
名勝・錦帯橋から西岩国駅へ向かう通りは大名小路、善教寺小路、新小路と西岩国駅まで上っていく。その善教寺小路に「岩国錬武場」がある。それは錦帯橋から1キロほどのところ。その錬武場は昨年のこの頃、市内で11件目の国登録有形文化財に「歴史的景観に寄与」しているとして指定された。
錬武場は、岩国藩士で剣術家の長谷川藤次郎の長男としてこの地に生まれ陸軍元帥・長谷川好道の生誕地にある。死去1924(大正13)年の翌年に土地は岩国市に寄付された。その生誕地に武道を好んだ元帥の遺志により、有志者によって記念道場として建てられたもので、1927(昭和2)年に落成した。内部は主体部に演技場および正面の師範台を、右側の葺き卸し部分に観覧席と支度室を設けている。広さは約325平方メートルで、剣道場として使用されている。
有形文化財として認定の「歴史的景観」とは内部の仕様と合わせ次のような説明だろうと勝手に思っている。木造平屋建寄棟造りに下屋(げや)を葺きおろし、正面に唐(から)破風(はふ)の玄関を設けている。外壁は杉板の下見(したみ)板張とし、回転式の天窓をもつ引き違い窓を開ける。正面基礎は人造石洗い出し、その他はセメントモルタルとするなど和洋折衷様式となっている。最近、屋根や玄関周りが修復された。
この錬武場が月刊誌「剣道日本」6月号の表紙に「ずっと残したい道場」として掲載されていることを知った。残したい理由を知りたくて書店や図書館をたずねた。類似の雑誌は置かれていたが、残念ながら1975年創刊という目的の本は見当たらない。
残されることに関心を持ったのは岩国検定実行委員会のメンバーの一人あること。また、家から徒歩2分のところに所在する、全日本クラスの選手を輩出している、それを受け継ぐ少年剣士等の気合いの入って掛け声が今も場外に響かせていること。
少年剣士がんばれ!