「溺れる者は藁をも掴む」という諺がある。切羽詰まった危機的状況に陥ると、普段は取り合わないような、全く頼りにならないものにまで必死にすがろうとするたとえだ。似た表現には「切ない時は茨も掴む」とか、「人窮すれば天を呼ぶ」がある。
また、意味は異なるが、「背に腹はかえられぬ」は、大事なことのためには他のことを犠牲にするのはやむを得ないというたとえである。
当コラムにしては、ずいぶん高尚な書き出しだが、福岡・天神の商業施設が4月から運用を開始する共通の「デジタルスタンプカード」。そして、それを主導した百貨店がこの諺に当たらずとも遠からじと、感じている。 今回はそれについて書いてみたい。
福岡・天神の商業施設が合同で始めるデジタルスタンプカードとは何か。それは天神を一つのショッピングモールに見立てて「天神ユナイテッド」と名付け、スマートフォンアプリ「ショプリエ」を使用して、お客が500円(税込)を買い物する毎に1スタンプが付与されるものだ。
そのスタンプを15枚集めると「抽選」に参加でき、買い物券などが当たるという。どうやらショッピングに応じてポイントが貯まり、それが次の買い物に利用できるものではないらしい。あくまで抽選で当たった人のみにショッピングでの割引特典が与えられるのである。
会見に臨んだ福岡三越の村上英之社長は、Amazonなどネット通販の台頭に対する危機感からSC(ファッションビル)、商店街と業種、業態の枠を超えて、集客のために手を組まざるを得なくなったことを口にした。
天神ユナイテッは福岡・天神の商業者で構成する「都心界」が実施するもので、メンバーは百貨店の福岡三越をはじめ岩田屋、福岡大丸、商店街の新天町や天神地下街、SCの天神コア、天神ビブレ、ミーナ天神、ソラリアプラザ、ノース天神、福岡パルコ、ヴィオロ、ソラリアステージ、イムズ、スーパーのイオンといった15の施設、その内の8割に当たる約2000店が参加するという。
ネット通販という見えない敵がここまで力を持った今、百貨店連合の大御所とて暖簾やプライドをかなぐり捨てても、他業態や競争相手と手を組んでお客を囲い込まないと、経営に行き詰まってしまうということ。スタンプカードは、そうした覚悟の現れだと思う。SCの責任者や商店街の代表も、程度の差こそあれ同じ思いではないだろうか。
溺れる物(実店舗をもつ百貨店)は、藁(互いにこれまで格下に見ていたSCや商店街)までにすがらないと、ネット通販には対抗できない。また、背(店舗を維持し、競争に生き残る大局的な視野)のためには、腹(目先の売り上げが他業態に奪われる)犠牲くらいは、止む負えないということである。
そうは言っても、今回のスタンプカードは、参加店全店で利用できる共通ポイント制ではない。獲得したスタンプ数に応じた抽選で、買物券などが当たる「都心界共同懸賞」のようなものだ。
共同懸賞は景品表示法で以下のような細かな規制がなされている。
①「サービス事業者が30人以上近接している」
②「景品類の限度最高額は30万円」
③「懸賞に係る売上予定総額の3%」
④「年3回を限度、年間70日の期間内で行うものとする」
である。だから、今回のスタンプカードを共同懸賞と看做した場合、 無秩序に実施できるものではない。
天神という極めて狭いエリア(東西約400m、南北約800m)に商業施設が近接し、新天町や天神地下街だけでも出店する店は30店舗を有に超えるので、①は問題ない。買物券程度ならそれほど高額にならないから、②もクリアする。15施設が参加するので、買い物券程度なら③(売上げ予定総額3%)でも十分だ。
問題は④である。期間は70日を限度に設けなければならない。スタンプカードの詳細が発表されていないから、これ以上は何とも言えないが、法令に従えば常時続けられるわけではない。もっとも、懸賞の特性を考えると、ダラダラと続けても効果は薄いだろう。法令で決められているからではなく、キャンペーン的に期間を絞った方が販促には結びつくと思う。
共同懸賞については、天神地下街が過去に実施したもので、一等当選者には意外に県外在住者が多いことがあった。その理由を九州電力からデベロッパーの天神地下街開発に出向していた知り合いに聞いたことがある。すると、彼は当選データから「県外在住者はせっかく福岡を訪れたのだからと、多額の買い物をする傾向がある。結果として一等が当たる確率も高くなる」と、教えてくれた。
なるほどである。多額の買い物をすれば、その分、抽選券を多くもらえるため、くじを引く回数は増え、一等の当選確率も高くなるわけだ。だとすれば、国内外からの旅行客などを意識し、インバウンドに期待できる春と秋に集中的にキャンペーンを張った方が参加店の存在をアピールできるかもしれない。
品揃え、ブランドは実店舗では限界
ただ、問題はスタンプカードの実効性である。これで本当に商業施設がお客を囲い込め、少しでも売り上げが伸ばせるのか。「抽選で買物券などが当たる」という点は、ポイント制よりも販促効果は確実に下がると思う。なぜなら、お客にとってポイントが付くなら「次に◯◯を購入するとき、ポイントが使える」とリピートを計算できるが、抽選では未確実だからだ。
ポイント制にしなかったのは、西日本鉄道の「ニモカ」をはじめ商業施設ごとに導入されているものがあり、すでに進んだ顧客化を切り崩すのは難しいためだ。「モール」「共同懸賞」はその偶然性に賭け、他店でも購入させるのが狙いだろう。しかし、いくら2000店舗で使えると言っても、天神でしかもモール参加店舗が扱う商品、サービス内容で、お客が欲するモノや必需品がすべて買い揃えられるわけがない。また、そのために天神にわざわざやって来ることも考えにくい。
やはり、利用客は天神とその周辺で働くか、通勤・通学で通行するか、国内外からの旅行客になる。筆者は天神界隈を生活圏にして22年以上になるが、買い物をする店舗はだいたい決まっている。都心界のメンバー、スタンプカードに参加する店舗も入っているはずだが、だからといって今以上に買い物額を増やすとは思えない。
なぜなら、すでに天神に出店する店舗、ブランドの顔ぶれ、取り扱う商品の種別では、自分の消費意欲を満足させきれないからである。2000店舗が参加したモールだろうが、現在、衣食住で天神を利用しているケースは、平均して全消費支出の4分の1もないと思う。すでに半分はネット通販で、残り4分の1は天神周辺の路面店か、それ以外での買い物になる。
たらればの話をするのは恐縮だが、逆に「筆者が女性」なら天神での買い物利用は、7割近くには及ぶだろう。まず、購買単価が高いブランドファッションは試着をしたいから、間違いなく天神に出店しているところを利用する。
リアル年齢で行けば、買うのはやはり大人のモード服。コーディネートを考えるとオンリーブランドでは厳しいので、ストア系にならざるを得ない。普段着兼用で福岡三越ラシックの「マーコート」、ややコンサバに振った福岡大丸エルガーラの「プレインピープル」。これらは今すぐ間違いなく購入する。プレインピープルでは実際に何度が購入したこともある。
40代まで若返ると、ヴィオロの「パドカレ」か、岩田屋の「ワイズ」。パドカレは分社化する前のポップインターナショナルを知っているし、ワイズはヨウジヤマモトより若々しいからだ。30代なら岩田屋の「エンフォルド」、福岡パルコの「ユナイテッド トウキョウ」だろうか。
さらにそれより下ではほとんどがスウィートなものばかりだから難しいが、コンサバ好きのつもりで言うと、天神地下街の「ドゥドゥ」。服飾雑貨は「靴下屋」や「無印良品」「ウンナナクール」、「イムズ」地下のアクセサリーコーナーか。
もともとキャリアアパレルの出身だから、毎シーズン百貨店のドメコン(ドメスティック・コンテンポラリー)には期待するが、どのブランドともパッとしない。セオリーとて、ファストリの意向が働いているのか、だんだんコンサバ寄りになっている。SCのハコやセレクト系もローコストのSPA化が著しく、飛びついて大枚をはたくほどではない。 どうしてもインターナショナルのクリエイティブ系か、上質なモードテイストの服に目が行ってしまう。
日本のブランドにないカッティングが特徴のCOS。キャリアゾーンとしても価格的にも十分に魅力なのだが、何せ横浜で止まったまま。福岡に進出したとしてもおそらく路面展開で、15の商業施設には入らないだろう。
反面、女性であれば服飾以外も買い物する。ドラッグストアで化粧品や雑貨、レストランで友人との会食もあるだろう。洋服含めて天神ユナイテッドで懸賞実施期間に5〜6万円を使えば、スタンプは100から150も貯まるから6〜10回もくじを引ける。それでも、購入はスタンプカードがあるからではなく、単に日常と非日常の買い物をするに過ぎないのである。
男性の購買額は少なくなる。
男性であるが故、如何せんブランドファッションはもう10年以上、天神では購入していない。最後に買ったのは、コムデギャルソン・オムのジャケット。岩田屋のショップで多分、2006年の春くらいだったと思う。
その前に福岡から撤退したヨウジヤマモト・オムからは年に1、2回、岩田屋で開催されるリミテッドショップに誘ってもらえるが、品揃えが限定的で種類も少ないため、どうしても東京出張の折に青山の本店を覗いて、気に入ったものがあれば買うという感じだ。
ただ、ファッションに対する消費意欲が減退したとは、感じない。国内外のメーカーとは懇意にしているし、生地や革を購入してオリジナルで制作するアイテムもある。要は天神では、都会的でエッジの利いた大人の男服がほとんど売っていないからだ。因に筆者が服飾以外で、現在天神を回遊し買い物するものは、以下である。
まず新天町のドラッグストアで事務所の消耗品や医薬品、福岡パルコの「キタノエース」で食材やお菓子(フランスのラ・メール・プラールはここしかない)、ミーナ天神の「ユザワヤ」で材料。岩田屋では食材の他、ギフトや家族向けのお菓子。それは福岡三越もだいたい同じだが、老舗菓子舗の洋菓子部門が岩田屋から撤退し、須崎町の本店か清川のアウトレットまで買いに行かなければならず、非常に不便さを感じている。
ソラリアステージの「ディーン&デルーカ」では調味料などを購入するが、ニューヨーク時代に現地の店舗をしこたま利用したので、あんまり新鮮さは感じない。天神で一番利用する回数、買い物額が多いのは天神地下街の「カルディコーヒーファーム」だ。
東京・吉祥寺にオープンした時からずっと御用達にしている。コーヒーを飲まないので、購入するのはワインや食材、香辛料、家族に頼まれる「ティムタム」のチョコレート、個人的に好きなPBの「宇治抹茶寒天」「しるこバー」。ここにしか置いていない商品があるので、月に2〜3回は利用している。昨年の購入額は有に2万円を超えた。
あとは新店町や天神地下街の書店で、書籍や雑誌を購入するか、100円ショップでとりあえず必要なものを買うくらい。書籍もデザイン関係はAmazonになっている。100円ショップでは、1度に1000円を超えることはない。おそらくスタンプカードには参加しないと思う。
つまり、筆者は天神が生活圏だから、ブランドファッションは全く買わなくても、他のカテゴリーで購入頻度、金額は高くなる。しかし、筆者と同年代でもビジネスマンの購入額は極端に低いのではないか。逆に20代〜30代の男性はファッション衣料を購入するだろうが、彼らこそZOZOTWONや楽天などを利用するケースが多くなるはずだ。まあ、新店町のギャラリーでたまたま懸賞期間中に何十万円もの絵画なんかを購入すれば、クジを引けるかもしれないが。
インターネットで商品を探せば、ワールドワイドの品揃えをたちどころにチェックできる。試着や現物確認ができるできないは別にしても、お客はそれにすっかり慣れてきている。さらに商品に対して目利きがある消費者こそ、天神での買い物離れが徐々に進んでいるのではないか。これはブランドファッションだけでなく、食品から趣味の領域まですべてのカテゴリーに言えると思う。
Amazonなどのネット通販に実店舗が押されている理由は、福岡天神にある商業施設くらいではお客が品揃えの幅や奥行き、ブランドのバリエーション、テイストや価格等々のすべてにおいて選択肢が限られ、満足できなくなっている証しと考える。突き詰めると、天神に買いたい商品がなければ、売れるはずもない。根本の課題はそこにある。
共同懸賞まがいのスタンプ制でお客が簡単に囲い込めて、売上げが維持できるという考えこそ、浅はかさではないのか。というか、モールに参加する店舗の売場スペース、取引先やテナント(ブランド)の顔ぶれで、ネット通販に太刀打ちできるわけがないことは、商業施設のトップなら誰しもわかり切っているはずだ。
どっちにしても、他に手に打ちようがないから、スタンプ制や懸賞でも何でもやるしかないわけだ。藁にもすがる気持ちが滲み出ているのが手に取るようにわかる。
品揃えにデータ活用の嘘。
会見では、「スタンプ利用者の買い物や回遊のデータを施設間で共有し、品揃えやサービスの改善に役立てる」というコメントもあった。買い物データについては、これまでも百貨店やSCが自店のハウスカードを導入するにあたり、購買履歴を活用して買い物客のニーズを把握し、品揃えに反映することには取り組んできたはずである。それで売上げが少しでも好転したのかと言えば、決してそんなことはない。
コンビニやチェーンストアのように購買時点で管理するPOSデータならいざ知らずだ。一大流通業となったイオンですら、客も居らず売れもしていない衣料品売場を未だに残している。ビッグデータを活用できていれば、当の昔に売場をカットしてもおかしくないし、もっと売れるファッション衣料を品揃えできるという理屈になる。
まして、売れなければテナントを入れ替え、自主編集売場すら軌道に乗せられない百貨店やSCである。それらに業種・業態を寄せ集めたモールから得たデータを有効活用できる素地はない。コンサルの受け売りも甚だしいと言える。
この期に置いても、百貨店のトップは「サービスを充実すれば、お客は戻って来る」なんて、化石のような経営論を平気で宣うことに正直驚かされる。お客がサービスに期待してカネを払うのは、もはや高級レストランやホテルの次元だ。
また、ショプリエはアプリを入手し、買い物で利用するには、スマートフォンに位置情報を設定しなければならない。開発したリクルートHDとしては、お客がどういうルートで買い回るかの購買動向を探れるソフトと位置付けているわけだ。天神ユナイテッドも回遊データを分析していく建前なのだろうが、果たして本当に活用できるのか。お客の立場として、行動範囲や買い物情報が第三者に監視されていることの方が怖いのだが。
天神ユナイテッドというモールは一つのハード内にあるわけではないし、仮にデータが生かせたとしても各商業施設にとっていちばん売上げ効果が上がるようにするはずだ。つまり、必ずしもトータルでメリットがあるような店舗配置やハード整備にはつながらないということである。
第一、新店町の各店舗は家主が多いから、回遊データをもとにハード&ソフト整備に投資するくらいなら、テナントに貸して家賃をとった方がはるかに効率が良いというのが本音ではないのか。
お客が天神でカネを落とすのは、ショッピングや食事での利用が主力である以上、メーンターゲットは女性にならざるを得ない。ただ、食事は別にしてファッションではネット通販が浸透しているわけだから、買い物や回遊のデータを収集する前に対抗できる施策を断行すべきではないのか。データを分析してから、策を練るような悠長なことができる状況ではないはずだ。今より多くの買い物をしてもらわないと、お客は懸賞のメリットも享受できないのである。
福岡三越と岩田屋は三越伊勢丹ホールディングス、福岡大丸はJ.フロントリテイリングの傘下である。ならば、伊勢丹にしかないブランド、あるいはギンザシックスで展開されるショップ、それらの商品が各店で試着サービス、さらに購入できるくらいの思いきった施策をとらないと、お客の胸は打たないし、財布の紐も開かない。経営者が「そんなことができるはずがない」と言うなら、もはや勝ち目はないと断言しよう。
モール参加店共同の免税手続きカウンターやWi-Fiの整備、電子決済は、国内外旅行者や出張のビジネスマンにとっては便利かもしれないが、それも買いたくなる商品があっての物だねだ。
福岡市は日本全体が景気低迷を続ける中でも、活発な都市開発やアジアとの交流に支えられて成長が続き、「日本一元気な街」と煽てられてきた。今も地方都市では異例の人口増が続いており、市の人口は筆者が事務所を構えた90年代半ばが約130万人、今年の3月が約157万人だから、毎年1万人以上増え続けていることになる。これは少子高齢の日本で驚異の伸びと言える。
福岡市は開発・メーカー機能がない街だから、物やサービスを売ることでしか、都市経済は成り立たない。人口増による消費の拡大に加え、外国人旅行者によるインバウンドなど、商業・サービス業の面で売り上げが伸びているはずだが、共通スタンプカードの導入は必ずしも地元消費にはつながってはいないことを暗示する。
もともと、福岡・天神は支店経済の中心であり、転勤族のビジネスマン、家族、結婚するOLなどが2〜3年で新陳代謝していく。つまり、商業施設、小売店にとっては顧客化しづらいのだ。また、海外はもとより東京や名古屋、大阪で生活し、消費を経験した人間からすれば、天神の店舗、品揃えでは必ずしも満足できないことも考えられる。
航空会社間のアライアンスを例にあげると、エアチケットを購入して飛行機に搭乗する行為は各社とも同じなので、提携で市場規模を拡大することによりネットワークなどの密度が一定になれば、会社の利益はアップするとの理屈だ。さらに同盟によって顧客の信頼度も増すわけだから、アライアンスそのものがブランド力になると言える。
今回、発表された天神ユナイテッドのロゴマーク、「天神に巨大モール、誕生」 のキャッチコピーも、そうしたあらゆる方面で天神のブランド価値を高める狙いがあると思う。わざわざ、代理店を咬まして子飼いのデザイナーにロゴを作られせたくらいだし。
しかし、モールいう言葉自体がすでに陳腐化しており、米国ではネット通販に押されて廃墟と化した施設が少なくない。逆にニューヨークなどの大都市でも有名ブランドの旗艦店が閉店する始末だ。つまり、既存のマーケットのみを相手にしていたのでは勝負にならないということである。
当のAmazonは躍進を続けるZOZOTOWNすら眼中にないと胸を張る。(https://www.businessinsider.jp/post-164427)それが世界のファッションウォーズの実態であって、天神にある店舗、品揃え、テイストに限りがある以上、スタンプカードによる市場規模の拡大に過度な期待をすれば、結果は火を見るより明らかである。
「買い物の利便性が高い」「コンパクトで回遊しやすい」と言ったところで、買う商品、購入額はお客が決めるのである。根本的に実店舗の価値、求められる品揃えとは何かを考え、「ない商品が買える、画期的なサービスとはこれだ」にしなければ、ネット通販とは勝負にならない。同盟よりも、共倒れになる序曲は始まりつつある。天神ブランドどころか、ロゴマークを作っただけの施策で、終わりそうな予感がしないでもない。
また、意味は異なるが、「背に腹はかえられぬ」は、大事なことのためには他のことを犠牲にするのはやむを得ないというたとえである。
当コラムにしては、ずいぶん高尚な書き出しだが、福岡・天神の商業施設が4月から運用を開始する共通の「デジタルスタンプカード」。そして、それを主導した百貨店がこの諺に当たらずとも遠からじと、感じている。 今回はそれについて書いてみたい。
福岡・天神の商業施設が合同で始めるデジタルスタンプカードとは何か。それは天神を一つのショッピングモールに見立てて「天神ユナイテッド」と名付け、スマートフォンアプリ「ショプリエ」を使用して、お客が500円(税込)を買い物する毎に1スタンプが付与されるものだ。
そのスタンプを15枚集めると「抽選」に参加でき、買い物券などが当たるという。どうやらショッピングに応じてポイントが貯まり、それが次の買い物に利用できるものではないらしい。あくまで抽選で当たった人のみにショッピングでの割引特典が与えられるのである。
会見に臨んだ福岡三越の村上英之社長は、Amazonなどネット通販の台頭に対する危機感からSC(ファッションビル)、商店街と業種、業態の枠を超えて、集客のために手を組まざるを得なくなったことを口にした。
天神ユナイテッは福岡・天神の商業者で構成する「都心界」が実施するもので、メンバーは百貨店の福岡三越をはじめ岩田屋、福岡大丸、商店街の新天町や天神地下街、SCの天神コア、天神ビブレ、ミーナ天神、ソラリアプラザ、ノース天神、福岡パルコ、ヴィオロ、ソラリアステージ、イムズ、スーパーのイオンといった15の施設、その内の8割に当たる約2000店が参加するという。
ネット通販という見えない敵がここまで力を持った今、百貨店連合の大御所とて暖簾やプライドをかなぐり捨てても、他業態や競争相手と手を組んでお客を囲い込まないと、経営に行き詰まってしまうということ。スタンプカードは、そうした覚悟の現れだと思う。SCの責任者や商店街の代表も、程度の差こそあれ同じ思いではないだろうか。
溺れる物(実店舗をもつ百貨店)は、藁(互いにこれまで格下に見ていたSCや商店街)までにすがらないと、ネット通販には対抗できない。また、背(店舗を維持し、競争に生き残る大局的な視野)のためには、腹(目先の売り上げが他業態に奪われる)犠牲くらいは、止む負えないということである。
そうは言っても、今回のスタンプカードは、参加店全店で利用できる共通ポイント制ではない。獲得したスタンプ数に応じた抽選で、買物券などが当たる「都心界共同懸賞」のようなものだ。
共同懸賞は景品表示法で以下のような細かな規制がなされている。
①「サービス事業者が30人以上近接している」
②「景品類の限度最高額は30万円」
③「懸賞に係る売上予定総額の3%」
④「年3回を限度、年間70日の期間内で行うものとする」
である。だから、今回のスタンプカードを共同懸賞と看做した場合、 無秩序に実施できるものではない。
天神という極めて狭いエリア(東西約400m、南北約800m)に商業施設が近接し、新天町や天神地下街だけでも出店する店は30店舗を有に超えるので、①は問題ない。買物券程度ならそれほど高額にならないから、②もクリアする。15施設が参加するので、買い物券程度なら③(売上げ予定総額3%)でも十分だ。
問題は④である。期間は70日を限度に設けなければならない。スタンプカードの詳細が発表されていないから、これ以上は何とも言えないが、法令に従えば常時続けられるわけではない。もっとも、懸賞の特性を考えると、ダラダラと続けても効果は薄いだろう。法令で決められているからではなく、キャンペーン的に期間を絞った方が販促には結びつくと思う。
共同懸賞については、天神地下街が過去に実施したもので、一等当選者には意外に県外在住者が多いことがあった。その理由を九州電力からデベロッパーの天神地下街開発に出向していた知り合いに聞いたことがある。すると、彼は当選データから「県外在住者はせっかく福岡を訪れたのだからと、多額の買い物をする傾向がある。結果として一等が当たる確率も高くなる」と、教えてくれた。
なるほどである。多額の買い物をすれば、その分、抽選券を多くもらえるため、くじを引く回数は増え、一等の当選確率も高くなるわけだ。だとすれば、国内外からの旅行客などを意識し、インバウンドに期待できる春と秋に集中的にキャンペーンを張った方が参加店の存在をアピールできるかもしれない。
品揃え、ブランドは実店舗では限界
ただ、問題はスタンプカードの実効性である。これで本当に商業施設がお客を囲い込め、少しでも売り上げが伸ばせるのか。「抽選で買物券などが当たる」という点は、ポイント制よりも販促効果は確実に下がると思う。なぜなら、お客にとってポイントが付くなら「次に◯◯を購入するとき、ポイントが使える」とリピートを計算できるが、抽選では未確実だからだ。
ポイント制にしなかったのは、西日本鉄道の「ニモカ」をはじめ商業施設ごとに導入されているものがあり、すでに進んだ顧客化を切り崩すのは難しいためだ。「モール」「共同懸賞」はその偶然性に賭け、他店でも購入させるのが狙いだろう。しかし、いくら2000店舗で使えると言っても、天神でしかもモール参加店舗が扱う商品、サービス内容で、お客が欲するモノや必需品がすべて買い揃えられるわけがない。また、そのために天神にわざわざやって来ることも考えにくい。
やはり、利用客は天神とその周辺で働くか、通勤・通学で通行するか、国内外からの旅行客になる。筆者は天神界隈を生活圏にして22年以上になるが、買い物をする店舗はだいたい決まっている。都心界のメンバー、スタンプカードに参加する店舗も入っているはずだが、だからといって今以上に買い物額を増やすとは思えない。
なぜなら、すでに天神に出店する店舗、ブランドの顔ぶれ、取り扱う商品の種別では、自分の消費意欲を満足させきれないからである。2000店舗が参加したモールだろうが、現在、衣食住で天神を利用しているケースは、平均して全消費支出の4分の1もないと思う。すでに半分はネット通販で、残り4分の1は天神周辺の路面店か、それ以外での買い物になる。
たらればの話をするのは恐縮だが、逆に「筆者が女性」なら天神での買い物利用は、7割近くには及ぶだろう。まず、購買単価が高いブランドファッションは試着をしたいから、間違いなく天神に出店しているところを利用する。
リアル年齢で行けば、買うのはやはり大人のモード服。コーディネートを考えるとオンリーブランドでは厳しいので、ストア系にならざるを得ない。普段着兼用で福岡三越ラシックの「マーコート」、ややコンサバに振った福岡大丸エルガーラの「プレインピープル」。これらは今すぐ間違いなく購入する。プレインピープルでは実際に何度が購入したこともある。
40代まで若返ると、ヴィオロの「パドカレ」か、岩田屋の「ワイズ」。パドカレは分社化する前のポップインターナショナルを知っているし、ワイズはヨウジヤマモトより若々しいからだ。30代なら岩田屋の「エンフォルド」、福岡パルコの「ユナイテッド トウキョウ」だろうか。
さらにそれより下ではほとんどがスウィートなものばかりだから難しいが、コンサバ好きのつもりで言うと、天神地下街の「ドゥドゥ」。服飾雑貨は「靴下屋」や「無印良品」「ウンナナクール」、「イムズ」地下のアクセサリーコーナーか。
もともとキャリアアパレルの出身だから、毎シーズン百貨店のドメコン(ドメスティック・コンテンポラリー)には期待するが、どのブランドともパッとしない。セオリーとて、ファストリの意向が働いているのか、だんだんコンサバ寄りになっている。SCのハコやセレクト系もローコストのSPA化が著しく、飛びついて大枚をはたくほどではない。 どうしてもインターナショナルのクリエイティブ系か、上質なモードテイストの服に目が行ってしまう。
日本のブランドにないカッティングが特徴のCOS。キャリアゾーンとしても価格的にも十分に魅力なのだが、何せ横浜で止まったまま。福岡に進出したとしてもおそらく路面展開で、15の商業施設には入らないだろう。
反面、女性であれば服飾以外も買い物する。ドラッグストアで化粧品や雑貨、レストランで友人との会食もあるだろう。洋服含めて天神ユナイテッドで懸賞実施期間に5〜6万円を使えば、スタンプは100から150も貯まるから6〜10回もくじを引ける。それでも、購入はスタンプカードがあるからではなく、単に日常と非日常の買い物をするに過ぎないのである。
男性の購買額は少なくなる。
男性であるが故、如何せんブランドファッションはもう10年以上、天神では購入していない。最後に買ったのは、コムデギャルソン・オムのジャケット。岩田屋のショップで多分、2006年の春くらいだったと思う。
その前に福岡から撤退したヨウジヤマモト・オムからは年に1、2回、岩田屋で開催されるリミテッドショップに誘ってもらえるが、品揃えが限定的で種類も少ないため、どうしても東京出張の折に青山の本店を覗いて、気に入ったものがあれば買うという感じだ。
ただ、ファッションに対する消費意欲が減退したとは、感じない。国内外のメーカーとは懇意にしているし、生地や革を購入してオリジナルで制作するアイテムもある。要は天神では、都会的でエッジの利いた大人の男服がほとんど売っていないからだ。因に筆者が服飾以外で、現在天神を回遊し買い物するものは、以下である。
まず新天町のドラッグストアで事務所の消耗品や医薬品、福岡パルコの「キタノエース」で食材やお菓子(フランスのラ・メール・プラールはここしかない)、ミーナ天神の「ユザワヤ」で材料。岩田屋では食材の他、ギフトや家族向けのお菓子。それは福岡三越もだいたい同じだが、老舗菓子舗の洋菓子部門が岩田屋から撤退し、須崎町の本店か清川のアウトレットまで買いに行かなければならず、非常に不便さを感じている。
ソラリアステージの「ディーン&デルーカ」では調味料などを購入するが、ニューヨーク時代に現地の店舗をしこたま利用したので、あんまり新鮮さは感じない。天神で一番利用する回数、買い物額が多いのは天神地下街の「カルディコーヒーファーム」だ。
東京・吉祥寺にオープンした時からずっと御用達にしている。コーヒーを飲まないので、購入するのはワインや食材、香辛料、家族に頼まれる「ティムタム」のチョコレート、個人的に好きなPBの「宇治抹茶寒天」「しるこバー」。ここにしか置いていない商品があるので、月に2〜3回は利用している。昨年の購入額は有に2万円を超えた。
あとは新店町や天神地下街の書店で、書籍や雑誌を購入するか、100円ショップでとりあえず必要なものを買うくらい。書籍もデザイン関係はAmazonになっている。100円ショップでは、1度に1000円を超えることはない。おそらくスタンプカードには参加しないと思う。
つまり、筆者は天神が生活圏だから、ブランドファッションは全く買わなくても、他のカテゴリーで購入頻度、金額は高くなる。しかし、筆者と同年代でもビジネスマンの購入額は極端に低いのではないか。逆に20代〜30代の男性はファッション衣料を購入するだろうが、彼らこそZOZOTWONや楽天などを利用するケースが多くなるはずだ。まあ、新店町のギャラリーでたまたま懸賞期間中に何十万円もの絵画なんかを購入すれば、クジを引けるかもしれないが。
インターネットで商品を探せば、ワールドワイドの品揃えをたちどころにチェックできる。試着や現物確認ができるできないは別にしても、お客はそれにすっかり慣れてきている。さらに商品に対して目利きがある消費者こそ、天神での買い物離れが徐々に進んでいるのではないか。これはブランドファッションだけでなく、食品から趣味の領域まですべてのカテゴリーに言えると思う。
Amazonなどのネット通販に実店舗が押されている理由は、福岡天神にある商業施設くらいではお客が品揃えの幅や奥行き、ブランドのバリエーション、テイストや価格等々のすべてにおいて選択肢が限られ、満足できなくなっている証しと考える。突き詰めると、天神に買いたい商品がなければ、売れるはずもない。根本の課題はそこにある。
共同懸賞まがいのスタンプ制でお客が簡単に囲い込めて、売上げが維持できるという考えこそ、浅はかさではないのか。というか、モールに参加する店舗の売場スペース、取引先やテナント(ブランド)の顔ぶれで、ネット通販に太刀打ちできるわけがないことは、商業施設のトップなら誰しもわかり切っているはずだ。
どっちにしても、他に手に打ちようがないから、スタンプ制や懸賞でも何でもやるしかないわけだ。藁にもすがる気持ちが滲み出ているのが手に取るようにわかる。
品揃えにデータ活用の嘘。
会見では、「スタンプ利用者の買い物や回遊のデータを施設間で共有し、品揃えやサービスの改善に役立てる」というコメントもあった。買い物データについては、これまでも百貨店やSCが自店のハウスカードを導入するにあたり、購買履歴を活用して買い物客のニーズを把握し、品揃えに反映することには取り組んできたはずである。それで売上げが少しでも好転したのかと言えば、決してそんなことはない。
コンビニやチェーンストアのように購買時点で管理するPOSデータならいざ知らずだ。一大流通業となったイオンですら、客も居らず売れもしていない衣料品売場を未だに残している。ビッグデータを活用できていれば、当の昔に売場をカットしてもおかしくないし、もっと売れるファッション衣料を品揃えできるという理屈になる。
まして、売れなければテナントを入れ替え、自主編集売場すら軌道に乗せられない百貨店やSCである。それらに業種・業態を寄せ集めたモールから得たデータを有効活用できる素地はない。コンサルの受け売りも甚だしいと言える。
この期に置いても、百貨店のトップは「サービスを充実すれば、お客は戻って来る」なんて、化石のような経営論を平気で宣うことに正直驚かされる。お客がサービスに期待してカネを払うのは、もはや高級レストランやホテルの次元だ。
また、ショプリエはアプリを入手し、買い物で利用するには、スマートフォンに位置情報を設定しなければならない。開発したリクルートHDとしては、お客がどういうルートで買い回るかの購買動向を探れるソフトと位置付けているわけだ。天神ユナイテッドも回遊データを分析していく建前なのだろうが、果たして本当に活用できるのか。お客の立場として、行動範囲や買い物情報が第三者に監視されていることの方が怖いのだが。
天神ユナイテッドというモールは一つのハード内にあるわけではないし、仮にデータが生かせたとしても各商業施設にとっていちばん売上げ効果が上がるようにするはずだ。つまり、必ずしもトータルでメリットがあるような店舗配置やハード整備にはつながらないということである。
第一、新店町の各店舗は家主が多いから、回遊データをもとにハード&ソフト整備に投資するくらいなら、テナントに貸して家賃をとった方がはるかに効率が良いというのが本音ではないのか。
お客が天神でカネを落とすのは、ショッピングや食事での利用が主力である以上、メーンターゲットは女性にならざるを得ない。ただ、食事は別にしてファッションではネット通販が浸透しているわけだから、買い物や回遊のデータを収集する前に対抗できる施策を断行すべきではないのか。データを分析してから、策を練るような悠長なことができる状況ではないはずだ。今より多くの買い物をしてもらわないと、お客は懸賞のメリットも享受できないのである。
福岡三越と岩田屋は三越伊勢丹ホールディングス、福岡大丸はJ.フロントリテイリングの傘下である。ならば、伊勢丹にしかないブランド、あるいはギンザシックスで展開されるショップ、それらの商品が各店で試着サービス、さらに購入できるくらいの思いきった施策をとらないと、お客の胸は打たないし、財布の紐も開かない。経営者が「そんなことができるはずがない」と言うなら、もはや勝ち目はないと断言しよう。
モール参加店共同の免税手続きカウンターやWi-Fiの整備、電子決済は、国内外旅行者や出張のビジネスマンにとっては便利かもしれないが、それも買いたくなる商品があっての物だねだ。
福岡市は日本全体が景気低迷を続ける中でも、活発な都市開発やアジアとの交流に支えられて成長が続き、「日本一元気な街」と煽てられてきた。今も地方都市では異例の人口増が続いており、市の人口は筆者が事務所を構えた90年代半ばが約130万人、今年の3月が約157万人だから、毎年1万人以上増え続けていることになる。これは少子高齢の日本で驚異の伸びと言える。
福岡市は開発・メーカー機能がない街だから、物やサービスを売ることでしか、都市経済は成り立たない。人口増による消費の拡大に加え、外国人旅行者によるインバウンドなど、商業・サービス業の面で売り上げが伸びているはずだが、共通スタンプカードの導入は必ずしも地元消費にはつながってはいないことを暗示する。
もともと、福岡・天神は支店経済の中心であり、転勤族のビジネスマン、家族、結婚するOLなどが2〜3年で新陳代謝していく。つまり、商業施設、小売店にとっては顧客化しづらいのだ。また、海外はもとより東京や名古屋、大阪で生活し、消費を経験した人間からすれば、天神の店舗、品揃えでは必ずしも満足できないことも考えられる。
航空会社間のアライアンスを例にあげると、エアチケットを購入して飛行機に搭乗する行為は各社とも同じなので、提携で市場規模を拡大することによりネットワークなどの密度が一定になれば、会社の利益はアップするとの理屈だ。さらに同盟によって顧客の信頼度も増すわけだから、アライアンスそのものがブランド力になると言える。
今回、発表された天神ユナイテッドのロゴマーク、「天神に巨大モール、誕生」 のキャッチコピーも、そうしたあらゆる方面で天神のブランド価値を高める狙いがあると思う。わざわざ、代理店を咬まして子飼いのデザイナーにロゴを作られせたくらいだし。
しかし、モールいう言葉自体がすでに陳腐化しており、米国ではネット通販に押されて廃墟と化した施設が少なくない。逆にニューヨークなどの大都市でも有名ブランドの旗艦店が閉店する始末だ。つまり、既存のマーケットのみを相手にしていたのでは勝負にならないということである。
当のAmazonは躍進を続けるZOZOTOWNすら眼中にないと胸を張る。(https://www.businessinsider.jp/post-164427)それが世界のファッションウォーズの実態であって、天神にある店舗、品揃え、テイストに限りがある以上、スタンプカードによる市場規模の拡大に過度な期待をすれば、結果は火を見るより明らかである。
「買い物の利便性が高い」「コンパクトで回遊しやすい」と言ったところで、買う商品、購入額はお客が決めるのである。根本的に実店舗の価値、求められる品揃えとは何かを考え、「ない商品が買える、画期的なサービスとはこれだ」にしなければ、ネット通販とは勝負にならない。同盟よりも、共倒れになる序曲は始まりつつある。天神ブランドどころか、ロゴマークを作っただけの施策で、終わりそうな予感がしないでもない。