HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

専門店のエレメント。

2019-08-14 06:29:08 | Weblog
 セレクトショップの「ユナイテッド・アローズ(以下UA)」は、今年10月で創業30周年を迎える。それに伴って、キャンペーンや記念アイテムが企画されているが、筆者が注目するのはネットなどで打ち出されているスローガンだ。筆者はこれを専門店経営の根幹、エレメント(条件)と解釈する。 http://taisetsu.united-arrows.co.jp/30th/



 それは何か。1998年にUAのCMに登場したイタリア人画家、ジャンルイジ・トッカフォンドを再起用したビジュアルと呼応させるスローガン「ヒトと モノと ウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること」。業界では、ヒトとは販売や仕入れに携わる「スタッフ」。モノとはアパレルメーカーが製造して同社が仕入れ、または企画する「商品」。そして、ウツワとは商品を販売する拠点、「店舗」と言われる。

 この三つがリンクしなければ、アパレル業界、特にファッション専門店は経営が成り立たないとして、過去から念仏のようにずっと語られて来たのだ。今、この三語は普通に使われ、やや陳腐化して聞こえるが、UAが30周年のキャンペーンに使い、広告会社のサン・アドがビジュアル化すると、すごく新鮮に伝わってくる。ウツワには店舗だけでなく、UAが関わる場所やスポットも加えられている。

 筆者がこの三語を初めて聞いたのは、今から40年近く前。千駄ヶ谷のマンションアパレルでアルバイトをしていた時だ。そこの社長は取引先の専門店経営者やマネージャーから常々聞かされていたからだろうか。「お得意さんの経営を左右するヒト、モノ、ウツワ。うちはそのうち、モノ作りに当たっている。少しでも手を抜けば、専門店さんはたちどころに崩れていく」と、事あるごとに口酸っぱく語っていた。

 と言われても、筆者は大学生。取引先から発注された商品を納品するためにパッキン(段ボール)詰めをしていたに過ぎない。ファッション専門店の経営に必要な条件だと知っても、 当時はどれほど重要なのかを理解する由もない。それが業界に入ると、あちこちから同じことを聞き、業界紙誌で取り上げられているのを目の当たりにして、少しずつ専門店経営の根幹として、重要かつ不可欠な条件なのだと理解していった。

 ファッション専門店にとってヒトとは、単に商品を仕入れ、販売を行うだけではない。バイヤーはアパレルメーカーと直接やり取りするから、自店の方向性にモノ作りが合っているか。クリエーション重視か、数を売っていくのか等々、ケースバイケースで考えきれる思考力やバランス感覚が求められる。

 販売スタッフは売場に並ぶ商品への思い入れを持ち、商品を通じてお客との関係性を深めていかなければならない。表情が魅力的で、セールストークが秀逸だけでなく、プライベートの生活や趣味などが人間性の醸成には重要になる。もちろん、個人の目標やキャリア設計もあるだろう。経営者は営業戦略や店舗体制に鑑み、スタッフの素養や適性を見極めながら、人材として育てていかなければならない。

 モノである商品は、市場には無数のアパレルが存在し、日々あまたが生まれている。だから、専門店は自店のマーケットポジションを知った上で、仕入れた商品を整理し編集していくために、プランニングが必要になる。それは自店に適した商品(適品)を、適した数量(適量)で、適した時季(適時)に、適した場所(適所)に、適した価格(適価)という五適を確保すること。これができて始めて「専門店の商品」になるのだ。

 また、昨今は商品を差別化し、付加価値をつける意味で、「ブランド」というモノがカギを握る。これは価格やグレードを軸にしたものと、ローカル、ドメスティック、グローバルを軸にしたものがあり、カテゴライズされる。例えば、ハイエンドでグローバルなモノと言えば、欧州を中心にラグジュアリーブランドとなり、国内で低価格と言えばユニクロや無印良品の他、チープなブランドになる。

 ただ、中小零細の専門店は、SPA化した大手アパレルのように自社で商品を企画製造ができるわけではない。だから、マスマーケットとターゲットの間を狙うかたちで、自店のポジションにあった商品、ブランド(専門店系アパレルが製造する商品)をチョイスして仕入れ、整理、編集していくことになるのだ。

 そして、ウツワである店舗は、人と商品が存在する空間。一概に店といっても多種多様だ。日本語では店だが、英語ではショップとストアとでニュアンスは異なる。路面、ビルインもあり、ハードがない無店舗、ヒトがいない無人店舗もある。ネット上に設けた店は実際に商品を見ず試着もしない仮装店舗となる。

 店舗は出店コストをかければ、豪華で立派なハコを作ることができるが、商品が売れていくには売場作りやVMDも磨き上げる必要がある。商品を見やすく、手に取りやすく、買いやすくする「陳列」。商品がよく見えるようにコーディネートし、演出して飾る「デコレーション」。店の主張、シーズンテーマ、ブランドのコンセプトなどを明確化する「打ち出し」。これが売場を演出する上で欠かせない三原則だ。

 店の中ではお客を導き入れるための「動線」が重要であり、ゆっくり立ち止まって商品を選べる溜り場も必要になってくる。店の入り口は大きく広い方がお客は入りやすいが、奥まで見通せてしまうと入ってもらえなくなる。店内の3割程度は隠すことで、何かありそうとの期待感を持たせるのだ。また、商品を服種、色サイズ、テイストやキャラクター、シーズン、価格帯などで分類する「ゾーニング」、動線や什器、棚などの位置を決める「レイアウト」も、売場づくりには必須だ。

 そして、VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)を駆使して、お客の視覚に訴える販売演出までしなければ、店は機能しない。商品の特長を訴えたディスプレイだけでなく、商品をより良く見せるためのイメージ演出や売上げにつなげるための環境づくりだ。店のポジションと品揃えの方向性をシンクロさせてつくり上げたVMDこそ、ウツワである店の広がりや奥深さを映し出すのである。

 少々、解説が理屈っぽくなったが、ファッション専門店にとってヒト、モノ、ウツワとはわかっていそうでも、突き詰めきれない究極のエレメントなのだ。筆者がその概念を知って、10年ほど後にUAは産声を上げた。それまでのファッション専門店を進化させ、セレクトショップという新しいスタイルを定着させた「ビームス」から、育ての親の重松理氏、栗野宏文氏らが独立し、ワールドとのジョイントベンチャーとして設立された。

 当初、UAが打ち出したコンセプトは、「21世紀の老舗」だったと思う。それについて重松社長は、「世界に通用する良い店とは品揃え、売場環境、販売スタッフ、顧客……のどれもが、望み得る最高のレベルでそれを達成し、実現する」ようなことを語っていたと記憶している。UAの根幹は、まさにヒト、モノ、ウツワだったのである。

 UAは、創業30周年を機に、改めてセレクトショップを運営していく上で根幹となるエレメントはヒト、モノ、ウツワなのだと、社内外にも訴えかけたいのだと思う。設立当時は、自社が目指すセレクトショップの基準を「ジャパニーズスタンダード」と、定義づけていた。スタンダードは「基準」「規範」という意味。ジャズのスタンダードナンバーのように単に売れた曲、ヒットした曲ではなく、時代を超えてずっと愛され、受け継がれていく曲。そんなショップでありたいという願いが込められていたと思う。



 そして、UA30のキャンペーンサイトを見ると、おそらくサンアドのコピーライターが参画したのか、ヒト、モノ、ウツワの思いを平易な言葉でよりわかりやすく表現している。業界では2020年以降、販売の中枢はAIが担い、お洒落需要の減少で新品市場は追い詰められ、店舗はECに対応するためのショールームとC&C(クリック&コレクト)拠点となると、言われている。そんなビジネス論理がまかり通る中で、ヒト、モノ、ウツワはいたって漠然とし、極めて情緒的だ。

 しかし、セレクトショップがファッション専門店である以上、経営していく上では必ず壁にぶち当たり、経営者には迷いが生まれる。そんな時にこそ、根幹というか原点に返ることが重要なのである。それはヒト、モノ、ウツワについて、何か欠陥や綻びが生じていないか。それを見つけ出して、手当てをする。ファッションビジネスがどう変わっていこうが、セレクトショップを運営している以上、解決の道はこれしかない。

 UAは30周年で、専門店のエレメントを訴えることで、自社においても原理原則を見つめ直そうと自己暗示をかけているのだと思う。時代を超えてずっと愛され、受け継がれていくセレクトショップ。それへの飽くなき追求は、これからも続く。
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