先日の記事で「少なくとも言える事は今日から8月17日頃までについて、個人的には特に注目している、と言う事です。」と書いたらその後すぐに目立つ地震が発生しました。
北半球ではなかったのですが次の通りです。
引用開始(一部抜粋)
https://news.goo.ne.jp/article/afpbb/world/afpbb-3185021.html
インドネシア・ロンボク島でM6.9の地震 82人死亡、数百人負傷
【AFP=時事】(更新)インドネシアの観光地ロンボク島で5日、マグニチュード6.9の大規模な地震が発生し、国家災害対策庁の報道官は翌6日、82人が死亡、数百人が負傷したと発表した。この地震により家屋が損壊し、観光客や地元住民がパニックに陥った。
当局は先の発表では、死者37人、負傷者数十人としていた。
引用終了
インドネシアは大地震が多い国なのに何故犠牲者が多かったのか?と言うと、ロンボク島は大地震があまり無いエリアだからのようです。
EMSCのデータは2004年の途中からですが、ロンボク島エリアで発生したM5以上の地震は次の通りです。
引用開始(一部抜粋)
https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes
2018-08-05 16:49:43.5
6hr 28min ago
8.23 S 116.25 E 26 5.0 LOMBOK REGION, INDONESIA
2018-08-05 12:49:55.5
10hr 27min ago
8.40 S 116.16 E 40 5.4 LOMBOK REGION, INDONESIA
2018-08-05 11:46:37.3
11hr 31min ago
8.32 S 116.46 E 33 6.9 LOMBOK REGION, INDONESIA
2018-07-29 01:50:31.8 8.34 S 116.47 E 10 5.3 LOMBOK REGION, INDONESIA
2018-07-28 23:06:49.2 8.28 S 116.51 E 10 5.4 LOMBOK REGION, INDONESIA
2018-07-28 22:47:37.4 8.34 S 116.48 E 10 6.4 LOMBOK REGION, INDONESIA
2013-06-22 05:42:36.0 8.38 S 116.03 E 15 5.2 LOMBOK REGION, INDONESIA
2012-08-09 11:04:25.0 8.87 S 116.35 E 119 5.3 LOMBOK REGION, INDONESIA
2007-10-04 14:28:37.7 8.27 S 116.86 E 30 5.7 LOMBOK REGION, INDONESIA
引用終了
このロンボク島ですが、以前に記事にしたリンジャニ山が有ります。
最近の噴火はと言うと、
引用開始 2件(一部抜粋)
https://toyokeizai.net/articles/-/91127
バリ付近の島にあるリンジャニ山が噴火
2つの空港が閉鎖
ロイター
2015/11/04 12:35
https://earthreview.net/389-tourists-missing-after-rinjani-volcano-eruption/
インドネシアのリンジャニ山が近年最強の噴火:観光客300人以上が消息不明
投稿日:2016年10月1日
引用終了
2012年と2013年にロンボク島でM5以上の地震が有り、2015年から噴火が始まり、2016年には近年最強の噴火が有ったとの事で、このパターンが再現されるのかどうかはわかりませんが、仮に再現されるとした場合、今回は2度M6以上の地震、4度のM5代の地震が有った事から噴火も大規模になるのかどうか、と言う点が気になります。
それでこの火山がどのようなものかと言うと、
引用開始(一部抜粋)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E5%B1%B1
リンジャニ火山の活動におけるカルデラの形成は、13世紀の噴火によるものが初回と考えられ[3]、10km3のマグマに相当する火砕物が噴出し、直径6×8kmのカルデラを形成した[3][4]。
この1257年に起きた噴火は、過去3700年間に起きた噴火では最大規模と推定されている[5]。また、中世ヨーロッパの記録文書には、この噴火の翌年の1258年の夏は異常低温で(夏のない年)、大雨による洪水が頻発したことにより農作物が不作だったという記述がある[5]。
引用終了
世界の気温を下げたと言う程の噴火が有ったようです。
更に調べると日本でも翌年やその後に寒冷化が有った記録が残っています。
この前後期間も気になるので合わせて見ると、次の通りでした。
引用開始(一部抜粋)
http://www.nagai-bunko.com/shuushien/tenpen/ihen02.htm
1247(宝治 1)年
3月13日 地震あり。(百錬抄16)
6月 5日 鎌倉と常陸に雪が降る(あるいは翌年か)。(本朝年代記26)
6月 9日 地震あり。(編年記25)
6月10日 地震、19日にも地震あり。(百錬抄16)
10月28日 大地震。(吾妻鏡38)
11月26日 大地震。(吾妻鏡38)
1250(建長 2)年
5月 涼気のため、人多く綿を着る。(岡屋関白記 3)
7月18日 大地震あり。余震数十回。(吾妻鏡40)
1251(建長 3)年
1月19日 2回地震あり。(百錬抄16)
6月26日 氷雨が降り、冷気冬の如し。(吾妻鏡41)
7月18日 鎌倉に雪が降る。26日、翌8月3日にも雪。(本朝年代記)
9月17日 地震あり。(岡屋関白記 2)
10月23日 鎌倉で地震あり。(吾妻鏡41)
1252(建長 4)年
5月 7日 鎌倉で地震あり。(吾妻鏡42)
7月23日 鎌倉で大地震。(吾妻鏡42)
1253(建長 5)年
2月25日 午刻地震あり。(吾妻鏡43)
4月 3日 申刻雷雨、地震あり。(吾妻鏡43)
6月 3日 大地震あり。10日にも大地震があり、余震2回。(武家年代記下)(吾妻鏡43)
9月16日 地震あり。17日とも言う。(百錬抄16)
1254(建長 6)年
2月19日 地震あり。(百錬抄17)
閏5月11日 地震。19日にも地震あり。(歴代皇紀 4)
12月12日 地震あり。(歴代皇紀 4)
1255(建長 7)年
12月12日 地震あり。6年とも言われる。(皇年代略記)
1257(正嘉 1)年
2月23日 大地震あり。社、舎、堂倒壊。火災により焼死者あり。地割れで涌水あり。(和漢合運指掌図)(本朝年代記 2)
5月18日 子刻大地震あり。(吾妻鏡47)
8月23日 戌刻大地震あり。神社仏閣破損多数。山崩れ、家屋倒壊、地割れ涌水あり。
中下馬橋辺の地面が割れ青い炎が上がる。祈祷を行う。(吾妻鏡47)(本朝地震記)(24日説:如是院年代記)
9月 4日 地震あり。先月の地震の余震か。(吾妻鏡47)
11月 8日 鎌倉で大地震。(吾妻鏡47)
1258(正嘉 2)年
4月22日 地震あり。(吾妻鏡48)
6月24日 寒気、冬の如し。(吾妻鏡48)(暦仁以来年代記)
12月16日 地震あり。(吾妻鏡48)
1259(正元 1)年
3月12日 地震あり。(一代要記88)
1260(文応 1)年
3月25日 地震あり。(吾妻鏡49)
8月 5日 地震あり。(吾妻鏡49)
1263(弘長 3)年
6月16日 冷気秋天の如し。諸人綿衣を纏う。(吾妻鏡51)
引用終了
1258年と1263年に気温低下が有った事がわかります。後者の方はリンジャニ山の噴火が原因かどうかはわかりません。
これとは別に上記資料では鎌倉で大地震が多かった事が気になります。
1258年のは正嘉地震 です。
相模トラフの地震は1923年の関東大震災で既にストレスが解消されている部分が多いと思われるので全く同じパターンが繰り返すかどうかは疑問ですが、ストレスの解消残りが果たしてどれだけ有るのかは全容が把握できません。
寒冷化、大地震共に今後はどうなるでしょうか。