『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(95)(1995.12.21.松竹試写室)
いよいよ最後との噂がしきりにささやかれ、しかもリリー(浅丘ルリ子)の登場である。となると、辛抱たまらず試写室に駆けつけてしまった。そして、ラストシーンは当初の予定からは変えていたようだが、このまま終わってもいいなあ、と思わせる出来だった。
何より、長らくシリーズを支えてきた撮影の高羽哲夫の死や、音楽の山本直純の息子へのバトンタッチによって、いよいよ山田洋次も腹をくくったのだろう。それがリリー四度目の登板と、満男(吉岡秀隆)と泉(後藤久美子)の恋の成就につながったはずだ。
寅さん=渥美清をはじめ、レギュラー陣の老けぶりは、もはや見ていてつらく耐え難いものがあるのだが、つい最近も、心が疲れた時に、このシリーズが与えてくれる効用に気づかされてしまった。だから、正直なところ、これ以上老体をさらしてほしくないと思う半面、その存在が消えたらやはり寂しいだろうなあ、という二律背反する思いが行きつ戻りつしている。
ただ、くしの歯をひくように、レギュラー陣が一人ずつ消えていくのを見るのも寂しい。ここはもう自然消滅するしかないのだろうか。果たして山田洋次や渥美清は次回作も考えているのだろうか。
渥美清死す(1996.8.4.)
その知らせは実に唐突に舞い込んできた。否、その予兆は感じながらも、いつの間にかわれわれは彼の術中にはまって大事なことを忘れさせられていたのかもしれない。渥美清が亡くなった。
確かに、このところの寅さんは急激に老いてやつれて見えたから、シリーズの決着の付け方にこちらも思いを巡らせてきた。だが、それはあくまで寅=渥美清の存在ありきの話であって、まさか彼自身が自らの死をもって幕を引くなどとは考えもしなかったのだ。
思えば、そんなことは有り得ないのだが、先に逝った御前様=笠智衆同様、われわれは渥美清のことを不滅の存在のように感じていたのだろう。だが、彼の体は数年前からがんに侵され、寅さんを演じるだけでも精いっぱいだったという。そんなこととは露知らぬわれわれは、あれほどの役者が寅さんと心中してしまうのは残念と勝手に決めつけていたのである。
井上ひさしが「彼は渥美清を消して車寅次郎を生かした」と語ったそうだが、そう考えると、この突然の静かなる別れも、彼の美学だったのか、とも思える。かっこ良過ぎるぜ。渥美さん。
最後の寅さん(2007.1.29.)
NHK BS土曜日の「男はつらいよ」一挙放送が第48作『寅次郎 紅の花』をもってついに終了。やはりレギュラー陣の衰えぶりを見るのは悲しかったが、いざ終了となるとさすがに淋しいものがある。それにしてもシリーズ後半を支えたのは紛れもなく吉岡秀隆の満男だったんだなあ、と改めて思わされた。