらうもの。公的資格を制度化することで、業務を独占させているわけだ。医師や弁護士、公認会計士、税理士、建築士、また看護師や理・美容師といった職種がそれに当たる。
彼らはそれぞれ専門的な技術や能力を有し、しかも患者の生命や依頼者の財産(預貯金、不動産、美顔、髪や美肌)に関わる仕事をする。無資格なのに医者として手術をされたり、建築士として建物を設計されるなんてのを認めれば、後々とんでもないことになりかねない。だから、それなりの専門性を有し、生命・財産に関わるという2つを満たす仕事に対しては、国が公的資格を与えることで業務を独占することを認めているのだ。
では、眼鏡士も公的資格にして業務独占にした方がいいのか。ゾフも他の格安メガネ店もそうだが、そこにいるスタッフは眼の測定をしたり、眼鏡の加工調整をしたりするが、「レンズの玉擦り」については外部に委託しているケースが多い。だから、眼科医のように眼に疾患があるかどうかを診るのが業務ではない。お客の眼に合うレンズの度数の提案し、メガネのかけ心地などを調製する業務だ。つまり、生命や財産に直接関わるものではないから、業務独占とするほどのものではないと考えられるのだ。
老舗メガネ店が国に要請した眼鏡士の国家資格化が認められなかったのは、こうしたメガネに携わる仕事内容が関係していると思う。ただ、こうも考えることができる。メガネ店の新規参入が増えたことで、競争が激化している。そこでは勝てる店もあれば、負ける店も出てくる。勝つためには優秀な人材を育成し、売上げを右肩上がりで伸ばしていかなければならない。もちろん、スタッフ側のモチベーションアップも必要になる。
では、スタッフの能力の基準、成長の指標をどう判断するか。格安メガネ店の場合、マネージャーや上司から見た接客サービスの能力、顧客化やリピーターの数があるが、これらも至って漠然としているし、流動的で客観視しづらい。会社としてはスタッフの人事考課を平準化し報酬やポストを決めることで、勤務年数を増やしていきながら人材育成に繋げたいはずだ。スタッフ側も自分が成長していることを自覚でき、その対価として報酬がアップしていかなければ、モチベーションは上がらないだろう。
ゾフが制服を刷新したのは、まずは仕事上で身につけるモノをお洒落にし、髪の毛やネイルの規制も緩和することで自由なファッションを楽しみながら、仕事をしてもらおうというもの。そうすることで、勤務の持続可能=スタッフの定着率を高めながら、成長を促そうとの狙いが見てとれる。制服効果がどこまで出るかはわからないが、できることから地道にやっていく点は評価できる。では、その先はどうするべきか、である。
メガネ店としてスタッフの成長度合いを客観的に評価できて、人事考課を標準化していくには、やはり業界内での何らかの資格というか、マイスター的な制度も必要ではないかと思う。それは業務を独占するためではなく、スタッフにできる限り長く仕事をしてもらうことで、スキルの程度が公平かつ客観視できるような仕組みである。つまり、これを持っていれば、「あなたは誰からも評価される優秀なメガネスタッフ」と認められるものである。
奇しくも老舗メガネ店の経営者が国に働きかけた眼鏡士の国家資格化は実現しなかった。だが、格安メガネ店の参入で業界の競争が激化し始めたことがスタッフの高度なスキルを可視化するような制度醸成につながるのは、皮肉である反面良いことだ。
今や全ての企業が脱炭素、SDGsという持続可能な開発目標に取り組み始めている。メガネ業界でも、古くなって使わなくなったメガネの下取りを行うところもある。プラスティックならリサイクルは可能だし、再生素材の使用はトレンドにもなっている。並行して、メガネ店のスタッフにも業務を長く持続してもらい、スキルアップに繋げていくのは企業目標になるのではないか。
モノだけでなく、人間も使い捨てずに大事にする。格安メガネ店は価格戦略だけでなく、有能な人材をいかに育てるか。新たなテーマに取り組まなければならない。制服刷新がそのきっかけになることを期待したい。
こちらは「アダストリア」が循環型経済を実現する目的で開発したブランド「オー・ゼロ・ユー」とゾフが協業したもの。制服には持続可能な素材を使用しつつ、多様性の時代に対応すべく制約や枠組みも見直した。同社のコーポレートカラーであるブルーに濃淡をつけたジャケット、エプロン、ベスト、パンツの組み合わせだ。
デザインは、店舗スタッフが担う視力測定などに見られる職人的な仕事から着想し、ビンテージのワークウェアからインスピレーションしたという。公開された写真を見ると、こしのあるギャバ系の素材が使われ縁に地縫いが施されるなど、ヨーロッパ製の古着で見かける仕様になっている。並行してスタッフの身なりでも髪の毛やネイルのルールが緩和され、新しいユニフォームスタイルでも自由なファッションを楽しめる位置付けだそうだ。制服刷新には他にも目的がありそうだが、それについては後述するとする。
ゾフはJins(以下、ジンズ)と並び、度付きメガネが5000円台から買えるようにしたパイオニアだ。商品の企画から製造、販売まで一貫することで低価格を実現する手法は、ユニクロや無印良品と同じSPAシステムだが、ゾフ自体は独自性も打ち出している。例えば、パソコンの長時間使用で目に負担がかかる「ブルーライト」をカットするレンズは追加料金なし。また、自分の好みに合わせてレンズをカスタマイズできる。アパレルブランドとのコラボも人気の一つで、アダストリアと協業できたのもそうした下敷きがあったからだ。
フレームのデザインはそれほど個性的ではないが、逆にかける人を選ばないのが安定した人気の理由と言える。レンズは屈折率1.55(標準型)で統一され、ジンズのようにど近眼向けの超薄型レンズ(屈折率最薄で1.74)があるわけではない。レンズの設計は「球面」のハード&マルチコートで、確かな品質のものが揃っている。最上価格でも20,000円以下で購入できるので、お気に入りのフレームを比較的長くかけたいという人には向いている。
従来のメガネ店はフレームもレンズも高価だったため、一度購入すれば急激に度数が進行しない限り、買い替えるケースは少なかった。反面、定期的なメンテナンスを行うことで、店舗は顧客をがっちり捉えることができたのだ。背景にはフレームもレンズも原価に対して利幅が大きな「高荒利」商品だったことがある。一度、お客に作ってもらえば、非常に儲かる商品だったわけだ。ところが、バブル景気が崩壊し、不況が長引くとアパレル同様にメガネにも価格破壊の波が押し寄せた。
フレームは自社オリジナルのデザイン、レンズは業界規格に則るものの、どちらも海外でのローコスト生産が可能になり、販売価格を抑えることが可能になった。それ以前にもメガネスーパーといった低価格のメガネ専門店はあったが、ゾフやジンズ、眼鏡市場などが参入したことで、ファッションアイテムという位置付けとなり、購入や買い替えのハードルも下がっていった。
老舗メガネ店のある経営者はこう警鐘する。「メガネが視力補正の道具であることは変わらない。専門の技術者によるコンサルティング販売が欠かせないし、高度な付加価値が反映される。そこでは店とお客との間で信頼関係ができ上がるため、顧客商売として成り立ってきた。よく見えてかけ心地がいいなどの機能が大事で、その鍵はレンズが握っている。だが、先にフレームを選んでそれに合うレンズを後から付ける商売がまかり通っている。お客一人一人目の形や瞳の位置が違うのにフレームに合わせたレンズで機能が果たせるわけがない」と。
確かにそれも一理ある。ただ、日本には「国が認めた眼鏡士は存在せず、専門学校や団体等で認定された資格」に過ぎない。さらに格安メガネ店はメガネを「雑貨」ととらえるので、規制を受けずにパートアルバイトでもメガネを作ることができる。それが格安メガネ店の急拡大を促した。高額なメガネを販売してきた専門店の中は、郊外のショッピングセンターなどに格安メガネ店が出店したため、そちらに流れるお客が増えて経営が厳しくなったところもある。一方で、メガネ業界にも競争原理が働いたことで、商品の価格が下がったのも事実。それは消費者にとって好ましいことでもある。
格安メガネ店での勤務を持続可能するには
先の老舗メガネ店の経営者は他店を巻き込んで「眼鏡士の国家資格化」に動き、政治家へのロビー活動を行ったこともあると語っていた。しかし、実現に漕ぎ着けることはできなかった。それはなぜか。国家資格とは特定の人に業務の独占権を与え、それ相応の責任を果たしてもらうもの。公的資格を制度化することで、業務を独占させているわけだ。医師や弁護士、公認会計士、税理士、建築士、また看護師や理・美容師といった職種がそれに当たる。
彼らはそれぞれ専門的な技術や能力を有し、しかも患者の生命や依頼者の財産(預貯金、不動産、美顔、髪や美肌)に関わる仕事をする。無資格なのに医者として手術をされたり、建築士として建物を設計されるなんてのを認めれば、後々とんでもないことになりかねない。だから、それなりの専門性を有し、生命・財産に関わるという2つを満たす仕事に対しては、国が公的資格を与えることで業務を独占することを認めているのだ。
では、眼鏡士も公的資格にして業務独占にした方がいいのか。ゾフも他の格安メガネ店もそうだが、そこにいるスタッフは眼の測定をしたり、眼鏡の加工調整をしたりするが、「レンズの玉擦り」については外部に委託しているケースが多い。だから、眼科医のように眼に疾患があるかどうかを診るのが業務ではない。お客の眼に合うレンズの度数の提案し、メガネのかけ心地などを調製する業務だ。つまり、生命や財産に直接関わるものではないから、業務独占とするほどのものではないと考えられるのだ。
老舗メガネ店が国に要請した眼鏡士の国家資格化が認められなかったのは、こうしたメガネに携わる仕事内容が関係していると思う。ただ、こうも考えることができる。メガネ店の新規参入が増えたことで、競争が激化している。そこでは勝てる店もあれば、負ける店も出てくる。勝つためには優秀な人材を育成し、売上げを右肩上がりで伸ばしていかなければならない。もちろん、スタッフ側のモチベーションアップも必要になる。
では、スタッフの能力の基準、成長の指標をどう判断するか。格安メガネ店の場合、マネージャーや上司から見た接客サービスの能力、顧客化やリピーターの数があるが、これらも至って漠然としているし、流動的で客観視しづらい。会社としてはスタッフの人事考課を平準化し報酬やポストを決めることで、勤務年数を増やしていきながら人材育成に繋げたいはずだ。スタッフ側も自分が成長していることを自覚でき、その対価として報酬がアップしていかなければ、モチベーションは上がらないだろう。
ゾフが制服を刷新したのは、まずは仕事上で身につけるモノをお洒落にし、髪の毛やネイルの規制も緩和することで自由なファッションを楽しみながら、仕事をしてもらおうというもの。そうすることで、勤務の持続可能=スタッフの定着率を高めながら、成長を促そうとの狙いが見てとれる。制服効果がどこまで出るかはわからないが、できることから地道にやっていく点は評価できる。では、その先はどうするべきか、である。
メガネ店としてスタッフの成長度合いを客観的に評価できて、人事考課を標準化していくには、やはり業界内での何らかの資格というか、マイスター的な制度も必要ではないかと思う。それは業務を独占するためではなく、スタッフにできる限り長く仕事をしてもらうことで、スキルの程度が公平かつ客観視できるような仕組みである。つまり、これを持っていれば、「あなたは誰からも評価される優秀なメガネスタッフ」と認められるものである。
奇しくも老舗メガネ店の経営者が国に働きかけた眼鏡士の国家資格化は実現しなかった。だが、格安メガネ店の参入で業界の競争が激化し始めたことがスタッフの高度なスキルを可視化するような制度醸成につながるのは、皮肉である反面良いことだ。
今や全ての企業が脱炭素、SDGsという持続可能な開発目標に取り組み始めている。メガネ業界でも、古くなって使わなくなったメガネの下取りを行うところもある。プラスティックならリサイクルは可能だし、再生素材の使用はトレンドにもなっている。並行して、メガネ店のスタッフにも業務を長く持続してもらい、スキルアップに繋げていくのは企業目標になるのではないか。
モノだけでなく、人間も使い捨てずに大事にする。格安メガネ店は価格戦略だけでなく、有能な人材をいかに育てるか。新たなテーマに取り組まなければならない。制服刷新がそのきっかけになることを期待したい。