売れないミュージシャンのジャック(ヒメーシュ・パテル)が引退を決意した夜、世界中で謎の停電が発生。その渦中で交通事故に遭ったジャックが目覚めると、何とビートルズが存在しないことになっていた。世界中で唯一ビートルズの曲を知る存在となったジャックが、彼らの曲を歌うことで注目され、メジャーデビューの話が舞い込む。
監督ダニー・ボイル、脚本リチャード・カーティスによる何とも愉快なパラレルワールド話。カーティス作品としては、あり得ない話という点でタイムトラベルを扱った『アバウト・タイム』(13)と通じるところもあるが、大元は主人公が自分のいなかった世界を見るフランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』(46)ではないかと思った。
ボイル監督が「これはビートルズへのラブレターだ」と語るように、この世にビートルズがいなかったら…という大胆な発想を描くことで、逆にジャックが歌うビートルズの曲が新鮮に聴こえ、改めてビートルズの素晴らしさを知らしめる効果がある。だから、エンディングに流れる“本物のビートルズの「ヘイ・ジュード」”を聴くと、彼らがいてくれて本当によかったと実感させられて、思わずホロリとするのだ。
奇しくも、1969年のハリウッドのパラレルワールドを描いたタランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も近々公開されるが、こうしたことを現出させられるのが映画ならではの芸当に他ならない。ミュージシャンのエド・シーランが本人役で登場するお遊びも面白いが、ジャックを献身的にサポートするエリ―(リリー・ジェームズ)がかわいい。
以前、過去へのタイムトラベルを描いたジャック・フィニイの『ふりだしに戻る』を読んだ時に、ビートルズのいない時代に行くのは嫌だなあ、と感じたことを思い出した。